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異世界料理道  作者: EDA
第五十九章 慶祝の季節
1017/1680

ルウの血族の収穫祭③~狩人の力比べ・中盤戦~

2021.3/10 更新分 1/1

「本当に、ルウの血族の狩人というのは、ものすごい力を持っているのですね!」


 力比べの休憩時間、俺たちは宴料理の準備を再開している。その場でも、やはり話題となるのは力比べの充実した内容についてであった。


「的当てでも荷運びでも木登りでも、それぞれ異なる力を持つ狩人があんなにたくさんいて……ああ、雨季の間に休息の期間となってしまったのが、残念で残念でたまりません! きっとラッツやベイムの家にも、すごい力を持つ狩人がたくさんいるのでしょうね!」


「そうですね。さまざまな氏族が寄り集まるからこそ、これほど凄い内容になるのだと思います。スドラなどは4名の狩人しかいないので、なおさらそのように思えるのでしょうけれど……やっぱり人数が多ければ多いほど、さまざまな力を持つ狩人が増えるものなのでしょう」


 そんな風に語らいながらも、みんな手のほうはきっちり動かしている。俺自身、そういった歓談を楽しみながら仕事を進めているのだった。

 町からの客人たちも、ここはルウの血族の人々と交流を深めるべきと判じ、かまど仕事の見物を願い出てくる者もいなかった。普段は率先して見物に回るシリィ=ロウたちが調理をする側であったので、この結果となったのだろう。アイ=ファさえもがジバ婆さんのもとに留まっていたので、俺たちは同じ仕事に取り組む5名だけで一刻ほどの時間を過ごすことになった。


 そうして定刻となったならば、いよいよ力比べの再開だ。

 後半戦の最初の種目は、棒引きである。


「こちらもまずは、15歳に至っていない狩人たちで順番を決めてもらう」


 リャダ=ルウの言葉に従って、11名の若き見習い狩人たちが進み出た。


「……ただし、棒引きはふたりずつ行う勝負となる。余ったひとりは他の狩人らと勝負してもらうので、そのつもりでな」


 この場で使われるくじ引きの手法も、ファの近在の6氏族があみだしたものと同一であった。必要な数の蔓草を準備して、その端だけが外に出るようにギバの毛皮をかぶせるのだ。なおかつ、使われる蔓草は長さがまちまちで、短い順番に勝負が始められることになる。76名がかりのトーナメントの対戦表が、ここで決定されるのだ。


 まずは11名の少年たちが、蔓草の端を選び取っていく。

 そうしてギバの毛皮が取り除かれると――逆の端が無人であったのは、ディム=ルティムであった。


「よし。順番の決まった10名は、そちらに控えておくがいい。残りの66名で、残りの順番を決める」


 今度は33本の蔓草が持ち出されて、毛皮の下に隠された。

 この方式だと、名のある狩人同士の対決が1回戦目で実現してもおかしくはない。人々は、固唾を呑んでその結果を見守っていた。


 ギバの毛皮が取り除かれて、狩人たちはそれぞれの蔓草を辿っていく。

 そうして組み合わせが決まるたびに、あちこちから歓声が巻き起こった。


「ほう。俺の相手は、リリンの家長か。これはいきなり、いい相手を引き当てたものだ」


 歓声に入り混じって、ふてぶてしい笑いを含んだ声が響きわたる。

 声の主は、ディグド=ルウであった。


 そしてまた、少し離れたところからも歓声が巻き起こる。

 その歓声をあびているのは、ダルム=ルウとジィ=マァムであった。

 さらにミダ=ルウは、ジィ=マァムの父親たるマァムの家長と対戦となったようだ。

 とりあえず、俺がよく見知った相手同士の対戦というのは、それぐらいのようだった。


「では、15歳に至っていない狩人たちから勝負を始めてもらう」


 その声に従って進み出たのは、シン=ルウの弟とミンの見習い狩人であった。

 40センチ四方の板の上に乗り、1メートルていどの長さを持つグリギの棒の端を握り合う。あまり踏ん張りのきかない狭い空間の上で、相手の呼吸を読みながらグリギの棒を奪い合うというのが、この勝負の概要であった。


 最初の勝負の勝者となったのは、シン=ルウの弟だ。

 まだまだ幼い顔を昂揚に火照らせながら、シン=ルウの弟は歓声を聞いている。彼は母親似であるために、とても可愛らしい顔立ちをしていた。


 若き狩人たちの勝負が4回ほど続けられて、熟練の狩人たちの勝負が開始される。

 名のある狩人たちは順当に勝ち進み、まず注目の対決はギラン=リリンとディグド=ルウであった。


「ディグド=ルウってお人は、ここからが本領発揮なのかな。闘技の力比べが得意なら、棒引きだって得意なはずだもんな」


「……棒引きと闘技の結果が、必ずしも一致するわけではないがな」


 アイ=ファは、あくまで慎重であった。まあ確かに、どの氏族の力比べにおいても、棒引きと闘技の結果がバラつくことも少なくはないのだ。アイ=ファ自身、ジョウ=ランには闘技で圧勝していたが棒引きで敗北するという結果を残したりもしていた。


 それにやっぱり、何より重要であるのは対戦の組み合わせであるのだろう。実力者同士が序盤で潰し合えば、それに及ばない狩人が上位に食い込むこともありえるのだ。

 何にせよ、勝負は始めてみないとわからない。

 血族と客人たちが見守る中、ギラン=リリンとディグド=ルウはそれぞれ棒の端を握り合った。


「始め!」


 リャダ=ルウの合図とともに、ディグド=ルウは凄まじい勢いで棒を握った右腕を突き出した。

 が――腕を引いてその勢いを逃がしたギラン=リリンがさらに身体をねじって棒を引っ張ると、ディグド=ルウはそのまま前のめりに倒れ伏してしまった。


「ギラン=リリンの勝利である! ディグド=ルウは退くべし!」


 戦いの場を取り囲んだ人々は、脱力気味の声をあげていた。

 何事もなかったかのように身を起こしたディグド=ルウは、にやにやと笑いながら装束についた砂を払い落す。


「噂で聞いていた通り、お前はたいそうな力を持っているようだな。闘技の力比べでもやりあえることを願っておくぞ」


「うむ。俺も楽しみにしている」


 ギラン=リリンはいつも通りの穏やかな笑顔で、引き下がっていった。

 そういえば、ギラン=リリンはルウの血族となってからまだ数年であるのだ。もしかしたら、ディグド=ルウと力比べをともにすること自体が初めてなのかもしれなかった。


「アイ=ファの見込みが正しかったな。……というか、気勢だけの見かけ倒しって可能性もあるんだっけ?」


 周囲の耳を気にしてこっそり囁きかけると、「いや」という返事が返ってきた。


「今の動きで、あやつの力量が垣間見えた。少なくとも、これまでの勇者たちに劣る力量ではなかろうな」


 いきなり、評価が一変してしまった。俺の目にはどの狩人も凄まじい力を持っているように思えるのだが、アイ=ファは何か微細な違いを感じ取ったようだ。

 しかし、ディグド=ルウの勝負はここまでである。あとは闘技の力比べを待つしかなかった。


 その後の試合は、大きな番狂わせもなく進められていく。

 俺がよく見知った人々は、それぞれ危なげなく1回戦目を勝ち抜いていた。

 そんな中、ダルム=ルウとジィ=マァムの対戦が開始される。この組み合わせには、血族の人々もいっそうの昂揚をかきたてられている様子であった。


 ジィ=マァムは、ルウの血族でもミダ=ルウに次ぐ大男だ。なおかつ、上背においてはミダ=ルウにもまさっている。背丈は2メートル近くにも及び、体重などは想像もつかない。そして、それよりもさらに巨大な《ギャムレイの一座》の怪力男ドガをも棒引きの力比べで下していたのだった。


 しかし、ダルム=ルウはダルム=ルウで前回の勇者だ。背丈は180センチ近くもあり、パワーのみならずスピードにも秀でており、木登りの勝負ではその身体能力を如何なく発揮していた。俺はこれまでアイ=ファに敗北する姿しか見ていなかったが、ルウの血族においては屈指の実力者であるのだろう。


 そんな両者の対戦は、これまでで一番の大熱戦であった。

 ここまであまり実力の伯仲した勝負がなかったためか、人々の歓声も激しく熱を帯びている。それに応じるかのように、両者は凄まじい勝負を見せつけてくれた。


 リーチと怪力でまさるジィ=マァムは縦横無尽に右腕の棒を振り、ダルム=ルウは俊敏さと反応速度でそれに対抗する。なんだか、ヒグマと狼の一騎打ちを思わせる攻防だ。

 そんな激しい戦いが、2分ばかりも続けられ――

 何の前触れもなく、ダルム=ルウの手からグリギの棒が奪われた。

 ジィ=マァムは勢いあまって、地面に尻もちをついてしまう。しかし、先に棒を奪っているので、ジィ=マァムの勝利だ。人々は、いくぶん意表を突かれた様子で歓声を再燃させた。


「……なんだ? これしきの時間で、力が尽きてしまったのか?」


 歓声の隙間から、ジィ=マァムの不満げな声が聞こえてくる。

 ダルム=ルウは険しく眉をひそめながら、右の手の平を撫でさすっていた。


「古傷が疼くような感覚がしたので、棒を手放さざるを得なかった。闘技の力比べでやりあう機会があれば、この分まで力を見せると約束しよう」


「……そうか。それでは、しかたあるまいな。ダルム=ルウに勝利したという誉れは、もうしばらく預けておく」


 のそりと立ち上がったジィ=マァムはダルム=ルウと猛烈なる眼光を交わし合ってから、人垣のほうに退いていった。そういえば、俺の記憶に間違いがなければ、この両名は同い年であるのだ。ならばこれまでも、ずっと横並びの立場で何度となく力比べを重ねてきたのであろうと思われた。


「古傷って、以前に手の平の皮がべろって剥けちゃったときのことかな。……そういえば、アイ=ファも手の平を傷めそうだからって勝負をあきらめたことがあったよな」


「うむ。力比べで手傷を負うというのは、狩人として恥ずべきことであるからな」


 ならば、ダルム=ルウも立派な狩人であるということだ。

 そんな思いを込めながら、俺は去り行くダルム=ルウに拍手を届けることにした。


 そして次の勝負は、ディム=ルティムとムファの狩人である。

 相手もそれほどの年齢ではない。せいぜい17、8歳というところだろう。しかしまた、小柄なディム=ルティムよりはひと回り近くも大柄であった。


 この勝負も、ジィ=マァムたちに劣らない熱戦となった。

 そして、勝利をつかみ取ったのはディム=ルティムである。ディム=ルティムが下からすくいあげるように棒を押し込むと、相手はバランスを崩して板の上から足をはみだすことになった。


 見習い狩人の勝利に、温かい拍手と歓声が送られる。

 相手のムファの男衆も清々しげな面持ちで、ディム=ルティムの勝利を祝福している様子であった。


 それからいくつかの勝負を経て、ミダ=ルウとマァムの家長の一戦である。

 そこでリャダ=ルウが、新たな木の板を手に進み出た。


「ミダ=ルウはあまりに身体が大きいために、もともとの板では足が収まらない。特別に、少し大きめの板を使うことを許すものとする」


 その板は、50センチ四方ていどの大きさであるようだ。しかしミダ=ルウぐらいの巨体であると、それでも十分に窮屈そうであった。

 いっぽう相手のマァムの家長も、息子ほどではないが大柄だ。横幅もかなりがっしりとしており、ジーンの家長を思わせる屈強さである。


「始め!」


 リャダ=ルウの号令で、試合が開始される。

 しかし、どちらも動かなかった。

 歓声をあげていた人々も、いぶかしそうに押し黙る。その声が、じょじょに驚きのざわめきへと変じていった。


 マァムの家長は手足に凄まじい筋肉のこぶを盛り上がらせて、懸命に力を込めていたのだ。

 が、ミダ=ルウが無造作につかんだ棒がぴくりとも動かないため、膠着状態に陥ってしまっているのだった。


 きっとマァムの家長は全力で、棒を押したり引いたりしているのだろう。

 しかし、ときたま本人の身体がぴくぴくと蠕動するばかりである。

 そんな時間が15秒ほども続いた頃、ミダ=ルウがおもむろに棒を引っ張った。

 それだけで、マァムの家長は前のめりに倒れてしまう。

 人々は、驚きのざわめきをそのまま歓声へと回帰させた。


「すごいな。でも、どうしてミダ=ルウのほうはなかなか動かなかったんだろう?」


「ミダ=ルウとて、相手の呼吸を読んでいたのであろうよ。迂闊に動けば倒れるのは自分だと、しっかりわきまえているのだ」


 ともあれ、ミダ=ルウも1回戦目を勝ち抜くことになった。

 しばらくして、ひと通りの勝負が終了する。残る狩人は半数で、38名だ。


 2回戦目の最初の2試合は、また見習い狩人同士の対戦となる。ここでも、シン=ルウの弟は勝ち抜いていた。

 3試合目は、見習い狩人とジザ=ルウの一戦だ。その結果は、さすがに言うまでもなかった。


 そうして順番に勝負は続けられていき、最初の見どころはシン=ルウとラウ=レイの一戦であった。

 最近の両名は、ほとんど互角の力量であると聞いている。ラウ=レイは爛々と水色の瞳を燃やしており、シン=ルウのほうは沈着そのものであった。


 前回の力比べではシン=ルウのみが勇者となっていたそうなので、ラウ=レイも相当に気合が入っていたようだが――しかし、最終的に勝利を収めたのは、シン=ルウであった。

 ラウ=レイは、またもや「くそー!」と悔しそうに声を張り上げる。しかし、実力者同士の素晴らしい熱戦に、人々は惜しみない拍手を送っていた。


 それから何戦かして、今度はジーダの出番となる。

 相手は、ミンの家長。アマ・ミン=ルティムの父親である。

 しかしこの勝負は、ごくあっさりとミンの家長の勝利で終わってしまった。それはもちろんミンの家長も手練れではあるのだろうが、ずいぶんな力量差であったようだ。


「さきほども言った通り、ジーダは森辺の狩人ほど五体の力は優れていない。あやつは自由に動ける場でこそ、己の力を十全以上にふるうことがかなうのであろう」


「うん、そっか。以前は闘技の力比べで勇者になってたほどだもんな」


 確かに森辺の狩人というのは、誰もが常識離れした身体能力を有している。闘技よりも棒引きのほうが、ごく単純な筋力の差が顕著に出る、ということであるようだった。


 そしてその次に行われたのは、ジィ=マァムとディム=ルティムの一戦だ。

 ともに、ジェノスの闘技会に参じた身である。

 しかしこれは、さすがに実力の差が出てしまった。ジィ=マァムは20歳かそこらの大男で、ディム=ルティムは小柄な14歳の少年であるのだ。あっけなく棒を奪われてしまったディム=ルティムは悔しそうに地面を叩いており、ジィ=マァムはそれを力づけるように肩を叩いていた。


 あとは実力者同士の対戦も行われないまま、2回戦目も終了である。

 残りの狩人は、19名だ。


 3回戦目の最初の試合は、見習い狩人同士の、いわば決勝戦となる。

 その場においても、勝ち残ったのはシン=ルウの弟であった。

 いまだ見習いの狩人しか相手にはしていないが、それでも彼は13歳の最年少だ。母親のタリ=ルウや姉のシーラ=ルウたちも、心からその勝利を祝福しているはずであった。


 その後はジザ=ルウやジィ=マァムなどが順当に勝ち上がり、しばらくして、好カードが実現した。

 ギラン=リリンとダン=ルティムの一戦である。

 棒引きの勝負ではこれが最初となる、前回の勇者同士の対戦であった。


 ダン=ルティムはその外見のイメージ通り、豪快な戦い方だ。自分からぐいぐいと腕を動かして、ひたすら攻め続けるタイプとなる。

 いっぽう、ギラン=リリンは――これまでの2戦が両方とも秒殺であったので判然としていなかったが、やはり相手の呼吸を読むことを得意にしているようであった。


 ダン=ルティムがひたすら動くため、勝負は最初から激闘の様相を呈する。

 2分が経っても3分が経っても、なかなか決着はつかなかった。

 そうして、さしものダン=ルティムの動きがやや緩慢になってきたとき――ギラン=リリンが、ふいに攻勢へと転じた。


 ひと息つこうとしていたダン=ルティムは、得たりとそれに応じるかまえである。かつてはアイ=ファとの力比べで、15分ばかりもやりあっていたダン=ルティムなのだ。まだまだスタミナ切れにはほど遠いはずであった。


 そうして勢い込んだダン=ルティムが、おもいきり棒を突き出すと――ギラン=リリンは腰をひねって、板の上で半回転した。

 さらに、両膝が地面につく寸前ぐらいにまで落とされている。

 ダン=ルティムは「ぬおう!?」とうめきながら、右足で地面を踏みしめた。板の外の、砂の地面だ。


「おおう、やられてしまったか! やはりお前は大した狩人だな、ギラン=リリンよ!」


「いや。俺はすっかりくたびれ果ててしまっていたので、これが最後の手段であったぞ」


 陽気な両名は笑顔でそんな言葉を交わし、人々も喝采をあげていた。

 やはり、勝負はわからない。優勝候補のダン=ルティムが、3回戦で敗退である。


 さらに中盤では、また勇者同士の対戦が実現した。

 ルド=ルウとミダ=ルウの一戦だ。


 これはもう、ミダ=ルウの圧勝であった。

 というか、3戦連続、ミダ=ルウは同じ戦法を取っている。ルド=ルウでも、それを突き崩すことはできなかったのだった。


「ちぇー! 闘技の力比べでは、まだまだ負けねーのになあ。ま、しょうがねーか」


 あとは順当に、勝負が進められていった。

 ここでガズラン=ルティムは弟さんと対戦することになり、けっこうな接戦となっていたが、最後には無事に勝利を収めていた。


 これで、残る狩人は10名となる。

 ここまで来ると、残るのは錚々たる顔ぶれだ。前回の勇者であったダルム=ルウとルド=ルウとダン=ルティムが退いても、まだまだルウの血族には歴戦の狩人が控えていたのだった。


 4回戦目の第1試合は、ジザ=ルウ対シン=ルウの弟。

 第2試合は、ジィ=マァム対ミンの家長。

 第3試合は、ドンダ=ルウ対ギラン=リリン。

 第4試合は、ミダ=ルウ対レイの壮年の男衆。

 第5試合は、ガズラン=ルティム対シン=ルウと相成った。


 まずはジザ=ルウとシン=ルウの弟であるが、これはさすがに危なげなく、ジザ=ルウの勝利である。

 2試合目は、ジィ=マァムがパワーでミンの家長を圧倒し、勝利を強奪した。

 そうして3試合目、ドンダ=ルウとギラン=リリンの一戦だ。

 ダン=ルティムをも倒したギラン=リリンならば、あるいは――という熱い空気の中、その試合は開始された。


 ドンダ=ルウが沈着なたたずまいであったため、意外に静かな立ち上がりとなる。

 が、両者が手を出していくうちに、見る見る激しい攻防となって――それが3分ほどに及んだとき、ギラン=リリンのほうが動いた。再び身体を沈め込み、棒をつかんだ右腕をぐいっと突き出したのだ。


 なおかつギラン=リリンは、ただ棒を突き出したのではなく、棒と地面が垂直になるような形で押し出していた。

 自然、ドンダ=ルウは腕の角度が不自然な格好となる。

 そこでギラン=リリンは身を起こしながら、さらに棒を突き出した。

 ドンダ=ルウの腕はいよいよ不自然な角度となり、それを剛力で押し返さんとばかりにドンダ=ルウが力を込める。

 次の瞬間、ドンダ=ルウの手から棒がすっぽ抜けていた。

 ドンダ=ルウが力を込めるのと同時に、ギラン=リリンが棒を下側に引っ張ったのだろう。


 人々は、怒涛の勢いで歓声をあげていた。

 本当に、ギラン=リリンがダン=ルティムとドンダ=ルウを連続で下してしまったのだ。


「いやあ、すごいな。闘技の力比べでは、まだドンダ=ルウにもダン=ルティムにも勝てたことはないって話だったのに……やっぱり棒引きだと、結果が違ってくるんだなあ」


「だから最初に、そう言い置いたろうが」


 などと言いながら、アイ=ファも十分に驚嘆の表情であった。

 リリンの家人の人々は、心から誇らしく思っていることだろう。あの幼い長兄が大はしゃぎしているところを想像すると、自然に胸が温かくなってしまった。


 続く第4試合は、ミダ=ルウがこれまでと同じパターンで、レイの男衆を下した。

 最後の第5試合はガズラン=ルティムとシン=ルウで、これもかなりの好勝負であったが、試合タイムはそれほど長くなかった。どこか優美にも感じられる身のこなしで攻防が繰り広げられたのち、ガズラン=ルティムが棒を奪って勝利である。


 ここで初めて5分ほどの休憩タイムとなり、敗退してしまった狩人たちがあちこちで勝負を繰り広げる。あとには闘技の力比べも残されていたが、そこで力を惜しむ人間というのはあまりいないのだろう。

 ただし、ディグド=ルウの姿を見かけることは、1度としてなかった。


 そうして5回戦目は、ジザ=ルウとジィ=マァムの一戦だ。

 ジィ=マァムは見るからに意欲を燃えさからせていたが、相手は何せジザ=ルウである。ドンダ=ルウとダン=ルティムが欠場した力比べでは見事に優勝を果たしたジザ=ルウであるのだから、その力量は想像するに難くない。ジィ=マァムもその暴虐なまでの怪力をぞんぶんに発揮させていたが、最終的にはバランスを崩されて、板の外に足を踏み出すことになった。


 その次は、これが準決勝戦となる。ギラン=リリンとミダ=ルウの一戦である。

 巧みな戦略で打ち勝ってきたギラン=リリンと、ひたすら一撃で勝利を収めてきたミダ=ルウの、実に興味深い一戦であった。


 このたびも、ミダ=ルウはまったく動かない。前に出した右腕で棒を握ったまま、じっと不動のかまえであった。

 いっぽうギラン=リリンも、あまり力を入れている様子がない。もちろん棒を奪われないようにと握力はフル稼働させているのであろうが、それ以外には身じろぎひとつしなかった。


 ギラン=リリンもまた、相手の呼吸を読もうと神経を集中させているのだ。

 両者不動のまま、時間は刻々と過ぎていく。

 その時間が1分ほどを超えると、ギラン=リリンが時おり、ぴくりと動くようになった。おそらく、ミダ=ルウを誘っているのだ。


 しかし、ミダ=ルウは動かない。

 驚くべき忍耐力である。これが森辺の力比べでなければ、とっくにブーイングが飛び交っているはずであった。


 そうしてさらに、1分ほどの時間が過ぎたとき――ギラン=リリンが大きく身をよじり、それにあわせてミダ=ルウが棒を引いた。

 しかし、身をよじって棒を引くかに見えたギラン=リリンは、すかさず体勢を戻して、棒を突き出している。身をよじったのは、ミダ=ルウを動かすためのフェイントであったのだ。


 ミダ=ルウは体勢を崩しかけたが、途中で何とか踏み止まる。

 いっぽうギラン=リリンも大きく右腕をのばしたまま、動きを止めていた。

 ミダ=ルウの巨体は、わずかに傾いでいる。おそらく、つかんだ棒に体重をかけることで、なんとかバランスを取っているのだ。右腕1本でミダ=ルウの巨体を支えることになったギラン=リリンは、可能な限り足を開いて、全身をぷるぷると震わせていた。


 おかしな形で力が拮抗して、膠着状態に陥っている。

 ギラン=リリンが力尽きて棒を手放せば、それで試合終了だ。

 あるいはミダ=ルウが体勢を立て直して、また最初からの仕切りなおしとなるのか。人々は、息を詰めてその様相を見守っていた。


 そんな状態が、30秒ほど続き――

 終局は、突然おとずれた。

 ミダ=ルウの乗っていた板が、その不自然な体勢から生じる圧力に耐えかねたように、ずるりと地面をすべってしまったのだ。

 ミダ=ルウは横合いに倒れ込み、ギラン=リリンもそれに引きずられる格好で転倒した。

 リャダ=ルウはひとつうなずいてから、右腕を上げて宣言する。


「ミダ=ルウが先に倒れたため、ギラン=リリンの勝利とする!」


 ミダ=ルウは倒れ込んだまま、残念そうにぶふうと息をついた。

 汗だくとなったギラン=リリンは地面にあぐらをかき、そんなミダ=ルウの大きなおなかをぽんぽんと叩く。


 そうして次なる準決勝戦。ジザ=ルウとガズラン=ルティムの一戦である。

 打って変わって、こちらは火のついたような激戦であった。

 どちらも最初からフルスロットルで、目まぐるしく腕を動かしていく。先の試合でじっと我慢の時間を過ごしていた分、人々の歓声も凄まじいものになっていた。


 体格は同程度で、きっと身体能力にも大きな差はないだろう。そして呼吸を読むというすべに関しても、両者は等しく長けているように感じられる。そんなジザ=ルウとガズラン=ルティムが、申し合わせたように最初から全力で力を振り絞ったのだ。


 これだけ俊敏に動きながら、きっとひとつひとつの動きに大きな意味が込められているのだろう。俺などにその意味を汲み取ることはとうていかなわなかったが、それでもこれはただがむしゃらに動いているのではないと確信できるほど、両者の動きはなめらかで、どこか機械的ですらあった。


 そして――やはり俺には理解の及ばない攻防の末に、ガズラン=ルティムの手からグリギの棒が奪い取られる。

 パワーか、スピードか、相手の虚を突く戦略か、どこかでジザ=ルウがガズラン=ルティムを上回ったのだ。


 ガズラン=ルティムは大きく息をついてから、ジザ=ルウに何かを語りかけたようだったが、その声は広場を揺るがす大歓声によってかき消されてしまった。


 かくして、決勝進出となったのはジザ=ルウとギラン=リリンである。

 ここでまた休憩タイムが入れられて、まずは勇士を決める3位決定戦が執り行われる。出場するのは、ミダ=ルウとガズラン=ルティムだ。


 こちらの勝負も、またおたがいが不動のかまえで始められることになった。

 屈指の怪力を誇るミダ=ルウが相手では、そのように対するしかないのだろう。他の戦法が通用しないことは、これまでの試合で証し立てられていた。


 そうしてさきほどのギラン=リリンと同じように、ガズラン=ルティムはフェイントを交えてミダ=ルウの動きを誘ったようだが――このたびは、ミダ=ルウも大きく体勢を崩すことはなく、ガズラン=ルティムが先に足を踏み出すことになってしまった。


「ミダ=ルウの勝利である! 棒引きの勇士は、ミダ=ルウとする!」


 人々は、心からの声援で若きミダ=ルウの勝利を祝福していた。

 ガズラン=ルティムの敗北を惜しみつつ、俺もその中に加わらせていただく。マルフィラ=ナハムも、とても嬉しそうな顔で手を打ち鳴らしていた。


 そうして、いよいよ決勝戦だ。

 ギラン=リリンとジザ=ルウの一戦である。

 ジザ=ルウはこれれまででもっとも鋭い動きを見せていたようであったが、今日のギラン=リリンは強かった。どれだけの猛攻を受けてもやわらかく受け流し、ふとした瞬間に思わぬ動きを見せて、相手を翻弄する。パワーやスピードはジザ=ルウのほうがまさっているように感じられたが、呼吸の読み合いに関してはギラン=リリンに分があるようだった。


 しかしジザ=ルウは、ガズラン=ルティムが相手であっても、呼吸の読み合いは互角かそれ以上であったのだ。それを翻弄できるというのは、ギラン=リリンの類い稀なる力量を示しているはずであった。


 決勝戦に相応しい激闘に、あたりの空気はほとんど煮えくりかえってしまっている。

 そして唐突に、決着の時が訪れた。

 ギラン=リリンが棒を握ったまま、自分の腕の下をくぐるようにして一回転したのだ。

 そうしてギラン=リリンがもとの体勢に戻った頃には、ジザ=ルウの手から棒が奪われていた。棒はジザ=ルウの手の中で激しく横回転したはずであるから、それですっぽ抜けてしまったのだろう。ここぞというタイミングで、ギラン=リリンは奇襲技を決めてみせたのだった。


「棒引きの勇者は、ギラン=リリンとする! ジザ=ルウは、勇士である!」


 津波のような歓声が、広場を揺るがした。

 ダン=ルティムとドンダ=ルウとジザ=ルウを下して、この結果であるのだ。ルウの血族の力比べにおいても、これほどの説得力を持つ結果はそうそうないはずであった。

 ルウの血族ならぬ俺も、もちろん大興奮である。ジザ=ルウとガズラン=ルティムの好勝負が、いっそうギラン=リリンの勝利を輝かしくしているように思えてならなかった。


「いやあ、すごい勝負の連続だったな。……シュミラル=リリンにも見せてあげたかったよ」


「シュミラル=リリンが半年の時間を森辺の外で過ごすというのは、自らの選んだ道であるからな。本人とて、収穫祭に加われない日が生じることは覚悟の上であろう」


 と、そっけなく言い捨ててから、アイ=ファは俺の耳に囁きかけてきた。


「シュミラル=リリンが帰ってきたならば、今日の様子をぞんぶんに語ってやるがいい。リリンの家人たちも大いに語らうところであろうが、語る人間が異なればまた異なる感慨も生まれようからな」


「うん。そうさせてもらうよ」


 俺が笑顔を返すと、アイ=ファも目を細めて微笑した。

 そうして熱戦の繰り広げられてきたルウの血族の力比べも、ついに最後の種目へと突入することになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 闘技の様子が細かく描写されていて、漫画のように情景を浮かべられるのが楽しかったです。 ミダ=ルウも相手の動きを読んで動ける立派な狩人になってるんだなあ
感想一覧
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