Ⅲ
教室の黒板を埋めた文字は一クラスに集められた生徒達を睡眠状態にし、誘導する言葉。
俺にできる数少ない対抗策の一つだ。
次の目的は隣の席の美人教師。
行方不明のまま捜索願が出されるも見つからず。最後の目撃情報から、行方不明になった中高生と同じ場所に誘導されたと見て捜索。
その結果、一致したわけだが、問題は彼女をどう誘導するかだ。
「先生」
「お疲れ様です」
都合よく彼女が現れた。
立ち話をしているうちに数人の視線を感じた。自然な動作で彼女を導かなければならない。
ここには俺しかいない。失敗し、日没までに出られなければ動きを止めた少女達が行動を開始する。それまでに正門までいかなければ。
ついて来ているな。
外に出れば合流できるはずだ。こちらの情報は渡してある。
彼らが到着していれば生徒達も元の世界に帰れた筈だ。あとはこの人だけ。
外に出ると彼女の手を掴み、一気に走る。
異変に気づいた生徒の一部がこちらに集中する。
「あ、あの、先生?」
「走って、急用なんです」
「そんな、いきなり」
「俺を信じてついて来て下さい。必ずあなたを」
「きゃ」
悲鳴に横を見ると、派手に転んでいた。
「立って下さい。早く」
「え、ま、待って」
立ち上がろうとする彼女を強い力で何かが引っ張った。
掛けている眼鏡を少しずらす。
いつの間に……。
腕時計と茜色の空からタイムリミットが近づいているのがわかる。
「立って下さい。何もない。あなたは転んだだけです。立てるんです。歩ける。走れる。だから立って下さい」
「そんなこと。言われなくても」
「早く。僕が手を引く。いいですね」
「ちょ、ちょっと」
有無を言わせず思いっきり腕を引き、半ば引きずる形になりながらも勢いで走りだす。
あと数メートル。
お互い必死の追いかけっこをしながらラストスパートを駆ける。
彼女を放り出すように前に押し、先に正門を潜らせ、後に続く。
途中何度も引っ張られたが、無視して突き進んだ。
「もう、いきなり押さないでください」
「ははっ、すみません」
朽ち果てた正門の前に立っていたがっしりした体つきの男性が近づいてくる。
「おい、笑ってる場合じゃないぞ」
「わかってるよ」
彼女の前に女性が立ち、こちらへ視線を向けた。
「彼女は預かります」
「ああ。頼む」
承諾の旨を伝えると、混乱している彼女とともに車に乗り込んだ。
久々に見る知り合いと首尾よく落ち合えたのは奇跡に近い。
「よくやった」
「まだだよ。まだ終わってない」
「行くのか」
「忘れ物を取りに」
「今夜中に連絡を寄越せ。ボスの命令で明日朝にはもういないことになっている。
「了解」