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短編ごった煮

ある男のお話

作者: 放浪者


 男は殺人を犯した


 始まりは恨みから


 気づけば人を殺すことが当たり前になっていた


 時には笑いながら


 時には無常に


 時には頼まれ


 時には……



 幾通りもの方法を使い


 幾人も、幾人も


 幾度も、幾度も


 男は人を殺し続けた







 ある日のことだ

 男は気まぐれに、通りすがりの男を殺した

 それはいつものこと

 男にとって人を殺すことは日常の当たり前の出来事だったから

 だが今回に限って言えば、それは男にとって運命の分かれ道だった

 男の気ままな人生にとって、最大の誤算だった

 男に殺された通りすがりの男は、死ぬ間際に笑っていた


 ああ、ようやく死ねるのだ


 そう言って笑ったのだ

 男には理解出来なかった

 今まで殺してきた者達は皆、悲鳴を上げ、逃げ惑い、許しを乞うた

 それが当たり前だった

 そして、そうなることを期待して刃物を突き刺したというのにまったく予想と違う反応が返ってきたことに戸惑いが隠せなかった

 いったい何なのだ

 男のその呟きに、倒れ伏した男からは応えは無かった



 ――次は、君の番だね



 突然、耳元でささやかれた言葉

 驚き振り返ろうとした瞬間


 視界が閉ざされた





 ――……起きたかい?


 目を開くと、そこは見たことも無い場所だった

 視線を動かすと、輪郭のぼやけた影が見えた

 形からして人のようにも見えるが、時折別の形にも見えた


 ――さて、自己紹介なんてまどろっこしいことは省略しようか


 影が突然言葉を発したが、それは耳に届く音として捕らえられなかった。



 ――君の人生は随分と愉快だね

 ――なかなかに面白い

 ――最初は不幸な事故だった。そして相応の報いを受けさせるための行為だった

 ――それが最初の殺人

 ――復讐というだったはずなのに、君はあることに気づいた

 ――だから次からは違った

 ――君は明確な意思を持って行動した

 ――それが新しい君の始まり

 ――罪悪も何も無く、ただ自らの欲望を満たすためだけの行為

 ――人の世では決して許されざる罪

 ――きっと他者は君を狂人だと言うだろうね

 ――すべて自覚して行ってきた行為だというのに

 ――君が殺してきた人々

 ――方法も道具も様々、理由も様々

 ――そして殺してきた者達も様々、だ

 ――中には救いようの無い悪人もいた

 ――何も罪を犯していない無垢な子供もいた

 ――ただうるさいという理由で殺したときもあったようだね



 ――でもね、こちらとしてはそんなものは問題ではないのだよ



 ――そんな些細なこと、重要ではないのだよ

 ――不思議そうな顔をしているね

 ――とりあえず逃げ出そう、と考えているみたいだけどすべて無駄だよ

 ――言っただろ


 ――次は君の番だ、と


 ――困惑しているね。まあ当然か

 ――ああ、こちらの本題にはそれほど時間はかからないよ

 ――これまでの説明はただの確認にすぎないから

 ――なかなか盛大に眉根寄せてくれてありがとう

 ――最後に君が殺してくれた男、彼は私達が世界に放っていた玩具でね

 ――ある条件で生かしていたのだけれど、それを君が満たしたんだよ

 ――だから次は君の番なのさ

 ――心配しなくてもいいよ

 ――君は今までどおり、大いに好き勝手に生きて過ごしてくれればいいだけだから

 ――それと君には素敵なプレゼントがあるんだよ

 ――素敵な祝福さ

 ――君にとっては願ったりかなったり


 ――不死者にしてあげるんだよ


 ――どうだい、素敵だろ

 ――たとえ刺されても撃たれても、決して死なないんだよ

 ――そういえば、最近は逃げ回るのにも苦労しているみたいだね

 ――ならもうひとつ、おまけをつけてあげようか

 ――君を相応しい場所へと送ってあげるよ



 そう言って影が腕と思しきものを振るうと、そこには扉が現れた



 ――これをくぐれば君の新天地にたどり着けるよ



 何も感情の浮かばない声音

 耳に残るようで、素通りする音の羅列

 勝手に自分の道を決められ、男は苛立ちが隠せずにいた

 だから扉を潜るふりをして手に持っていた刃物を影に向けて放った


 ――そうくると思っていたよ


 次の声音は笑いを含んだ、面白くてたまらないという感じの音

 ゾッとした

 初めて感情が篭った言葉が、これほど恐ろしいと感じたのはいまだかつて無かった


 ――行ってらっしゃい


 その言葉とほぼ同時に、扉を無理やり潜らされていた

 視界が白一色に染め上げられる

 そしてすべてが消え去る寸前、最後に聞こえた言葉の意味が、理解出来なかった



 ――ただし、無事にいられればね





 どれほどの時間が過ぎただろうか

 あの影は、男を言葉通り新天地に送り込んでくれた

 そしてどれほどの傷を負おうとも死ぬことは決して無かった

 影は祝福だと言った

 だがこれはそんな生易しいものではない


 呪いだ


 今日も今日とて逃げ回る

 傷だらけになりながら、逃げ回る

 苦痛に呻こうとも誰一人として手を差し伸べてくるものはいない

 たとえ差し伸べられたとしても、そんなものは信じられなかった

 影の最後の言葉が時折蘇る

 何の意味があってこんなことになったのか

 それとも何の意味も無くこんなことになったのか


 男は考え続ける


 逃げ続けながら、考え続ける

 何故、と

 向かってくる者達を殺し続けながら、考え続ける

 どうやって、と


 幾度と無く殺され、そしてまた生き返る


 終わりの無い苦痛の日々


 行き着く道の先に、終わりはあるのだろうか







 刺されれば苦痛に呻き


 身を抉られれば激痛に叫ぶ


 死ぬほどの暴行を受けても、すぐさま生き返ってしまう


 それを見た者達は化け物と叫びながら逃げ去る


 時には再びめった刺しにされたこともあった


 それでも死ねないのだ



 男は死ぬことが許されていない




 死なずとも痛覚は残されている


 どれほどの苦痛にのた打ち回ったか


 いっそ狂うことが出来ればいいと願ったこともあった



 だが男は狂うことも許されない




 すべての者達に受け入れられること無く


 流離い続けなければいけないのだ


 誰一人として、自分を知ることの無い世界で


 何一つ知らない世界で






 孤独に狂うことなく流離い続ける


 世界すべてが敵




 今度は男が、命を狙われ続ける番だ




 さて―――


 男が命を終えられる条件は、なに?





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