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異世界料理道  作者: EDA
第五十九章 慶祝の季節
1015/1682

ルウの血族の収穫祭①~客人たち~

2021.3/8 更新分 1/1

・今回の更新は、全8回です。

 ドムとルティムの婚儀の日から4日後となる、黄の月の14日――

 ルウの血族の収穫祭は、その日に開催されることになった。


 雨季の終わりからは、8日ほどが過ぎている。その間に、眷族を含む7氏族のすべての狩り場で森の恵みが食い尽くされたと判じられ、ついに休息の期間を迎えることとなったのだ。


 サティ・レイ=ルウの第二子出産から始まり、ジバ婆さんとリミ=ルウの生誕の日を経て、ドムとルティムの婚儀を終えて――ルウの血族を見舞った立て続けの慶事も、ついにクライマックスを迎えたような感があった。


 俺とアイ=ファは、それらのすべてに立ちあうことが許されている。サティ・レイ=ルウのお産の瞬間に立ちあえたのは完全に偶然の産物であったものの、それさえもが母なる森の導きだったのではないのかと、俺にはそんな風に思えてならなかった。


 ともあれ、ルウの血族の収穫祭である。

 俺とアイ=ファは必要最低限である朝方の仕事だけを果たして、ルウの集落に向かうことになった。

 調理助手として同行を許されたのは、トゥール=ディンとユン=スドラとレイ=マトゥアとマルフィラ=ナハムの4名だ。あとはブレイブたちも連れていかなくてはならないために、荷車は2台準備された。


 ルウの集落に到着すると、すでにあちこちのかまど小屋から煙や湯気があげられている。こちらもこちらで朝方の仕事を終えると同時に、かまど仕事が開始されたようだった。


「ルウの家にようこそ、お客人がた。城下町からのお客人らは、もうダルムの家のかまど小屋で仕事を始めておいでだよ」


 本家に挨拶に行くと、ティト・ミン婆さんがそのように教えてくれた。


「それじゃあ、そちらにも挨拶をさせていただきますね。……あの、サティ・レイ=ルウの様子はいかがですか?」


「うん。まあ、ぼちぼちってところかねえ。他の幼子たちと一緒に過ごさせるのはちょっと辛そうだから、今はわたしが付き添って面倒を見ているよ」


 出産の日から、すでに半月以上の日が過ぎている。しかしサティ・レイ=ルウは、いまだに復調していなかった。

 ルウ家の人々いわく、本年の雨季の終わりは気温の変化が著しかったため、それが身体の負担になってしまったのではないかという見立てであった。


「まあ、お産の疲れが半月ていども長引くってのは、そう珍しい話でもないからね。ルディがよく乳を吸うもんだから、そちらに力を取られてる面もあるんだろうし……とにかく病魔の陰りは見られないから、心配は無用さ。サティ・レイのことはわたしらに任せて、アスタたちは宴料理の支度を頑張っておくれよ」


「承知しました。サティ・レイ=ルウがお元気なときにご挨拶をさせてもらいたく思っていますので、どうかお大事にとお伝えください」


 そうして俺は一抹の懸念を胸の中に残しつつ、ダルム=ルウ家のかまど小屋に向かうことになった。

 そちらに控えるは、城下町の料理人たち――ロイ、シリィ=ロウ、ボズル、ニコラ、およびゲルドの料理人プラティカである。プラティカはまたダレイム伯爵邸の客となり、朝一番でこの面々をルウの集落に送り届けてくれたのだった。


「お疲れ様です、みなさん。早いご到着でしたね」


「……わたしどもの料理は時間がかかりますため、城門が開くと同時に出発することにいたしました」


 くぐもった声で、シリィ=ロウがそのように言いたてる。声がくぐもっているのは、彼女が例の白い覆面で顔を覆っているためであった。

 レイナ=ルウの説得の甲斐あって、シリィ=ロウたちも宴料理の準備をすることが許されたのだ。よってその場には、それらの仕事を手伝うために、ルウの血族の女衆も何名か集められていたのだが――まだちょっと、シリィ=ロウたちの白ずくめの姿に困惑している様子であった。


「あのさあ、シリィ=ロウ。手伝いの方々が素顔をさらしてるんだから、俺たちだけこんなもんをかぶってても意味はないんじゃねえのかなあ」


 同じ姿をしたロイがそのように言いたてると、「何を仰っているのですか!」とシリィ=ロウは覆面の下で眉を吊り上げたようだった。


「汗の一滴でも味の調和を壊してしまうというのは、師たるヴァルカスの教えです。手伝いの方々にそれを強要することはできませんが、わたしたちは最善を尽くすべきでしょう」


「まったく、融通がきかねえなあ。こんなもんをかぶらなくったって、汗が垂れないように気をつけりゃあ済むこったろうによ」


「そのような雑念を持ち込まず、調理に集中できるようにという思いで、ヴァルカスはこちらの覆面を考案されたのです。四の五の言わずに、調理に集中なさい」


 すると、同じ姿で鍋を煮立てていたボズルが「まあまあ」と朗らかな声をあげた。


「そのように言い合いをしていると、本当に仲違いをしていると思われかねんぞ。……申し訳ありませんな、森辺の皆様方。これは仲のいい兄妹が気安い口を叩き合ってるようなものですので、どうぞお気になさらんでください」


「ど、どうしてわたしが妹なのですか? わたしは、ロイの兄弟子なのですよ?」


「もののたとえに、そんな突っかかるな。熱心なのはけっこうだが、それでは味まで尖ってしまいそうだぞ」


 顔が見えなくとも、ボズルが陽気な笑みを浮かべているところが容易に想像できそうな声音であった。なんとか仕事の都合がついて、《銀星堂》の3名が全員参席することがかなったのは、誰にとっても幸いなことであったろう。


 ちなみに本日はプラティカとニコラも見物客ではなく、シリィ=ロウたちの調理助手である。レイナ=ルウはおたがいの絆を深めたいという思いでこのたびの申し入れをしたのだから、自分たちだけ他人顔をすることはできないと、自ら志願したのだそうだ。


「なんだかずいぶんと変わったお人たちであるようですね。でも、いったいどのような手際を見せていただけるのか、わたしはとても楽しみにしています」


 と、俺にこっそり囁きかけてくる女衆がいた。古きの時代から屋台の当番を引き受けている、ミンの若い女衆である。この場には6名の女衆が控えていたが、レイナ=ルウはシリィ=ロウたちのためにそれなりの力量を持つかまど番を集めたのではないかと思われた。


「それじゃあ俺たちも、仕事に取りかかります。こちらの作業場は隣の家ですので、何か御用があったら声をかけてくださいね」


 そのように告げて、俺たちはダルム=ルウ家のかまど小屋を後にした。俺たちの作業場は、隣のシン=ルウ家であったのだ。


「シリィ=ロウたちも、城下町でずいぶんと修練を重ねたそうですね。勉強会の時点でも十分な出来栄えであるように思いましたが、それがどれほどの料理に仕上げられたのか、とても楽しみです」


 ユン=スドラの言葉に、俺も「そうだね」と同意してみせる。


「シリィ=ロウたちのギバ料理だったら、きっとルウの血族のお人らにも満足してもらえるだろうしね。俺たちも、負けずに頑張ろう」


 そうしてシン=ルウ家のかまど小屋に到着すると、入り口のそばでリャダ=ルウが薪割りをしていた。


「ああ、早かったな。家長のシンから話は聞いているので、かまどは好きに使ってもらいたい」


「ありがとうございます。今日は力比べも楽しみですね」


「うむ。まさか、的当てや木登りなどの力比べまで行われようとはな。俺も、楽しみに思っている」


 いつでも沈着なリャダ=ルウは、目もとだけで涼やかに微笑んでいるようだ。

 きっと狩人としてその場に加われないことを口惜しく思う気持ちもあるのだろうが、そんなものを人前でさらしたりはしない。そんなリャダ=ルウの分まで、シン=ルウたちには頑張ってもらいたいところであった。


 かまど小屋に到着した俺たちは、すみやかに作業を開始する。

 ブレイブたちを引き連れてきたアイ=ファは、戸板の外で待機のかまえだ。どちらも寡黙なタイプであるが、リャダ=ルウと少しでも親睦が深まれば幸いであった。


「あ、あ、あの、今日の力比べは、ファやフォウの発案したやり方で行われるのですよね?」


 調理の下準備を進めながら、マルフィラ=ナハムがそのように問うてきた。


「うん。おおよそはそうみたいだね。ただ、細かい部分では改良を加えるみたいだよ。ひとりの勇者にふたりの勇士っていう北の集落の案も取り入れるみたいだし……そうやって色んな氏族が5種目の力比べを行うことで、どんどん洗練されていくんじゃないのかな」


 その洗練のひとつとして、広場にはまだ儀式の火や簡易かまどの準備がされていなかった。ルウの血族などはひときわ大人数であるために、競技の邪魔になると見なされたのだ。それらは力比べの後、手すきの人間を総動員して設置されるのだという話であった。


「ファの近在では6氏族、ラヴィッツやザザでは5氏族ずつ、それで今日は7氏族ですものね。160名分もの宴料理を準備するなんて、わたしは初めてです!」


 可愛らしく頬を火照らせながら、レイ=マトゥアはそのように言いたてた。俺が手伝いをお願いしたとき、彼女は小躍りして喜んでいたのである。


「うん。そのうちの30名分ぐらいは、俺たちを含めた客人の分だけどね。……ただ実際のところ、ルウの血族だけでも160名ぐらいの人数になるらしいよ」


「えっ! それでは料理が足りなくなってしまいませんか?」


「いや、小さな子供やご老人なんかは、食事の量も少ないだろう? それこそ、元気な男衆の半分も食べられない人もいるだろうしね。そうすると、130名分ぐらいの目安でちょうどいい感じになるんだってさ」


「なるほど……ルウの血族には年老いた人間も多いので、ひときわ家人の数が多いようだとは聞いていましたが……160名というのはとてつもないですねえ」


 そうしてレイ=マトゥアがしみじみと息をついていると、今度はユン=スドラが声をあげた。


「それにしても、客人の数が30名にも及ぶというのは驚かされました。今日は貴族なども呼んではいないのですよね?」


「うん。今回は客人が多いんで遠慮してもらえないかって打診したら、あっさり了承をもらえたらしいね。……フェルメスだけは、ずいぶん残念そうにしてたみたいだけど」


 そんな話は、ルウ家の人々を通じて俺のもとにもたらされていた。町の人々と森辺の民が交流を深めようという場には、王都の外交官として視察の名目が立つのであるが。それは、ジェノスの貴族の協力があってこそなのだ。


「外交官のフェルメスが夜遅くまで森辺におもむくとなると、それだけでメルフリードたちの同伴や護衛の兵士が必要になってしまうしね。貴族の側が遠慮をしてくれた時点で、フェルメスもあきらめざるを得なかったという感じなのかな」


「なるほど……ジェノスの貴族たちは、フェルメスの意向よりも森辺の民の意向を重んじてくれたということですね」


 ユン=スドラは嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。

 まあ、フェルメスはこれまでにもさんざん森辺の祝宴におもむいているのだ。今後も絆を深める機会は多々あろうから、それまで辛抱してもらう他なかった。


 そうして雑談を楽しみつつ、俺たちは下準備を進めていく。

 一刻が経ち、二刻が経ち、そろそろ午前中の分の目途が立ってきたかなというタイミングで、にわかに広場のほうが騒がしくなってきた。眷族の人々が、続々とルウの集落にやってきたようだ。


 力比べの行われる中天が近づいてきた合図である。フォウやラヴィッツやザザの集落でも味わわされた、胸の高鳴る刻限だ。5つの種目が行われるようになってから、俺も狩人の力比べを心から楽しめるようになったわけであった。


(何せルウの血族には、親しくさせてもらってるお人がたくさんいるからな。いったいどんな結果になるのか、想像もつかないや)


 さらに半刻ばかりが過ぎると、アイ=ファがかまどの間を覗き込んできた。


「アスタよ。間もなく中天になるようだ。きりのいいところで、仕事を終わらせるがいい」


「うん、了解。こっちはもう大丈夫だよ」


 俺たちはかまどの火を落として、何も不備がないことを入念に確認してから、外に出た。

 広場に向かって歩を進めていくと、ちょうどシリィ=ロウたちも表に出てきたところであった。白覆面を脱いでいるのは当然として、調理着も上衣だけは普段着にあらためられている。


「お疲れ様です。作業のほうはいかがですか?」


「いちおうここまでは予定通りですが……この後の調理時間は、やや不確定な部分があるのですよね? かなうことでしたら、このまま作業を続けたい心地です」


 俺が何かを言いかけると、たちまちシリィ=ロウににらまれてしまった。


「わかっています。わたしたちは、森辺の方々と絆を深めるために訪れてきたのですからね。森辺の習わしをないがしろにしてまで調理を優先するのは、本末転倒と仰りたいのでしょう? ですから、かなうことならと前置きしたのですよ」


「先回りしてまで、文句をつけるなよ。それより今日は、ぶっ倒れねえように気をつけてな。それこそ、作業が遅れちまうからよ」


 そのように反論したのは、もちろん俺ではなくロイである。以前に狩人の力比べを見物していた際、シリィ=ロウはその荒っぽさに貧血を起こして倒れてしまったのだ。

 シリィ=ロウは顔を赤くしてそちらに向きなおったが、その口が開かれるよりも早く急接近してくる者があった。


「やあ、ひさしぶり! すっかり遅くなっちゃったよ!」


 誰あろう、ユーミである。ユーミはシリィ=ロウの鼻先で立ち止まると、「へへー」と笑いながら相手の顔を覗き込んだ。


「今日はあんたも、ギバ料理を出してくれるんだってね! いったいどんな料理が出されるのか、ずーっと楽しみにしてたんだー!」


「わ、わたしは森辺の方々に料理をお出しするのであって、あなたのために準備したわけでは……」


「こまかいことは、どうでもいいって! あんた、相変わらず堅苦しいねー!」


 楽しそうに笑いながら、ユーミはシリィ=ロウの腕をひっつかんだ。


「とりあえず、他の連中もひさびさに会えるのを楽しみしてたからさ! もちろん、テリア=マスも来てるからね! ほらほら、早く早く!」


「あ、あの、ちょっと、そんなに引っ張らないでください!」


 というわけで、シリィ=ロウはユーミによって連行されてしまった。

 取り残されたロイは、いくぶんいぶかしげに俺を振り返ってくる。


「あの娘さんは、昔っから親切だったけどよ。それにしても、今日はずいぶんご機嫌みたいだな」


「シリィ=ロウの料理を、本当に楽しみにしてたみたいですよ。俺たちも、あちらと合流しましょうか」


 ユーミたちの後を追跡すると、そこには町から招待された人々が寄り集まっていた。今回はひさびさの大人数で、レビやベンやカーゴもやってきているのだ。いわゆる不良少年に分類される若者たちに囲まれて、シリィ=ロウは気の毒なぐらいあたふたとしてしまっていた。


「ああ、あんたたちか。こいつは確かに、ちょいとひさびさだな」


 ロイがそちらに近づいていくと、シリィ=ロウはユーミの腕を振りきって、その背中に隠れてしまった。その姿に、ユーミはきょとんと目を丸くする。


「あれ、あんたたちってそういう関係だったっけ? もしかして、しばらく会わない間になんか進展した?」


「そ、そ、そういう関係とは何ですか! わ、わたしはロイの兄弟子です!」


「だったらどうして、弟分の背中に隠れてるのさ。みんな見知った顔なんだし、そんな怖がらなくてもいいじゃん」


 とはいえ、シリィ=ロウらがベンたちと再会を果たすのは、ずいぶんひさびさであるはずだった。たしか、昨年の青の月に開かれた親睦の祝宴が、最初で最後だったのではないだろうか。そこでユーミとジョウ=ランの間に親交が結ばれて、家長会議の直前に宿場町の交流会が開かれたというのも、なかなかに懐かしい記憶である。


 そしてその場には、テリア=マスとドーラ父娘も顔をそろえていた。ターラはすでにリミ=ルウと手をつないで、にこにこと微笑んでいる。


「やあ、アスタ。あれこれ慌ただしくて、中天ぎりぎりになっちまったよ。でも、なんとか間に合ったみたいだね」


「はい。俺たちもついさっきまで、料理の準備をしていたところです」


 町の人々は、誰もが晴れがましい表情になっていた。これまでルウの収穫祭に招かれたのはターラとユーミとテリア=マスの3名のみであり、それも名目はジバ婆さんの生誕の日を祝うためであったのだ。

 そしてその日の力比べで、アイ=ファはジザ=ルウに怪我を負わせてしまった。

 それ以来、ルウ家における収穫祭は血族で祝うべきという方針に定められ、客人を招くことが控えられていたのだった。


 しかしこのたびは他の氏族の収穫祭の様相を鑑みて、ルウにおいても1年ぶりに客人を招くことになった。その招待客に選ばれたことを、ドーラの親父さんたちは心から嬉しく思っている様子であった。


「よう、アスタ。今日はひさびさに世話になるぜ。……って、アスタたちも招かれた側なんだっけ?」


 と、レビがひょこひょことこちらに近づいてきた。ロイたちとの再会の挨拶も、無事に終了したようだ。


「うん。レビたちも都合がついて、よかったね。ひさびさの祝宴を一緒に楽しもう」


 レビは《キミュスの尻尾亭》で働くようになって以来、森辺には足を踏み入れていなかったはずだ。テリア=マスが招待されるなら、自分はその留守をしっかり守るべき――という意欲に燃えていた様子なのである。

 しかしこのたびは、ミラノ=マスの言いつけでレビも参上することになった。名指しで招待されたのにそれを断るやつがあるかと、けっこう厳しく叱責されたのだそうだ。


「お前さんだって俺に劣らず、森辺の人らにはさんざん世話になってきたろうが? 宿の看板を背負ってるつもりなら、《キミュスの尻尾亭》の人間として森辺の人らにご挨拶をしてこい!」


 俺は話で聞いただけだが、ミラノ=マスが青筋を立てている姿が容易に想像できそうなところであった。店のことはいいから、お前さんも森辺の祝宴を楽しんでこい――などという本心は、決して余人にさらさないミラノ=マスなのである。


 そうして俺たちが客人同士で歓談していると、「ひゃー!」という素っ頓狂な声が聞こえてきた。声の主はシリィ=ロウで、そちらに迫り寄っていたのは――ディック=ドムを筆頭とする、ドム家の面々である。


「申し訳ない。町からの客人たちに挨拶をさせてもらおうと思ったのだが……不用意に近づいて、怯えさせてしまっただろうか?」


 ディック=ドムが重々しい声音で詫びる中、シリィ=ロウはロイにしがみついてしまっている。


「い、い、いえ! こ、こちらこそ無作法な真似をしてしまって、申し訳ありません。け、決して怯えているわけではないのですが……」


 などと言いながら、シリィ=ロウは顔が真っ青である。ずいぶん森辺の狩人にも耐性がついてきたところであるのであろうが、やはりドムの狩人の迫力というのはひとつレベルが違うのであろう。ギバの頭骨を頭にかぶり、背丈は190センチもあろうかというドムの狩人が、ディック=ドムの左右にも1名ずつ立ち並んでいたのだ。つい先日にドムの集落までお邪魔した俺にしてみても、その勇壮なる姿は際立って見えてならなかった。

 すると、シリィ=ロウのすぐそばにいたユーミが「あー!」と元気な声をあげる。


「わかったわかった! あんた、ドムの家長さんだね! あたしのこと、覚えてる?」


「うむ。宿屋の娘、ユーミ。……復活祭などの折に、挨拶をさせてもらったように思う」


「うん! たしか、うちの宿にもお招きしたことがあったよね! モルン=ルティムは? 最近になって、婚儀をあげたんでしょ?」


「……おひさしぶりです、ユーミ」と、男衆らの背後からモルン・ルティム=ドムが進み出てきた。

 長かった髪を首の横で切りそろえて、一枚布の装束にあらためた姿だ。そしてその腰には、ギバのあばらの飾り物が下げられていた。


「ひさしぶりー! 話は、アスタたちから聞いたよ! 婚儀、おめでとう! 想い人と結ばれることができて、よかったね!」


 俺はあんまりこの両名のやりとりというものを目にした覚えはなかったが、モルン・ルティム=ドムは祝宴のたびに里帰りしていたし、ディック=ドムの負傷中にはともに宿場町まで下りていたので、ユーミとも存分に絆を深めているはずであった。

 その絆の深さを示すように、ユーミはモルン・ルティム=ドムの手を取って、喜びの思いをあらわにしている。モルン・ルティム=ドムはわずかに頬を染めながら、幸福そうに微笑んでいた。


「ありがとうございます。わたしはドム家に嫁入りしてモルン・ルティム=ドムとなりましたので、どうぞ今後はそのようにお呼びください」


「モルン・ルティム=ドムかー! 婚儀をあげて名前が長くなるのって、面白い習わしだよね! でも、すっごく似合ってると思うよ!」


 そう言って、ユーミは青ざめたシリィ=ロウを振り返った。


「モルン・ルティム=ドムだったら、あんたも祝宴で顔をあわせてるんじゃない? それでこっちのおっきな人は、モルン・ルティム=ドムと婚儀をあげたドムの家長さんだよ! そんな怖がる必要ないって!」


「城下町には、森辺の方々ほど体格に恵まれた人間も多くないもので、どうしても見慣れない面があるのでしょう。決して忌避しているわけではありませんので、どうぞご容赦ください」


 と、ボズルが前に進み出た。その髭もじゃの顔には、いつも通りの大らかな笑みが浮かべられている。


「わたしは城下町の料理店、《銀星堂》のボズルと申します。同じくこちらはシリィ=ロウとロイですな。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」


「うむ。同じ客人の身としてルウの収穫祭を見届けつつ、絆を深めさせてもらいたく思う」


 ユーミとボズルのおかげで、その場の騒ぎも鎮静化したようだった。

 ディック=ドムたちの背後には、レム=ドムとディガとドッドも居揃っている。やはり、男女で5名ずつという編成であるようだ。やがてドーラ父娘やテリア=マスたちも交えて、その場にはどんどん親密な空気が形成されていった。

 そこに、ルド=ルウがてくてくと近づいてくる。


「よー、そろそろ力比べを始めるってよ。まずは客人らを紹介するから、こっちに集まってくれ」


 本日は血族の全員が集結しているので、レビたちのことを噂でしか知らない人々も多いはずだ。

 ただし、若い人間はしょっちゅう宿場町まで出向いていたので、俺の知らない場所で交流を深めていた相手も多いはずである。そのように考えると、なんだか不思議な心地であった。


「親父、連れてきたぜー」


「よし。そちらに並ばせるがいい」


 ドンダ=ルウは本家の母屋の前で待ちかまえており、俺たちはその横合いに並べさせられた。

 ルウの血族は160名ぐらいにも及ぶらしいと最近になって聞かされたせいか、何だかこれまで以上の圧力を体感させられてしまう。が、もちろん嫌な感覚ではない。ルウ家はこれだけ強大な力を持っているのだと、大いなる喜びと敬服の気持ちを味わわされているのだ。


 広場に集められた人々の先頭には、ジバ婆さんも控えている。その身は車椅子に収められており、手押しハンドルはララ=ルウの手に握られていた。

 懐かしい相手も、しょっちゅう顔をあわせている相手も、いまだにあんまり見覚えのない相手も、おおよそはその場に居揃っている。この場にいないのは、具合の悪いサティ・レイ=ルウや5歳未満の幼子たちの面倒を見ている何名かの女衆ぐらいであるはずであった。


「それでは、本日の客人たちを紹介する」


 本家の前に陣取ったドンダ=ルウが、血族たちに向かって重々しい声を張り上げた。

 まずは、森辺の側の客人である。族長筋からは、ダリ=サウティとサウティ分家の末妹、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ。ファの家から、俺とアイ=ファ。俺の仕事を手伝う人員として、トゥール=ディン、ユン=スドラ、レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハム。そして、ドムの人々が10名で、総勢は20名であった。


 町からの客人は、12名。城下町の料理人たるロイ、シリィ=ロウ、ボズル、ニコラ。ゲルドの料理人プラティカ。宿場町からは、ユーミとテリア=マス。レビとベンとカーゴ。ダレイムからは、ドーラの親父さんとターラ。森辺の客人と合計して、これで32名だ。


「収穫祭に客人を招くのは、およそ1年ぶりとなる。しかしこの1年で、他の氏族においてはさまざまな客人を招くことになった。なおかつ、そのさまを見届けるために、ルウからも何名かの人間を参じさせている。その末に、ルウの収穫祭でも再び客人を招いてみてはどうかという声があがり始めたのだ」


 客人たちの紹介を終えた後、ドンダ=ルウはそのように言葉を連ねた。


「これが間違った行いであると判じられたならば、収穫祭に客人を招くことは再び控えられるようになる。町の者たちと絆を深めたいならば、そのための祝宴を開けばいいだけのことだからな。何も難しい話ではあるまい。よって、本日の行いが正しいものであるか間違ったものであるか、ひとりずつがその目でしっかり見定めてもらいたい。後日、眷族の家長を集めて話し合い、今後のありようを定めたく思っている」


 ルウの血族の人々は、いずれも真剣な面持ちでドンダ=ルウの言葉に聞き入っていた。

 その様子を確認するように視線を巡らせてから、ドンダ=ルウはひとつうなずく。


「では、客人についてはここまでとして、これより狩人の力比べを開始する」


 その瞬間、狩人たちが申し合わせたように咆哮をほとばしらせた。

 びりびりと、空気を震わせるような咆哮である。シリィ=ロウなどは、またロイに取りすがってしまっていた。


 ルウの血族はこの1年ほどで、2回しか収穫祭を行っていない。猟犬を手に入れて以来、ギバの収穫量が飛躍的に向上し、森の恵みを食い尽くされるのに長きの時間がかかるようになったためだ。4ヶ月に1度の頻度であった収穫祭が、それで半年に1度の頻度にまで下がる事態に至ったのだった。


 そのぶん狩人たちの力比べに向ける意気込みは、いっそう上昇したのだろう。

 しかも今回から、5種の力比べが実施される。それがいったいどのようなものであるのかと、すべての狩人たちが血をたぎらせている様子であった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この作品の中の登場人物みんな好きなんやけど、 唯一シリィ=ロウだけがあまり好きじゃない。 普段あんなにツンケンしておいて、毎回ロイにだけしがみつくのが…。 まぁロイのことが好きなんやろ…
[気になる点] 大陸記のジェイシンが登場する回で八人の勇者と記されています。整合性を持たせるべきでは? それとも数年先には元に戻すのでしょうか
[気になる点] ロイのアホなツッコミもかなりアレですけど ホズルがシリィ=ロウをロイの妹扱いしたことの方が、もっとやばいですね ここで誇りをわざわざ傷つける必要あるんでしょうか シリィ=ロウが全面的…
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