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「オマエノジュウショトナマエヲハアクシタ」

作者: 安藤いくま

 うさぎの写真。ただ一枚、貼り付けてあるだけの殺風景なホームページだった。表題には「飼育係の記録」と書かれてある。だがそれっきりで入り口さえ見当たらない。

「なにこれ?」

 就寝前のひととき、ノートパソコンで動物たちの動画や画像を見て癒されるのが麻里子の日課となっていた。それがどこからどうやってそのサイトに辿り着いたものか。まるでやる気の見られない様子にただ呆れ移動しようとした時、突如画面が変わった。どうやらはずみでどこかをクリックしてしまったらしい。

「・・・なんなのよこれ?」

 そこに貼られてある画像を見た時、麻里子は思わず絶句した。それは先程の表紙のうさぎの別の写真であった。だが明らかに違う点があった。そのうさぎは口から血を流して死んでいたのだ。

「悪趣味にもほどがあるわ!」

 不快な思いをさせられ麻里子は怒りを禁じ得なかった。

 気づくとそのページの中央部にはシンプルに「掲示板入口」と書かれてあった。なぜだろう?普段なら間違っても開けるはずのない扉だった。それは憤りのせいだったのだろうか。それとも怖いもの見たさの心理が働いたのだろうか。気がつくと禁断の扉を開いてしまっていた。

 見るべきではなかったのだ。そこはまともではない者たちの集会所であった。それぞれが自ら犯した犯罪を自慢げに書き連ねていた。それはいずれも読むに耐えない残忍なものばかりであった。なかでも仲間たちから神と崇められていた常連の書いた内容はひときわリアルでむごたらしいものだった。

 ロキソニン、それがその常連のハンドルネームだった。その手口は一人暮らしの女性をターゲットとした極めて卑劣で変質的なものであった。それはただの妄想で片付けるにはあまりにも写実的かつ現実的であり、読むものを禁断の魔界へと引きずり込む力に満ちていた。

 いつしか麻里子もその魔力に絡め取られるように没入していく。が、そこではっと我に返ると頭を大きく振って悪魔の誘いを振り切った。

「こいつ、頭おかしい!絶対許せない!」

 それは一瞬でも心を許してしまった悔恨の情のなせるものだったのだろうか。あろうことか、麻里子はそのスレッドに書き込んでしまっていた。

『あんたみたいな異常者は一刻も早く捕まってさっさと死刑になればいい』

 そしてすぐに閉じてしまい、その夜は二度と見なおすことはなかった。


 だがしかし、このことは頭の片隅にしこりとなって残りつづけ、暗い影となって覆いかぶさっていた。

 翌日仕事から帰宅するや、例のサイトの掲示板へと自然と向かう自分がいた。恐る恐る覗くとはたして自分の書き込みにレスがついていた。それはロキソニン本人からのものであった。そこにはなぜかカタカナでこう書かれていた。

『ツギノターゲットハオマエニキメタ』

 そしてその書き込みに触発されたように常連達が続き一種の祭り状態となっていた。なかには自分が所在を調べてやると請け合う者もいた。それはさながら野獣の園に放たれた哀れなうさぎに群がる肉食獣の群れであった。

「ちょっとなにこれ・・・ふざけないでよ!」

 だが冷静になって考える。書き込んだだけで住所や名前が特定できるわけがない。ただの脅し文句だ。そうに違いない。IPアドレスを辿ったところでプロバイダーにしか個人を特定することはできないはずなのだ。

「こんなこけ脅しに怯えるなんてバカバカしいったらないわ」

 もう忘れてしまおう、そう決め込む。だが不安は決して心から離れることはなかった。


 次の日、意を決して覗き込むとはたしてロキソニンの新たな書き込みがなされていた。

『オマエノジュウショトナマエヲハアクシタ。オマエヲコロシニイク』

「嘘よこんなの!」

 麻里子は即座に画面を閉じた。

「気にしたらこいつの思う壺だわ。きっと面白がってからかってるのよ。もう二度と見ない、そう見なければいいのよ」

 とは言うものの不安は隠せなかった。警察に相談するべきだろうか?だがこれだけではなにもしてくれはしないだろう。ストーカーにしても警察が動くのはいつも事が起こってしまってからだから。体よく追い返されるのが落ちだろう。

 信じてはいない、信じてはいないが用心するに越したことはない。今日は明かりを点けたままにしておこう。なにかあればすぐに助けを呼べるように窓も開けておくべきだろうか?いやそれでは窓から侵入されるかもしれない。だけどここはマンションの五階、窓は安全なはず。でもベランダ伝いに忍び込んできたら?とにかくやはり戸締りはしっかりしておこう。携帯電話は常に手元に置いておこう。いっそ今夜は寝ないでおこうか?それとも友人のところに泊りに行こうか?

 そんなふうに考えを巡らせるうちにふと自分が愚かしく思えてきた。こうして怯えさせるのが相手の目論見ではないか。まんまとハメられているのではないか。

「馬鹿馬鹿しい!普段通り、そう普段通りでいいのよ!明日も仕事で朝早いんだから」

 そう言い聞かせると明かりを消していつもより早めにベッドに潜り込んだ。


 だがいやがうえにも神経は研ぎ澄まされ、些細な変化も逃すまいと身じろぎもできずにいた。

 しばらく経った頃だった。どこかで物音が聞こえたような気がしてハッと目を開ける。意識を集中させると確かになにかが蠢くような音が。なんだろう?わからないがどうやらベランダの方から聞こえてくるような気がする。

 確かめる?それは怖い。でも本当にあいつだったらこのままじっとしていてはもっと危険だ。麻里子は恐る恐るベッドから這い出すとベランダの方へと向かった。なにかあればすぐ大声で助けを呼ぶつもりだった。

 カーテンに影が、写っていた。それは外からの明かりでほのかではあったがゆらゆらと揺れていた。

「誰か・・・いるの?誰なの?」

 大きな声をあげたつもりだったのだがいざとなると声がかすれてまるで囁くような小声であった。

 しかし影の主はなんの反応も見せなかった。麻里子は部屋の明かりをつけるとにじり寄るように窓に近づきカーテンに手をかけた。

 もしカーテンを開けた時にあいつがいたら?そう考えると足がすくんだ。麻里子は咄嗟にその場を離れるとキッチンに向かい護身用にナイフを掴んだ。そしてふたたびベランダの窓に引き返す。それから息がつまるような緊張感を抑え、意を決してカーテンを一気に開けた。

 そこにいたのは一匹のカラスだった。カラスは驚き飛び立っていった。その場にへたり込む麻里子。

「ああもうほんっとうに勘弁してよね!なんでこんなにビクビクしなきゃならないのよ!」

 麻里子は再びベッドにもぐりこむと今度こそ眠りにつこうと目を閉じた。が、まだ心臓の鼓動は高なったままであった。


 どれほどの時間が経っただろうか。ようやくうつらうつらとし始めた頃だった。

 カツン・・・カツン・・・。

 通路を誰かが通ってくる足音が響いている。こんな夜中に帰宅だろうか。だがそのリズムはどこか不規則で自宅へと向かう足音とは違うなにかを感じさせた。そう、誰かの部屋を、探しているかのような。

 それは本能的なものだったのだろうか。麻里子はその靴音が自分の部屋へと向かってくるのを感じていた。

「そんなわけない、そんなわけない・・・」

 自分に言い聞かせるが不安は収まらない。はたして靴音は近づいてくると玄関の前あたりでピタっと止まった。

 ガチャン!

 玄関のドアの取っ手に手がかけられ開けられようとしていた!当然鍵は閉めている。開くわけがない。

「なにやってるの?どういうつもりよ?」

 だがそいつはお構いなしになおもガチャガチャとドアノブを回し続けていた。だが無理だとわかると次の行動に出た。

 ドン!ドン!ドンドン!ドンドン!ドン!ドン! 

 信じられないことだがそいつはドアを乱暴に叩きだしたのだ。

「ありえない!こんなのありえない!」

 麻里子は布団を被って耳を塞いだ。ただ災厄が通りすぎて欲しいと願った。

 だが続いてカチャカチャという音が聞こえてくると、籠城の無力さを知った。そいつはドアノブになにかを差し込んで無理やり鍵を開けようとしていた!

 この期に及んでは警察にすがるしかないと携帯を掴むがそこでふと考える。そう、確かにあり得なかった。まさか本当に殺人鬼であればこんなに大胆に襲ってくるだろうか?そう思うとなにかの間違いではないかと思えてきた。

 麻里子は玄関の前に立つといまだ鍵穴に執着している者に思い切って声をかけた。

「どなたですか?そこでなにをしてるんですか?」

 音が、止んだ。そしてそいつが応えた。

「開けてくださいよ」

「は?なんでですか?」

「用があるからに決まってるでしょう」

「なに言ってるの?こんな夜中に。部屋をお間違えじゃありませんか?」

「・・・・・・」

 少し間があってから男は言った。

「あんた斉藤さんでしょ?」

「はあ?」

「斉藤ミチルさんでしょ?」

「違います!間違えてますよ!人騒がせな!」

 麻里子がそう言い放つと男は謝りもせず黙って引き下がり離れていった。

「なんなのよまったく!」

 しばし憤りに身を震わせると今度こそ眠りにつくためにベッドに潜り込んだ。結局なにもなかった。すべて思い過ごしだった。安堵とともに神経をすり減らし疲れ果て、いつしか睡魔に飲み込まれていくのだった。


 呻き声。誰?あたし?これはあたしなの?息苦しさに飛び起きようとするが体が金縛りで動かない。必死にもがくが声も上げられない。目を開けても何も見えない。まるで五感のすべてを奪われたようで全くの無力。その時、あの掲示板に書かれていたロキソニンの手口を思い出した。あいつはいつも必ず被害者の頭から顔全体を包み込むラバーのマスクをかぶせてから犯行に及ぶのだった。そして身動きできぬよう覆いかぶさって・・・。

 助けて!助けて!お願い助けて!麻里子は死にものぐるいで足をバタバタと跳ねあげて抵抗を続けた。必死に、必死に。声を、せめて声を出せれば。

 覆いかぶさる男の殺気に身をよじり声にならない叫び声を上げた時、目が覚めた。

「夢・・・」

 いやな寝汗に濡れてベッドに崩折れる。

「ほんと馬鹿みたい・・・」


 それからは熟睡することもできぬまま夜を過ごしてしまった。だが悪夢のような夜はついに明け、空が白み始めていた。

「結局なにもなかった。なにもなかったじゃないの」

 ふと思い立ち、ベッドを抜け出しノートパソコンを起ち上げる。そしてあの掲示板にアクセスする。

 はたしてロキソニンの書き込みには続きがあった。最後に見た書き込みの後に追加されたものだ。

 そこに書かれてあった文に麻里子は震撼した。

『オマエノジュウショハ〇〇シ☓☓マチノ△マンション。ナマエハM・S。コレカライクカラマッテイロ』

 合っていた。住所も、そして名前も。酒井麻里子、M・S。

「うそ、どうして・・・なんでわかったの?」

 でも来なかった、来なかったのだ。やはり脅しだったのだ。

「そうよあてずっぽうかもしれないし。どっちにしろ嘘だったのよ」

 その時だった。まだこんな時間だというのに誰かが玄関の前に立つ気配を感じた。

「まさか・・・」

 あわててベランダの方へ駆け寄り窓を開けようとした時、チャイムが鳴った。

 一度、二度。

「殺人者ならチャイムを鳴らすはずはないわよね」

 玄関のドアの前に立つと念のためチェーンを掛けたままドアを小さく開いた。ドアの前にはスーツを着た男が二人立っていた。

「あの・・・どちら様でしょうか?」

「朝早くこんな時間に失礼します。警察のものです」

 そう言うと男は型通り手帳を見せた。

「実はこの上の階で殺人事件がありまして。こちらがちょうど真下になるものでなにか夜中に不審な物音など聞いてはいないかと思いまして」

「殺人・・・?どなたが殺されたんですか?」

「斉藤ミチルさんと言う方です。面識はございませんか?」

 斉藤ミチル!その名前には聞き覚えがあった。

「あの、そのかた、もしかして顔にラバーのマスクを被せられて・・・?」

 それを聞いて二人の刑事は顔を見合わせた。

「どうしてそれを?」

 麻里子はショックで意識が遠のくのを感じながらもある符号に思い当たっていた。斉藤ミチル・・・M・S・・・。


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