自由
信太郎は我慢の限界だった。
毎日のように上履きを隠され、給食には決まって消しゴムのカスが入っていた。
それが無駄だとわかるまで、必死に抵抗していた時期もあった。
大人は助けてくれない。
この三年間で信太郎が学んだ事の一つだ。
もちろん今日も上履きはごみ箱の中に入れられ、体操着は水浸し、机には死ねと書かれてあり、放課後クラスメイト三人に殴られた挙句金を盗られた。
「自由になりたいか」
どこからか声が聞こえた。
きっと空耳だろう。信太郎は早くその場から離れたかった。しかし殴られた痛みで身体が動かない。
「自由になりたいか」
また声が聞こえた。
なりたいに決まっているさ。
こんな世の中、みんな消えてしまえばいいんだ。
信太郎は心の中でそう呟いた。この時ようやく動けないのは痛みのせいではないことに気がついた。むしろ傷が少し治っているようにも見える。
「自由になりたいか」
「何でもいい。どうなってもいいから自由にしてくれ。」
そう言うと信太郎はゆっくりと立ち上がった。もう動けるようだ。
次の日もその次の日も信太郎の周りに変化はなかった。
あんな空耳を信じた方が馬鹿だった。
信じる者は馬鹿を見る。
これも三年間で学んだ事の一つに入るだろう。そんな事を考えながら体操着につけられた動物の糞を洗い流していた。
次の授業まであとどのくらいだろう。
時計を確認しようと廊下から教室の中を覗いた。
誰もいない。
次は体育だっただろうか。
いや違う。
防災訓練か?
信太郎は教室の中に入りグラウンドを見た。
誰もいない。
それどころか何の音も聞こえない。
廊下を歩く音。
生徒たちの話し声。
信太郎は上履きのまま外に出た。
誰もいない。
何も聞こえない。
そのまま家まで歩いた。
車も通らない。
餌をねだる野良ネコもいない。
これからは誰にも邪魔されずに自分の好きなことを好きなだけ出来る。
ずっと一人で。
僕は自由になったんだ。
三年後
信太郎は学校の屋上から飛び降りた。
「これでやっと自由だ。」