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異世界料理道  作者: EDA
第五十九章 慶祝の季節
1016/1679

ルウの血族の収穫祭②~力比べ・前半戦~

2021.3/9 更新分 1/1

 力比べの最初の競技は、的当てである。

 やはり競技の順番も、他の氏族の力比べを踏襲しているようだ。


 審判の役を受け持つリャダ=ルウの事前説明を聞く限り、ルールのほうも同一のようである。広場と面した森の端にはすでに的となる木札が4つほど下げられており、それを揺らすための若衆らもグリギの棒を抱えて待機していた。


「4名ずつの狩人が、10を数える間に3本の矢を放つ。的には小さな印がしるされているので、その印を多く射抜いた者の勝利となる。印を射抜いた数が同一であれば、的に当てた矢の数で勝敗を決める。2度の勝負で決着がつかなかった場合は、その両方を勝者として次の勝負に進めさせるという取り決めだ」


 おおよそのルールは、それぞれの家で事前に為されていたのだろう。とりたてて、疑念を呈する者はいなかった。

 しかしやっぱり、これだけの狩人が居並んでいるだけで、凄まじい迫力である。北の集落では60名ていどの人数であったが、ルウの血族には76名もの狩人が存在したのだった。


 ただしもちろん、その場には13歳を超えたばかりの見習い狩人や、50歳を超えていようかという初老の男衆も参じている。俺はこれまで闘技の力比べしか拝見したことがなく、なおかつそれぞれの家で行われるという予選の場は目にしたことがなかったので、そういった人々の勝負を見届けるのも初体験であったのだった。


「まずは、15歳となっていない若年の狩人から、勝負を始めよ」


 と、リャダ=ルウからルウ独自のルールも発表された。力量があまり偏らないように、見習いの狩人は最初にふるいにかけようという取り決めであるようだ。


 11名の少年たちが、張り詰めた面持ちで前に進み出る。その中には、かつて闘技会に出場したディム=ルティムや、13歳になったばかりであるシン=ルウの弟も含まれていた。出会った頃には11歳の少年であったシン=ルウの家の次兄も、ついに見習い狩人として働く齢になっていたのである。


 最初の勝負ではディム=ルティムが、次の勝負ではシン=ルウの弟が勝ち抜いていた。

 それだけで、俺はなんだか胸が熱くなってしまう。15歳まであと数ヶ月というディム=ルティムはまだしも、まだまだあどけない面立ちをしたシン=ルウの弟までもが勝利を収めることができたのだ。リャダ=ルウは沈着なる無表情であったが、その内には俺以上の喜びが吹き荒れているはずであった。


「すげえなあ。あれで見習いなのかよ。なりは小さくても、立派な狩人に見えちまうな」


 俺のそばにいたベンは、そのように語らっていた。

 見習いの少年たちは残り3名であったため、なるべく年若い狩人が1名加わるようにと、リャダ=ルウから告げられる。

 するとその声に応じて、ミダ=ルウがどすどすと進み出た。ミダ=ルウはこう見えて、まだ15歳か16歳の若年であるのだ。


 ミダ=ルウの手に渡されると、森辺の立派な弓もちんまりと見えてしまった。

 そしてミダ=ルウは、弓の扱いに慣れていないようだった。弓を壊してしまわないようにと注意を払っているのか、とても覚束ない手つきであり、そこから放たれる矢は的にかすりもせずに森の奥へと消えていった。


「ああ……ミ、ミダ=ルウは弓が不得手であるのですね。あ、あとで家長に叱責されてしまったりはしないでしょうか?」


 と、マルフィラ=ナハムがずいぶんと心配そうな顔でそのように言いたてていた。

 そちらに向かって、俺は「大丈夫だよ」と笑ってみせる。


「ナハムの家でだって、弓を得意にするのは小柄な狩人が多いだろう? ミダ=ルウはこれまで何度も勇者の座を授かっていたし、それに相応しい収獲をあげているって話だから、的当てが苦手なだけで叱られたりはしないさ」


「そ、そ、そうですか。そ、それならよかったです」


 マルフィラ=ナハムはふにゃふにゃと笑って、安堵の息をついていた。

 その間に、3試合目の勝者が発表される。勝ち抜いたのは、ミンの見習い狩人であった。


 そしてそこからは、いよいよ熟練の狩人たちの勝負である。

 俺はどの氏族よりも、ルウの血族に見知った相手が多い。さすがに昨今では近在の氏族のほうが交流を深める機会が増えていたものの、名前を知っている相手の数であれば、やはりルウの血族のほうが多いように思われた。


 もっともそれは、ルウ家の人々に偏っている。本家のドンダ=ルウ、ジザ=ルウ、ルド=ルウに、分家の家長シン=ルウ、ダルム=ルウ、ジーダ。分家の家人である、ミダ=ルウ。そして現在は、そこにディグド=ルウという人物も加えられていた。


 いっぽう、眷族のほうはというと――ルティムの家長ガズラン=ルティム、先代家長ダン=ルティム、分家の見習い狩人ディム=ルティム。レイの家長ラウ=レイ。リリンの家長ギラン=リリン。マァムの長兄ジィ=マァム、といったところであろうか。

 しかしまた、ミンやマァムやムファの家長たちだって何度か挨拶はさせてもらっているし、リリンの人々はシュミラル=リリンの関係で交流をもたせてもらっている。


 これだけの狩人が、たった1名の勇者の座と、2名の勇士の座を争うのだ。

 それは、胸が高鳴ろうというものであった。


「次からは、なるべく異なる氏族同士で組となるがいい。ルウは家人が多いので、必ず1名は加わるようにな」


「では、俺から挑ませてもらおう」


 と、並み居る男衆をかきわけて進み出たのは、分家の家長ディグド=ルウであった。狩人の衣を脱いでいるために、顔ばかりでなく手足にも古傷が走っているのが見て取れる。

 日の高いうちに拝見しても、やはり迫力に満ちみちた姿だ。ベンやカーゴなどもひそかに目を見張っていたし、シリィ=ロウはまたロイにしがみついてしまっていた。


 が――彼の放つ矢はミダ=ルウと同様に、見当違いの方向に飛んでいってしまった。勝者は、あまり面識のないレイの若き狩人である。


「うむ、当たらんな。まあ、弓など使いもしないので当たり前だが」


 ディグド=ルウは狼のように笑いながら、人混みの中に退いていった。

 きっとミダ=ルウと同じ理屈で、彼も弓を扱うのが不得手であるのだろう。その後の勝負でも、ジィ=マァムやダルム=ルウなどはあっさり敗退してしまっていた。


 ただし、ドンダ=ルウとジザ=ルウ、ダン=ルティムとガズラン=ルティムは、しっかり勝ち残っている。また、力ある狩人たちは意識的に序盤でぶつからないように調整しているように見受けられた。

 そんな中、目覚ましい記録で勝ち抜いたのは、やはりルド=ルウとジーダだ。彼らは初っ端から、3本の矢をすべて真ん中の印に的中させて、見ている俺たちに歓声をあげさせた。


「すごいすごい! 3本とも的中だって! あんなに的は動いてるのに、すごいですねえ!」


「そ、そ、そうですね。あ、あの結果だけで、もう勇者の名に相応しいように思えてしまいます」


 レイ=マトゥアやマルフィラ=ナハムも、存分にルウの力比べを満喫している様子であった。


 そうして1回戦目が終了したならば、勝ち残ったのは19名だ。

 人数が半端であったので、まずは見習い狩人3名で勝負が行われることになった。ディム=ルティム、シン=ルウの弟、ミンの少年という顔ぶれである。

 最初の勝負はディム=ルティムとシン=ルウの弟が、引き分けることになった。

 再度の勝負で勝利を収めたのは、ディム=ルティムだ。シン=ルウの弟はとても悔しそうな顔をしていたが、13歳になりたての若年としては立派な成績であったことだろう。


 2試合目は、いきなりダン=ルティムにラウ=レイにギラン=リリンという豪華なメンバーが居揃っている。そこで勝利を収めたのは、ギラン=リリンであった。

 3試合目では、シン=ルウとガズラン=ルティムが引き分けとなり、仕切り直しの勝負でシン=ルウが勝負をもぎ取った。

 4試合目も、ジザ=ルウにムファとミンの家長というなかなかの顔ぶれであったが、またもやジーダすべての印を射抜き、圧倒的な勝利を収めていた。


 最後の5試合目は、ルド=ルウとドンダ=ルウの親子対決である。

 が、ルド=ルウの勝利は揺るぎなく、べつだん誇らしげな様子でもなかった。ルウ家においてもしょっちゅう的当ての修練はされていたという話であったので、たがいの力量は十分にわきまえているのだろう。ただしやっぱりルド=ルウはすべての印を射抜いていたので、血族たちは賞賛の声を振り絞っていた。


 かくして、3回戦目に勝ち上がったのは、ディム=ルティム、ギラン=リリン、シン=ルウ、ジーダ、ルド=ルウの5名である。

 ここでリャダ=ルウから、勇者と勇士を決めるまでの手順が説明された。


「ここからは、ひとりの勝者を決めるのではなく、ひとりの敗者を決めるものとする。負けた人間から退いていき、最後に残された狩人を勇者、それに次ぐ2名を勇士とするのだ」


 これもまた、ルウ家で考案された新たなルールであった。

 ファの近在の6氏族でも的当ての勝負では大接戦となることがままあったので、そのあたりが考慮されたのだろうか。


 ともあれ、勝負の開始である。

 的は4つしか準備されていなかったので、2名と3名に分かれて開始されることになった。


 まずは、ディム=ルティムとギラン=リリンだ。

 見習い狩人の中から勝ち残ってきたディム=ルティムは、ここからが本番だとばかりに奮起しているように見えたが――最後に放った3本目の矢は、的にも当たらず森の奥へと消えていった。


 結果は両者とも、真ん中の印に2本の矢を当てていた。ただし、ギラン=リリンは最後の1本も的に当てていたので、この時点で勝ち残りは確定である。あとは残りの3名次第で、ディム=ルティムの去就が定められるわけであった。


 だが、残りの3名は、誰もが実力者である。ルド=ルウとジーダは言うに及ばず、シン=ルウもかなりの力量であったのだ。

 ルド=ルウとジーダはまたもやすべてを的中させ、シン=ルウはギラン=リリンと同じ結果である。かくして、この場はディム=ルティムが敗退と相成った。


 見習い狩人が敗退となったのだから、順当な結果であると言えるだろう。しかしディム=ルティムは無念に打ち震えており、そんなディム=ルティムを励ますかのように大きな歓声と拍手があげられていた。


「そう気を落とすな! お前の狩人としての生は、まだまだ始まったばかりなのだぞ!」


 と、人垣に戻ったディム=ルティムを迎えたのは、ダン=ルティムだ。ディム=ルティムがなんと答えたのかは聞こえなかったが、今後も立派な家長や先代家長たちの背中を追って、さらなる飛躍を望みたいところであった。


 そうして4回戦目は、4名同時の勝負となる。

 ここで勝ち残れば勇士は確定という、これも大事な試合であろう。

 が、ここではルド=ルウとジーダが全的中、シン=ルウとギラン=リリンが2本的中で1本は木札に命中という、同率の結果になってしまった。


 人々は、いよいよ熱狂した歓声をあげている。俺は俺で全員が親しくさせてもらっている相手とあって、むやみに手に汗を握ってしまった。


 そんな中、仕切り直しの勝負が行われ――

 今度は、シン=ルウまでもがすべての矢を的中させていた。

 ギラン=リリンは2本の的中で、1本はやはり木札の端だ。

 人々は大歓声をあげ、ララ=ルウは車椅子のハンドルを握ったまま、こらえかねたようにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。兄のルド=ルウばかりでなく、シン=ルウまでもが勝ち残ったのだから、喜びもひとしおであっただろう。


「では、次の勝負を執り行う!」


 と、リャダ=ルウはあくまで厳格な面持ちで声を張り上げる。

 人々はたちまち静まって、試合の場に進み出た少年たちの姿を見守った。


 ルド=ルウ、シン=ルウ、ジーダという、いずれも若年たるルウの狩人たちだ。

 誰もが真剣な眼差しであるが、気負っている様子はまったくない。勇者と勇士の座を決める勝負の場に相応しい、実に凛然としたたたずまいであった。


 そうして勝負が行われると――ここでも3名は、すべての矢を的中させていた。

 これはもう、6氏族の力比べに負けない大熱戦である。ルド=ルウとジーダは、いまだに最初の勝負から1本の矢も外していないのだ。


 そして、仕切り直しの勝負では――残念ながら、シン=ルウが1本だけ的中を逃してしまった。

 しかし、素晴らしい戦績であったことに間違いはない。大歓声と拍手の中、シン=ルウは堂々たる足取りで退いていった。


 決勝戦は、俺が漠然と予想していた通り、ルド=ルウとジーダの一騎打ちである。

 サウティの集落で森の主を相手取ったときから、両者の弓の腕は取り沙汰されていたのだった。


 リミ=ルウやマイムたちも、それぞれの家族をめいっぱい応援していることだろう。そして、すべての血族もそれに負けない熱い眼差しで、この勝負を見守っているはずであった。


 そんな中、最初の勝負では当然のように、両者がすべての矢を的中させる。

 仕切り直しの勝負でも、また引き分けだ。

 両者はすでに10回ぐらいも勝負を重ねており、すべての矢を的中させている。常人には及びもつかない力量であった。


 そうして、3度目の勝負にて――結果を確認に行った若衆が「あっ!」と大きな声をあげた。


「ジ、ジーダは2本、的中です!」


「ルド=ルウは、すべて的中です!」


 これまでで一番大きな歓声が爆発した。

 ルド=ルウは大きく息をついて、ジーダの背中をばしんと叩いた。ジーダはむっつりとした面持ちで、ルド=ルウの背中を叩き返す。


「的当ての勇者はルド=ルウ、勇士はジーダとシン=ルウとする!」


 歓声があまりに凄かったために、沈着なリャダ=ルウも大きな声を張り上げていた。が、そうすると歓声はいっそうの熱量を帯びてしまう。シリィ=ロウはもう、ロイにへばりついたままへろへろになってしまっていた。


「凄かったな。チム=スドラやアイ=ファとどっちが凄いのか、勝負してほしいぐらいだよ」


 俺がそのように囁きかけると、アイ=ファは苦笑をこらえているような面持ちで、俺の脇腹を小突いてきた。


「では次に、荷運びの力比べを執り行う! 広場の中央に戻ってもらいたい!」


 リャダ=ルウの言葉に従って、俺たちはぞろぞろと広場に移動する。

 ルウの血族たちはもちろん、町からの客人たちも大いに力比べを楽しんでいる様子だ。ドーラの親父さんはベンやカーゴたちと熱心に感想を述べ合っており、ただひとりシリィ=ロウだけがぐったりとした様子で歩を進めていた。


「どうしたのさ? まだあんたが怖がるような荒っぽい勝負でもなかったでしょ?」


 世話焼きのユーミがそのように声をかけると、シリィ=ロウは一瞬だけ眉を吊り上げかけたが、すぐに気力が尽きた様子で嘆息をこぼした。


「何も怖がっているわけではありません。ただわたしは……賑やかな場が、あまり得意ではないもので……」


「あー、わかるわかる! 森辺のお人らって、迫力がすごいもん! 歓声があがるだけで、こっちはびくってなっちゃうよねー」


「あ、あなたのようにふてぶてしい御方でも、そうなのですか?」


「そうそう。だから怖くっても、恥ずかしがることないって!」


「で、ですから、怖がっているわけではありません!」


 どうやらシリィ=ロウのフォローは、ユーミにおまかせしておいて大丈夫そうであった。


 そんな中、荷運びの勝負が開始される。

 こちらもおおよそは、これまでに見てきた勝負と同じ段取りであるようだった。引き板に同じ重量の幼子たちを乗せて、100メートルほどの距離を走り抜ける。そのスピードを競うのだ。


 序盤には、また見習い狩人たちの勝負が繰り広げられた。

 15歳未満の少年では、まだまだ身体もできあがっていない。が、ゴールラインの手前でへたばるような人間は存在しなかった。幼子たちの重量が70キロ前後であると考えれば、それだけで立派な結果であろう。初めて狩人の力比べを目の当たりにしたベンやカーゴたちなどは、さきほど以上に驚嘆の思いをあらわにしていた。


 そして3度目の勝負では、またミダ=ルウが名乗りをあげる。

 ミダ=ルウは体格が体格なので、やはりこの勝負も苦手にしているのだろう。

 が――リャダ=ルウの合図で勝負が始められると、それを取り囲む人々の間からは歓声が巻き起こることになった。


 ミダ=ルウは象のように太い足で、どすどすと駆けている。

 もちろん、俊足と呼べるような走りっぷりではない。

 しかしまた、同じ場を駆ける見習い狩人の少年たちと、そこまでの差はなかったのだ。


 少年たちは、自らの体重よりも重い荷物を引いているために、足取りが鈍くなっている。いっぽうミダ=ルウはもともと鈍足なのであろうが、70キロていどの重量は苦にもしていない。結果、大接戦の好勝負となったわけである。


 なおかつ、実際は鈍足というほど鈍足なわけでもない。正直に言って、俺が手ぶらで走るのと同じぐらいのスピードは出ているだろう。ミダ=ルウはもともと巨大なギバめいた突進力を持っていたが、そのトップスピードを最後まで持続できるだけのスタミナを体得したようだった。


 最終的に勝利を収めたのは、ミダ=ルウとの鼻差でディム=ルティムである。

 つまりミダ=ルウは、残り2名の少年たちに勝利を収めていた。

 この結果に、人々は惜しみない拍手を送っている。ミダ=ルウはぶふうぶふうと荒い息をつきながら、それでも嬉しそうに頬肉を揺らしているようだった。


「す、す、すごいですね! さ、さすがはミダ=ルウです!」


 と、マルフィラ=ナハムも嬉しそうに笑っていた。

 もちろん俺も、思わぬ場所でミダ=ルウの底力を見せつけられて、大満足の結果である。ミダ=ルウの巨体を遠くに見やりながら、アイ=ファもこっそり目もとで微笑んでいた。


 そうして序盤から思わぬ盛り上がりを見せつつ、次なる勝負である。

 そこでもディグド=ルウが、早々に名乗りをあげていた。

 しかし、結果は惨敗である。彼はミダ=ルウや見習い狩人よりも足が遅く、熟練の狩人の中ではその鈍足っぷりが際立ってしまっていた。


「どうやらあやつは、足の筋か何かに治らぬ深手を負ってしまっているようだな。荷物など関係なく、走ることそのものが難しいのであろう」


 アイ=ファは、そのように評していた。

 どうやらディグド=ルウというのは、狩人としてかなり偏ったバランスの実力者であるようだ。


 その後の勝負は、順当に進められていった。

 やはりこの競技は、身体の大きな者が有利になる。身長180センチ前後の体格に秀でた人々は、のきなみ最初の勝負を勝ち抜いていた。ジーダやルド=ルウやシン=ルウはもちろん、それなりの背丈で中肉のギラン=リリンやミンの家長もここで敗退である。


 ドンダ=ルウ、ジザ=ルウ、ダルム=ルウに、ガズラン=ルティム、ダン=ルティム、ジィ=マァム――それに、マァムの家長やギラン=リリンの弟さん、ガズラン=ルティムの弟さんなども勝ち残っている。

 その中で、見習いの狩人たちを除けば、もっとも華奢な体格に見えたのはラウ=レイであった。

 弓の腕はほどほどであったようだが、荷運びの勝負は得意にしている様子である。


(そういえば、ラウ=レイは細身なのに規格外のパワーがあるって話だったっけ)


 19名の狩人によって、第2回戦が開始される。

 ディム=ルティムとシン=ルウの弟を含む見習いの狩人たちは、ここでジィ=マァムに一掃されることになった。

 ダルム=ルウやマァムの家長を下したのは、ダン=ルティムだ。やはりダン=ルティムは怪力である上に俊足であるようで、この段に至っても圧倒的な差で勝利を収めていた。


 そして、ガズラン=ルティムとギラン=リリンの弟さんは、ここでラウ=レイに敗れることになった。やはりこれは番狂わせであったようで、人々は驚きに満ちた歓声をあげている。

 あとの2試合では、ドンダ=ルウとジザ=ルウがそれぞれ順当に勝ち抜くことになった。ガズラン=ルティムの弟さんも、ここで敗退だ。


「やはりルウの血族というのは体格に恵まれた狩人が多いせいか、荷運びを得意にする狩人も数多いようですね。いま勝ち残っている方々は、誰もがラッド=リッドに負けていないように思えてしまいます」


 ユン=スドラは、こっそりとそのように語らっていた。スドラの狩人はみんな小柄であったため、荷運びの勝負を苦手としているのだ。


 そうしてお次は5名の狩人で、早々に決勝戦が行われることとなった。

 ジィ=マァム、ダン=ルティム、ラウ=レイ、ドンダ=ルウ、ジザ=ルウという顔ぶれである。やはりこれだけのメンバーが居揃うと、ラウ=レイの細さが際立って見えた。ついでに言うと、彼は母親似のきわめて秀麗な容姿の持ち主でもあるのだ。


 スタートラインには長老のラー=ルティムが立ち、ゴールラインには審判のリャダ=ルウが待ち受けている。

 数名ずつの幼子を乗せた引き板の蔓草を手に、5名の狩人たちが3度目の疾駆を見せた。


 序盤は、ほとんど互角の勝負だ。

 が、中間地点に至る手前で、ダン=ルティムがぐんと差をつけた。

 あんなビア樽のような図体で、どうしてそうまで早く走れるのか。それこそ、ギバの突進でも見守っているような心地だ。


 それに追いすがるのは、ジザ=ルウとジィ=マァムである。

 ドンダ=ルウとラウ=レイは、じわじわ引き離されていく。


 3分の2ほどの距離を走り抜け、残りは30メートルていどか――といったところで、ラウ=レイがいきなり加速した。

 ドンダ=ルウをその場に残し、ジザ=ルウたちの背後に迫っていく。荷物の重量など忘れてしまったかのような、猟犬のごとき俊足だ。


 そしてその頃には、ダン=ルティムが左右の2名を引き離している。

 ダン=ルティムが1位でゴールを決めた頃、ラウ=レイがジザ=ルウとジィ=マァムに追いついた。

 三者はひとかたまりとなって、斜め後方から見守る俺には誰が有利なのかもわからない。ドンダ=ルウもじわじわ追いすがっていたが、すでにゴールは目前だ。


 人々は、割れんばかりの歓声をあげている。レイとマァムの人々は、とりわけ声を振り絞っているはずであった。


 三者はもつれるようにして、ゴールラインを駆け抜ける。

 ひと呼吸遅れて、ドンダ=ルウも到着した。

 それを真横から見届けていたリャダ=ルウが、広場に散った血族のために高々と宣言する。


「荷運びの勇者は、ダン=ルティム! 勇士はジィ=マァム、ラウ=レイとする!」


 その声を聞くために静められた歓声が、さらなる勢いで爆発した。

 族長たるドンダ=ルウとその長兄たるジザ=ルウを下して、ジィ=マァムとラウ=レイが勝利を収めたのだ。それは逆に、ルウの血族の層の厚さを思い知らされるような結果であった。


「いやあ、すごい熱戦だったな。やっぱりルウの血族はすごいや」


「うむ。ダン=ルティムは当然として、ラウ=レイもジィ=マァムも大したものだ。……ラウ=レイというのは、本当に馬鹿げた力を持っているのだな」


 アイ=ファはほんのちょっぴりだけ、悔しそうな面持ちであった。自分とそれほど体格も変わらないラウ=レイがこれだけの結果を残して、複雑な心境であるのだろう。しかしそれでも、感服する気持ちがまさっているようだった。


 ほんの数分ほどの休憩をはさんで、お次は木登りの力比べだ。

 その場では、事前にひとつの通告が為されることになった。


「家長たちの話し合いにより、ルウの分家の家人ミダ=ルウは、この勝負に加わらせないことに取り決められた。理由は――ミダ=ルウが木を登ると、おおよその枝がへし折れてしまうためとなる。母なる森にその力を見せることがかなわず、ミダ=ルウは無念であろうが、他の力比べではその分まで奮起するがいい」


 リャダ=ルウの横に並べさせられたミダ=ルウは、申し訳なさそうに頭を上下に揺らしていた。たぶん頭を下げているのだが、首が肉で埋まってしまっているためにそれ以上は動かせないのだ。


 そうして木登りの力比べは、残りの狩人たちによって開始される。

 こちらの勝負でも、ディム=ルティムとシン=ルウの弟はそれぞれ勝利していた。同世代の見習い狩人の中では、彼らの力が際立っているようだ。


 そしてディグド=ルウは、この勝負でもあっさりと敗退していた。彼の抱えた古傷は、荷運びだけでなく木登りにも支障が出てしまうようだった。

 あとの勝負は、大混戦である。こちらの勝負では、体格差もそこまで大きな影響は出ないのだ。


 名のある狩人や家長たちは、それぞれ1回戦目を勝ち抜いていた。

 2回戦目は、実力者同士の対戦が連発する。ディム=ルティムとシン=ルウの弟も、さすがにこの場を勝ち抜くことはできなかった。なおかつそれを下したのは、兄たるシン=ルウ自身であった。


 ギラン=リリンやムファの家長は、ジザ=ルウに敗北してしまう。

 ジィ=マァムとミンの家長、それにギラン=リリンの弟を下したのは、ルド=ルウだ。やはり若干は、小柄で身軽な狩人に分があるようだった。

 そして族長ドンダ=ルウは、ここで早くも好敵手たるダン=ルティムとの対決になり、惜敗を喫していた。

 そうして最後の組は、ガズラン=ルティム、ダルム=ルウ、ジーダ、ラウ=レイというなかなかの顔ぶれである。


「これは、どうなるんだろう。やっぱり小柄なジーダが有利なのかな」


 俺がそのように呼びかけると、アイ=ファは「いや」と首を横に振った。


「ジーダは狩人として秀でた力を持っていようが、五体の力という面においては森辺で生まれた狩人には及ばない。この顔ぶれを相手に勝つことは難しかろう」


「なるほど。それじゃあ、ラウ=レイが有利なのかな。荷運びの勝負では勇士になるぐらい、身体能力は秀でてるわけだしな」


「いや。ただ地を駆ける荷運びに比べれば、木登りには多少なりとも頭を使う面がある。手足をどのように動かすべきか、即時に判断をせねばならんのだ。そういう点において、ラウ=レイはいささか頭が足りていなかろうな」


 頭が足りていないとは何とも気の毒な言いようであるが、かつてはラウ=レイに力比べの手ほどきをしていたアイ=ファであるのだ。その言葉には、重みと説得力が感じられた。


 そして、結果は――ガズラン=ルティムとダルム=ルウが同率1位で、2位がラウ=レイ、3位がジーダである。ジーダは粛然と身を引いていたが、ラウ=レイは「くそー!」と金褐色の頭をかき回していた。


「では、ガズラン=ルティムとダルム=ルウはともに勝者として、次の勝負に進んでもらう。どのみち、高さのそろった木は4本しかないのでな」


 そこまで他に勝ち進んでいたのは、ジザ=ルウ、シン=ルウ、ルド=ルウ、ダン=ルティムの4名だ。全員がルウとルティムの家人であるというのは、さすがの結果であった。

 なおかつこの場では、負けた1名を退かせるという方式ではなく、くじ引きで組み合わせを再抽選した上で、1名ずつ勝ち上がらせるという方式が取られる。的当てと違って体力を消耗する勝負であるので、なるべく短い回数で決着をつけようという方針であるのだろう。


 その結果、準決勝戦の第1試合は、ジザ=ルウ、ダルム=ルウ、ルド=ルウと相成った。奇しくも、3兄弟のそろいぶみである。

 これは小柄なルド=ルウに分があるかと思われたが――なんと、勝利を収めたのはダルム=ルウであった。


「ちぇー! 餓鬼の頃から、木登りだけはダルム兄にかなわねーんだよなあ」


 ルド=ルウが悔しそうに声をあげると、ダルム=ルウはうろんげにそちらを振り返った。


「それはまるで、木登りでなければ俺に勝てていたような言い草だな、ルドよ」


「んー? 棒引きだったら、いい勝負だったじゃん。ダルム兄には何度か勝ってるはずだぜー?」


「それは、おたがいが13歳にもならぬ頃の話だろうが?」


「だったら木登りだって、その頃の話じゃん。4歳も年上のダルム兄に棒引きで勝てたのは、俺の自慢だったしなー」


 ダルム=ルウが何か言い返そうとすると、ジザ=ルウが「やめんか」とたしなめた。


「くだらぬ言い合いは、勝負がついてからにするがいい。……リャダ=ルウ、次の勝負を始めてもらいたい」


「うむ。では、ガズラン=ルティム、ダン=ルティム、シン=ルウ、前に出よ」


 これもまた、結果の読みにくい勝負であった。この3名は、いずれの勝負でもかなりの力量を見せつけていたのだ。

 身軽なシン=ルウに、際立った身体能力を持つダン=ルティムに、バランス型のガズラン=ルティム。それぞれが秀でた力を有しており、しかもタイプがバラバラであった。


 そうして、勝利を収めたのは――ガズラン=ルティムであった。

 シン=ルウとほとんど同着であったダン=ルティムは、悔しがるどころかどんぐりまなこを輝かせる。


「ガズランよ! 木登りなどの勝負をしたのはひさびさであったが、ずいぶん力をつけたものだな! 俺は心より、誇らしく思うぞ!」


「ありがとうございます」と、ガズラン=ルティムは少し気恥ずかしそうな顔を見せていた。

 その会話が長引く前にと、リャダ=ルウが進み出る。


「では、勇者を決める勝負の前に、勇士を決める勝負を行いたく思う! ジザ=ルウ、ルド=ルウ、シン=ルウ、ダン=ルティムは、準備を!」


 この中の1名だけが、勇士の座を授かることができるのだ。

 これもまた、まったく結果の読めない勝負であった。

 そして実際に勝負が行われても、俺の目には全員が同着としか思えなかった。

 それは他の人々も同じであったようで、審判役のリャダ=ルウに熱い視線が集められる。

 が、リャダ=ルウもいささかならず厳しい表情になっていた。


「俺には、ダン=ルティムが1番であったように見えたのだが……そちらは、どうであったろうか?」


「そちら」とは、敗退した時点で副審判役を買って出たドンダ=ルウおよびギラン=リリンであった。


「俺には、ダン=ルティムとシン=ルウが同着であったように見えたな」


「俺も、ドンダ=ルウと同じ意見だ。ついでに言うと、ジザ=ルウとルド=ルウも2番手で同着だな」


「では、ダン=ルティムとシン=ルウで、再度の勝負を!」


 公式の場であるので、リャダ=ルウも息子を氏つきの名で呼んでいる。

 そうして、再度の勝負では――シン=ルウの勝利が告げられることになった。


「やはり立て続けの勝負では、若い人間にかなわぬな! 見事な力量であったぞ、シン=ルウよ!」


 負けてなお豪放さを失うことなく、ダン=ルティムはガハハと笑い声を響かせながら退いていった。

 こちらでは、ララ=ルウがまたぴょんぴょんと跳ねている。的当てに続いて、シン=ルウがふたつ目となる勇士の座を獲得したのだ。これだけの狩人が居揃っているのだから、それはとてつもない快挙であるはずだった。


「では、最後の勝負を開始する! ダルム=ルウ、ガズラン=ルティム、準備を!」


 3回戦目で引き分けとなった、両名である。

 体格はガズラン=ルティムのほうがまさっているが、背丈は数センチしか変わらないし、どちらもバランス型であるように見受けられる。ただし、いつでも沈着なガズラン=ルティムと炎のような気迫を発散させるダルム=ルウで、人柄のほうは好対照であった。


「始め!」の合図とともに、両名は木に飛びついた。

 大歓声の響く中、がさがさと梢が揺れていく。今さらながら、信じ難いスピードだ。


 ほどなくして、地上5メートルほどの位置から、ダルム=ルウが飛び出してきた。獲物に飛びかかる狼のような迫力だ。

 一瞬遅れて、ガズラン=ルティムも宙に舞う。そちらは、何だか――急降下する鷹のように、力強くも優美な姿であった。


 両名は、ほとんど同時に着地する。

 先に飛び降りたのはダルム=ルウであったが、ガズラン=ルティムはそれ以上の勢いで樹木の幹を蹴ったのだろう。

 鋭い眼差しでそれを見守っていたリャダ=ルウは、大きくうなずいてから宣言する。


「勝者は、ガズラン=ルティム! ……ドンダ=ルウとギラン=リリンに異存はあろうか?」


 名前を呼ばれた両名は、そろって首を横に振っていた。


「では、木登りの勇者はガズラン=ルティム、勇士はダルム=ルウ、シン=ルウとする!」


 この日で何度目かの歓声が森辺の集落にこだました。

 もしかしたら、数キロぐらいは離れているガズやマトゥアの集落にも届くほどの勢いなのではないだろうか。そしてその中には、俺が打ち鳴らす拍手の音色も入り混じっているはずであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] むさ苦s…脂っk…勇猛な狩人たちの一幕の中でマルちゃんのふにゃふにゃが出てくると和みますね(・∀・*)
[一言]  4試合目も、ジザ=ルウにムファとミンの家長というなかなかの顔ぶれであったが、またもやジーダすべての印を射抜き、圧倒的な勝利を収めていた。 「ジーダすべての印を」 → 「ジーダはすべての印…
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