料理人の交流会④~晩餐~
2021.2/1 更新分 1/2
そうして、日没――
俺たちは、また大変な人数で晩餐を囲むことになった。
勉強会に参加した10名と、森から戻ってきたアイ=ファ。そして、大事な家族を家に連れ帰るためにやってきたルド=ルウで、総勢は12名だ。ユン=スドラたちは晩餐の後に男衆の誰かが迎えに来る手はずになっていたが、ルウ家においては余所の氏族で晩餐を取らせるとき、必ず男衆も同席させるという独自の習わしを有していた。
ともあれ、輪を作っているのは12名である。
アイ=ファと俺が上座に陣取り、右の側は町からの客人たるロイ、シリィ=ロウ、プラティカ、ニコラ。左の側は、リミ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ、トゥール=ディン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハムという順番で並んでいる。たくさんの客人を迎えることも珍しくなくなってきた昨今のファの家であるが、それにしても本日はバラエティにとんだ顔ぶれと言えるはずであった。
「では、晩餐を始めようと思う。町からの客人らは、それぞれの作法に従って始めてもらいたい」
アイ=ファが凛然とした調子で食前の文言を唱えるのも、ずいぶん耳に馴染んできたように思う。
そうして俺と客人らも文言を復唱して、いざ晩餐の開始であった。
「今日はロイとシリィ=ロウが中心になって、晩餐を作りあげてくれたんだよ。ちょっと風変わりに感じられるかもしれないけど、まずはぞんぶんに味わってくれ」
「へー。それでも、ギバの料理なんだろ? そいつはなかなか面白そうだな」
ルド=ルウは、ご満悦の表情だ。そのルド=ルウとアイ=ファにはさまれたリミ=ルウは、それ以上に幸福いっぱいの笑顔であった。
「考えたのはロイたちだけど、リミたちも一緒に手伝ったからね! みんなみーんな美味しいよー! これならきっと、ジザ兄だって文句を言わないはずだもん!」
「そいつはすげーや。ま、ジザ兄はギバを使ってないシリィ=ロウの料理にだって、文句を言ってなかったもんなー」
料理を取り分けていたシリィ=ロウは、不意を突かれた様子で首をすくめた。
「そのお話はたびたび聞かせていただいており、わたしとしても光栄の限りなのですが……1年以上も前の話が、いまだにそうして取り沙汰されているのでしょうか?」
「そりゃまあ、時々はな。他の人間はともかく、ジザ兄が町の料理をほめることなんて、そうそうないからよ」
そんな言葉を交わしている間に、レイナ=ルウがルド=ルウの分を取り分けてくれていた。ルド=ルウは瞳を輝かせながら、その木皿を取り上げる。
本日の主菜は、シリィ=ロウの仕上げた肉料理と、ロイの仕上げた香草入りの揚げ物料理であった。けっきょくあれから揚げ物料理のほうも改良を試みて、晩餐で供することになったのだ。
改良点は、2点。揚げる油をギバのラードに、後掛けのソースのラマムをワッチに変更した点となる。ソースのほうに関しては、それで新たな調和を得られるように、さんざん試行錯誤を重ねていた。
いっぽうシリィ=ロウが準備したのは、奇しくもルド=ルウが話題にあげた肉料理のアレンジバージョンである。かつてサトゥラス伯爵邸にて供されたギャマの肉料理をギバの肉料理にアレンジしてみせたのだ。
もともとそのギャマの肉料理というのは、これならば森辺の民の口にあうのではないかという思いで供された料理なのである。その味付けをギバ料理に転用できないものかと頭をひねったひと品であった。
もともとのギャマ料理は、カロン乳に漬けて臭み取りをした肉を炙り焼きにして、香草ベースのソースを掛けた料理であった。
血抜きをしたギバ肉に臭み取りの必要はないはずなので、最初は塩とピコの葉で下味をつけるに留めていた。が、それに既存のソースを掛けても、シリィ=ロウは納得しなかった。味見をさせていただいた俺たちにしても、「まあ悪くはない」といったていどの感想であったのだ。
あれはあくまでギャマ肉のために調合されたソースであったので、やはり改良が必要であるのだという結論に至った。普通は出来のいいソースであれば、たいていの肉と合うように思われるが、ヴァルカスの一派はとことんまで味の調和を突き詰めるために、いっそう差異があらわになってしまうのである。
(だけどまあ、豚や牛や鶏だって、それぞれベストの味付けってものがあるからな。どんなに出来がよくっても、同じソースで同じ完成度を求められるわけがないのか)
俺にしてみても、ひたすらギバ肉との相性を考えて、さまざまな料理の味を決定してきたのだ。それをカロンやキミュスの肉に置き換えるのなら、おおよその料理は微調整が必要になるはずだった。
ということで、シリィ=ロウも微調整しまくっていた。これだけ調整を重ねれば、「微」の一文字も余計なぐらいであろう。そうして完成されたのは、5種の香草と赤ママリア酢とレテンの油、それにミソやタウ油まで使った、まったく新しいソースであった。
あの時代にはミソなど存在しなかったし、香草も2種はべつの種類に差し替えられている。それでようよう、シリィ=ロウは8割ていどの満足を得ることがかなったのだった。
なおかつ、けっきょくギバ肉のほうもカロン乳で漬けられている。シリィ=ロウいわく、カロン乳の成分と香草の組み合わせも、この料理には欠かせない要素であったのだ。ソースのほうにカロン乳を使うという手段も取られていたが、そちらは望むような味わいを見いだせなかったため、早い段階で没にされていた。
そんなシリィ=ロウの、苦心の作である。
俺たちは試食を繰り返していたので、気になるのはアイ=ファとルド=ルウの反応だ。
然して、両名はしきりに首をひねっていた。
「……やはり、ご満足のいく仕上がりではなかったでしょうか? アスタたちに是非にと言われて供したのですが、わたしとしても完全に納得のいく出来栄えではなかったのです」
「いや、美味いと思うよ。なあ、アイ=ファ?」
「うむ。私はむしろ、これが本当に城下町の料理人の作であるのかと、いささかいぶかしく思っていたところだ」
そんな風に言ってから、アイ=ファは考え深げに目を細めた。
「しかし……確かにこれは、城下町の料理めいた風味も有しているようだ。後味に、奇妙な甘さと苦さが感じられる」
「そうかなー。ルウの家ではレイナ姉があれこれ香草をぶちこむもんだから、あんまり違いがわかんねーよ」
「うん。ゲルドの香草の正しい使い道を探すために、色々な試作品を晩餐で出しちゃったもんね。でも、そのときの料理よりも美味しいでしょう?」
レイナ=ルウがそのように言っても、ルド=ルウは「どうだかなー」と首を傾げていた。
「俺はそこまで、こまかい違いはわかんねーよ。いや、味は全然違うんだけどさ。あのときの料理も今日の料理も、同じぐらい美味いとしか思えねーな」
そう言って、ルド=ルウはシリィ=ロウのほうに気さくな笑みを投げかけた。
「ま、そういうわけでさ。こいつは森辺のかまど番が作ったんじゃないかと思えるぐらい、俺には美味いと思えるよ。もっと美味くできるっていうんなら、そいつも食べさせてほしいところだなー」
「そうですか。みなさんを失望させていなかったのなら、ありがたく思います」
シリィ=ロウは、ほっと息をついていた。
続けてロイの揚げ物料理を食したルド=ルウは、ぎょっとしたように目を見開く。
「こいつはずいぶんと、辛みのきいたぎばかつだな! 奇妙な色が透けて見えてるから、普通のぎばかつではないと思ってたけどよ」
「ああ。やっぱりアスタたちの作るぎばかつには及ばねえかな?」
「うーん……そいつは難しいところだな」
自分の気持ちを見定めんとばかりに、ルド=ルウはさらなる揚げ物料理を口に放り込んだ。その末に、「うん」と大きくうなずく。
「こいつも美味いよ。ただ、いつものぎばかつとどっちが好きかって聞かれたら、俺はやっぱりいつものぎばかつだな」
「そうだな。私もそのように思う。……ただし、朝方に食したものよりは、はるかに美味いと思えるぞ」
と、アイ=ファも神妙な面持ちで声をあげた。
「ロイよ。もしかしたら、このぎばかつにはギバのらーどというものを使っているのであろうか?」
「ああ。おかげさんで、けっこう風味は変わったと思うんだけど、まだ足りねえかな?」
「いや。風味が足りないというよりは、香草の強い味や香りによって、ギバの風味が弱められているのであろう。それで多少の物足りなさが生じてしまうようだ。……ただし、普通のぎばかつを食したいと思う気持ちはわいてこないので、格段に美味くなったのだろうと思う」
「そうか。やっぱり今度は、ギバの脂の風味を活かすための調合ってのが必要になるんだろうな。そうじゃなきゃ、ギバの脂を使う甲斐もないってもんだ」
ロイは意気込みをあらわにしながら、ぱしんっと自分の手の平を拳で打った。
その姿に、アイ=ファは「ふむ」と不思議そうな顔をする。
「しかしそれは、森辺の民がひときわギバの風味を好んでいるゆえであろう? 城下町の民であれば、なんの不満も出ないのではなかろうかな」
「いや。そこで区別をつけてたら、きっと前に進めねえだろ。アスタの料理は、森辺でも城下町でも同じようにもてはやされてるんだからよ。本当に美味い料理だったら、どこの誰にでも美味いと思ってもらえるはずだ」
そんな風に言ってから、ロイはにっと白い歯をこぼした。
「それにそもそも、俺だって朝方のやつよりこっちのやつのほうが格段に美味いって思えるからよ。だったら、ギバの脂を使うのが正解ってこった。そんな光明が見えたんなら、とことん突き詰めるしかねえだろ」
「そうか。ならば、お前の修練が成ることを、私も祈らせてもらおう」
厳粛な面の中で穏やかに瞳を瞬かせながら、アイ=ファはそんな風に応じていた。
「しかし、ギバのらーどというものは、町でも売られていないのだな。それを売り物にするには、また族長や貴族らの会合が必要となることであろう」
「ああ。勝手にギバの脂を買いつけたら、貴族様に叱られちまうんだろうからな。でも、脂の塊さえ売ってもらえりゃあ、あとの加工はこっちでできるんだ。売る側に面倒はないだろうから、なんとか前向きに考えてもらえねえかなあ?」
「だからそれは、族長と貴族によって決定される。まずはお前がレイナ=ルウらを通して、族長ドンダ=ルウに話を通すべきであろうな」
ロイはひとつうなずくと、レイナ=ルウのほうに向きなおった。
レイナ=ルウは、落ち着いた微笑でそれを迎える。
「族長と貴族は、ふた月ごとに会合を開いています。今のうちに話を通しておけば、次の月の会合に間に合うかと思われます」
「それじゃあ、どうかお願いするよ。家の明かりにギバの脂が必要だってんなら、町で使ってる油と同じ値にしちまえば、不都合もないはずだ。森辺の民にとっても、悪い話にはならないはずだよ」
「はい。ご自分の望みばかりでなく相手の都合まで考えてくださる心がけは、ご立派だと思います」
ロイは「ちぇっ」と苦笑した。
「年下の人間に言われると、自分が餓鬼になった気分だよ。……まあとにかく、よろしく頼むよ。あのおっかない親父さんに、なんとか話を通してくれ」
「はい。今のお言葉と一緒にお伝えしておきます」
「悪い冗談はやめてくれ。……おい、本当に冗談だよな?」
ロイがいきなり慌てふためいたので、その場には笑い声が響くことになった。
勉強会のときよりも、いっそう和んだ空気である。
「それじゃあお次は、汁物料理を味わってみてくれないか? これもロイの考案で作りあげた料理なんだ」
俺がそのようにうながすと、アイ=ファとルド=ルウは素直に木皿を取り上げてくれた。
そちらの品は、クリームシチューに香草の風味を加えたいという思いから生まれた料理となる。ロイとしては、さきほどの揚げ物料理と同時期ぐらいに発案した料理であるそうだ。
もともとロイは、こちらの料理に辛みと苦みと甘い香りを加えようと画策していた。クリームシチューの味わいを壊さないていどに辛みを足し、隠し味で苦みを加え、カロン乳の甘い香りをさらに際立たせたい、と考えた結果である。
俺やレイナ=ルウからの意見によって、まずその「甘い香り」というものはいったんお蔵入りすることになった。
辛い味を足したいのなら、甘い香りを調和させることはずいぶん難しいように思うので、ひとまず後回しにしては如何かと進言した次第だ。
なおかつ、隠し味というのは大もととなる味わいを際立たせるための手法であろうから、まずは基本の味を組み立てるべきではないかという話に落ち着いた。
よって、本日最初のテーマとなったのは、クリームシチューに調和する辛みとは何か、という一点であった。
ピコの葉は、もともとクリームシチューに使用していたという面もあって、調和はしやすいように思う。ロイももともと、ピコの葉に似た香草を使って辛みを足していたのだそうだ。
しかしまた、それでは既存のクリームシチューと大差はないように思えてしまう。それでオリジナル料理と称するのは、いささか難しいところであろう。
そこでまずは、ロイに基本のシチューを作ってもらい、そこにさまざまな香草を加えてみることになった。
チットの実、イラの葉、シシの実、クミンに似た香草――さらに、ミャームーやケルの根など、とにかく辛みを有する食材をあれこれ組み合わせながら加えてみて、どういった辛さを基盤にするべきか模索した次第である。
しかし、その段階では満足のいく結果を得られなかった。
発案者のロイを筆頭に、誰もが「邪魔な辛み」としか思えなかったのである。
「これだったら、俺が最初に作りあげた試作品のほうがマシなはずだ。やっぱり、辛みだけじゃ調和しねえんだよ。隠し味の苦みってのが、この料理には大事なはずなんだ」
ロイは、そのように語らっていた。当然のことであるが、ロイの頭にはあるていどのイメージが出来上がっているのである。それを体現できないもどかしさに、ロイは歯噛みしているようだった。
そこで俺が思いついたのは、ホボイの存在であった。
俺はつい先日、ラー油というものを完成させた。あれは七味チットの辛みとホボイ油の持つ香ばしさを調和させたものとなる。そして、香ばしさというのは苦みの一形態であると、俺はそのように認識していた。
それで、試作品のクリームシチューにラー油を投じてみたところ、ロイの瞳に輝きが宿されたわけである。
「なるほど、ホボイの香ばしさか! 俺が思い描いていた苦みってのは、そいつと近いのかもしれねえぞ!」
そうしてロイは、チットの実とホボイに焦点を絞って、あれこれ模索し始めた。
そうしていちおうの完成が見られたのが、この晩餐で供されたひと品であった。
「ふむ。これは……なかなか奇妙な味わいであるようだな。くりーむしちゅーでありながら、たんたんめんにも似た味わいであるようだ」
その料理を食したアイ=ファは、そんな風に述べたてていた。
ロイは悪戯を見とがめられた子供のような顔で笑っている。
「実は、その料理を手掛ける直前に、アスタの作るたんたんめんって料理を口にしてたからよ。その味に引きずられちまったって面はあるかもしれねえな」
アイ=ファやロイの言う通り、その料理はどこか担々麺を連想させた。マロマロのチット漬けもラー油も使っていないのだから、そうまで味が似ているわけではないのだが、ホボイの香ばしい風味とチットの強い辛みがクリーミーなシチューの風味と絡み合った結果、担々麺を連想させるようなのである。
具材はホボイの油で炒められており、その段階でチットのパウダーも加えられている。それをしばらく煮込んだのち、ロイが自分なりにアレンジしたベシャメルソースを加えてさらに煮込み、最後にすり潰したホボイとホボイ油を加えるというのが、基本的なレシピであった。
すり潰したホボイがいっそうまろやかな風味を生み出し、そこにチットの辛みがアクセントを加えている。まだまだ改良の余地はあろうが、料理の方向性は決定されたように感じられる。これはクリームシチューの美点を残しつつ、まったく目新しい味わいをも備え持っているはずであった。
「まあ、悪くはないんじゃねーの? 俺は食べ慣れてるくりーむしちゅーのほうが舌に馴染んでるけど、違う料理だと思えば文句もねーよ」
ルド=ルウは、そのように評している。彼は彼で、愛する妹の取り仕切りで作りあげられるクリームシチューをこよなく愛する立場であったのだ。
「少なくとも、こいつを城下町で出されてたら、俺は感心してたと思うよ。森辺で出される料理と同じぐらい、美味いと思えるからなー」
「そうか。心強い意見をありがとうよ。城下町に戻ったら、こいつにもあれこれ手を加えてみようと思うよ。……あーあ、つくづく時間が足りねえなあ」
ロイがそのようにぼやくと、アイ=ファが穏やかな眼差しでそちらを振り返った。
「それはおそらく、お前が満ち足りた生を送っている証であろう。退屈な生を送っていれば、時間など有り余ってしまうであろうからな」
「うん……まあ、自分の進むべき道が見えてるってのは、ありがたいこったよな。俺も一時期はこいつらのおかげで、袋小路にさまよいこんじまってたからよ」
「こいつら」というのは、おもにレイナ=ルウのことである。ロイはレイナ=ルウやマイムの料理の完成度に打ちのめされて、さんざん思い悩んだあげく、《銀星堂》の門を叩くことになったのだ。
しかし、その経験があったからこそ、今のロイがあるのだ。よって、ロイの声音は明るかったし、それを聞くレイナ=ルウも落ち着いた笑顔であった。
「アイ=ファもルド=ルウも、色々と意見をありがとう。あとはお好きなように、他の料理も楽しんでおくれよ」
「ああ。あとは見慣れない料理もねーみたいだな。アスタたちは、目新しい料理に挑んでねーのか?」
「うん。それでも色々と学ぶことができたから、それは今後の晩餐に反映されていくんじゃないのかな」
というわけで、俺たちも思うさま晩餐を楽しむことになった。
ロイたちが取り仕切った3種の料理の他は、普段通りの献立となる。いずれも刺激的な味わいを控えた、副菜たちだ。香草仕立ての料理ばかりでは舌が疲れてしまうため、シィマとマ・ギーゴの生鮮サラダや乾酪たっぷりの焼きポイタン、ベーコンやナナールやブナシメジモドキのソテーなどといった献立を取りそろえていた。
料理談義は勉強会のさなかにどっぷりと楽しむことができたので、あとは罪のない雑談とともに晩餐を楽しむべきであろう。トゥール=ディンやニコラやシリィ=ロウなどは大人数の場だと寡黙になりがちな気性であるが、そのあたりは俺やユン=スドラやリミ=ルウなどがフォローする。我が愛しき家長殿に関しても、また然りである。12名もの人間が集まった本日の晩餐は、その人数に相応しい熱気と賑やかさの中で粛々と進められていった。
「そういえば、ユーミがシリィ=ロウの料理を食べたがっていたのですよね。次の機会には、なんとか彼女も呼んであげたいと考えています」
俺がそのように話題を振ると、シリィ=ロウは「え?」と目を泳がせた。
「ど、どうして彼女が、わたしの料理を? 城下町の料理に興味がある、ということでしょうか?」
「城下町というよりは、シリィ=ロウへの興味でしょうね。本当は今日も遊びに来たがっていたのですけれど、初めての合同勉強会で見物客を増やすのはよくないかなと思って、お断りさせてもらったんです」
「そ、そうですか……べつだん彼女がわたしなどの料理に固執する理由はないように思うのですが……」
シリィ=ロウは、妙にどぎまぎしている様子である。
すると隣のロイが、うろんげな視線をそちらに突きつけた。
「どうしたんだよ? ユーミってのは、あの宿場町の色っぽい娘さんだろ? 祝宴なんかでは、けっこう気さくに声をかけてくれてたじゃねえか。世話になった礼に、料理ぐらい作ってやったらどうだ?」
「べ、べつだんあの御方のお世話になった覚えなどありません」
「ん、待てよ……そういえばお前さんは、真に美味なる料理であれば、異国の人間であろうとも宿場町の人間であろうとも、同じように満足させられるはずだ、なんて言ってたな。あれはもしかして、ユーミって娘さんを意識しての言葉だったのか?」
シリィ=ロウは愕然とした様子でロイの腕をひっつかむと、かなりの勢いでがくがくと揺さぶり始めた。
「な、なんですか、その話は? わたしはあなたにそのような話をした覚えはありません!」
「いや、けっこう熱っぽく語ってたろ。……ああ、あれはボズルと一緒に飲んでたときの話だったかな。お前さんはその後すぐに酔いつぶれちまってたから、記憶がとんじまったのか」
シリィ=ロウは赤くなったり青くなったりしながら、言葉を失っていた。
それを見ながら、ロイは人の悪い笑みを浮かべる。
「なんかやたらと熱くなってたから、特定の誰かに料理を食べてもらいたいんだろうなと思ってたんだよ。そうか、そいつがあの娘さんだったってわけか」
「ち、ち、違います! 根も葉もない憶測を口にするのは、お控えください!」
すると、アイ=ファが俺の耳もとに口を寄せて、「虚言だな」と囁いた。
まあ、虚言を罪とするのは森辺の習わしであるし、照れ隠しに嘘をつくのは大きな罪でもないだろう。アイ=ファもべつだん、シリィ=ロウを不実と責める気持ちはないようだった。
「……ロイ、シリィ=ロウ。ひとつ、ご提案があるのですが」
と、いきなりレイナ=ルウが真剣な面持ちで発言した。
「これはまだ、わたしの思いつきに過ぎないのですが……いずれルウの祝宴で、おふたりにも料理を作っていただけないでしょうか?」
「祝宴で? そいつはずいぶんと、唐突な申し出だな」
「はい。今日という日を過ごした上で、わたしの中に生まれた考えとなります。まだ族長からの許しをいただいたわけでもありませんので、そのつもりでお聞きください」
何やら込み入った話であるようなので、雑談に興じていた他の面々も口をつぐんでレイナ=ルウの言葉を聞くことになった。
「実は、雨季が明けてしばらくしたら、ルウの血族の収穫祭が行われる予定になっているのですが。その場に町の客人を呼んでみてはどうかという話があがっているのです」
「ふうん? 収穫祭ってのは血族のお祝いだから、なるべく客人を招かないって方針なんじゃなかったのか?」
「はい。ですが、ここ最近では数多くの収穫祭で町からの客人を招いています。ロイたちも、ファの家を始めとする6氏族の収穫祭に招かれていたでしょう? しまいには、古き習わしを重んじるザザの収穫祭でも客人を招くことになったのですから……ルウばかりが頑なに客人を拒むべきではない、という話が持ち上がってきたのです」
そこでレイナ=ルウは表情をやわらげて、弟のひとつ隣に控えている妹のほうを指し示した。
「きっかけとなったのは、そちらのリミなのですけれどね。町の友たるターラがまた最長老ジバの生誕の日をお祝いしたいと言ってくれていたのですが、あいにくと本年は雨季にぶつかってしまい、祝宴を開くことがかなわないのです。ならば、収穫祭に招くことはできないものかと、リミがそのように言い出したのが始まりとなりました」
リミ=ルウは「えへへ」と、小さな鼻の頭をかいていた。
「収穫祭というものは、確かに血族のための祝いとなります。ですが、客人たちにそのさまを見届けてもらうのは、何も悪い話ではないのではないかと……そのように賛同する人間が多く声をあげました。もちろんわたしも、そのひとりとなります。それでわたしの父たる族長ドンダは眷族の家長を集めて話し合い、次の収穫祭で試しに客人を招いてみようかと、そこまで話が進められることになりました」
「ふうん。それで俺たちも招いてもらえるってんなら、すこぶるありがたい話だけどな」
「はい。今のところは、親睦の祝宴などで絆を深めた人々に声をかける予定となっています。ですから、ロイとシリィ=ロウとボズルの名も、その中には含まれています」
「で、俺たちに料理を作らせてみようと、お前が今日になって考えついたってわけか」
「はい。かつてアスタも祝いの料理を作りあげることで、ルウの血族といっそうの絆を深めることがかないました。ロイたちが森辺の民のために料理を作ってくださったら、同じ喜びを分かち合えるように思うのです」
ロイもレイナ=ルウに負けないぐらい真剣な顔になりながら、「なるほど」とつぶやいた。
「俺たちは何度かルウの祝宴に招かれてるけど、あれが血族のすべてではないんだよな?」
「はい。猟犬のおかげで魂を返す人間が減り、現在では130名ほどに及ぶのではないかと言われています。また、収穫祭ですべての血族を集めるのは3度に1度とされていたのですが、最近は収穫祭が年に2度ていどの数に減り、荷車によって移動も楽になったということで、今後は毎回すべての血族を集めようという話になりました」
「130名。そいつは、なかなかの人数だ。その全員に、自分の腕を見定められるってのは……背骨が抜けそうなほど、おっかない話だな」
そんな風に言いながら、ロイは不敵ににやりと笑った。
「おっかないけど、こんなやりがいのある仕事はそうそうないだろう。了解したよ。もしも族長さんが許してくれるなら、俺はかまどを預からせてもらいたく思う」
「ありがとうございます。……シリィ=ロウは、如何でしょう? その場には、きっとユーミやテリア=マスも招かれるかと思うのですが」
「ユ、ユーミの話はともかくとして、わたしも承りたく思います。ただ、わたしたちだけで手が回るかどうか、それだけが懸念なのですが」
「その際には、血族の女衆も手伝うことになるでしょう。それでいっそう、絆が深められるように思うのです」
そうしてレイナ=ルウは、心から嬉しそうに破顔した。
「わたしの勝手な申し出を聞き入れてくださって、ありがとうございます。なんとか父や兄たちを説得してみせますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「こっちこそ、愉快な申し出をありがとうな。もしも実現できるようなら、森辺のお人らに喜んでもらえるように力を振り絞るよ」
それで、話はまとまったようだった。
思わぬ成り行きに俺が息をついていると、リミ=ルウがアイ=ファの腕をくいくいと引っ張った。
「ねえねえ、もちろんその日は、アイ=ファとアスタも来てくれるでしょ?」
「うむ? 今のは、町の人間を客人として招くという話であったのであろう?」
「でもでも! アイ=ファたちだって、前は収穫祭に来てたじゃん! ジザ兄とかが嫌がってたのは、力比べの話だけでしょ? ジザ兄だって色んな氏族の収穫祭に招かれてたんだから、アイ=ファたちを呼んじゃダメなんて絶対に言わないよー!」
アイ=ファは目もとで微笑みながら、リミ=ルウの頭にぽふっと手を乗せた。
「我々は、招かれてもいない祝宴に押しかけることはできん。もしもルウ家から招きの言葉をもらえるならば、喜んで参じさせてもらいたく思う」
「わかったー! それじゃあ、ドンダ父さんとジザ兄に話してみるね!」
どうやら、こちらでも話はまとまったようだ。
雨季が明けるにはまだ半月ほどの時間が残されているはずだが、またひとつ大きな楽しみが増えたようである。
(それにしても、ロイたちに宴料理を作ってもらおうだなんて……レイナ=ルウも、大胆なことを思いついたもんだなあ)
俺はそのように思ったが、それを言ったら俺などは森辺に住みついて早々に婚儀の宴料理の取り仕切りを任されてしまっている。今にして思えば、あれこそ森辺の習わしを根底からくつがえすような話であったことだろう。
だけどやっぱり、今回の申し出だって、森辺においては小さからぬ出来事であるはずだ。
族長ドンダ=ルウがそれを許すかどうかはまだわからなかったが、レイナ=ルウだって興味本位でこのようなことを言い出したわけではないだろう。大事な娘が何を思ってそのように言い出したのか、あのドンダ=ルウであればどっしりと腰を据えて話を聞いてくれるはずだった。