Ⅱ
数日後。
こちらに到着したという連絡を受けたのは昨日の夜中。決行するなら今日だ。
気合いを入れていつもの道を通り学校へ向う。
眠気を誘う午後の教室。社会の教科書を片手に教壇に立ち、淡々とした説明を続ける。
時折勢いよく黒板に板書された文字に生徒が驚いた顔を見せるが無視する。
今は授業中だ。生徒は大人しく教師の言葉を聞き、書かれた文章を写していけばいい。
チャイムが鳴るまであと十分。
時間だ。
「今日の授業はここまで」
生徒が一斉に立ち上がり、数人ずつ教室から廊下へと出て行く。
今はまだ授業中だ。生徒が出歩くことなど、教師の許可なしに許されない。
これでいいんだ。
俺は自然と笑みが浮かんでくるのを堪える。
今日までがんばったかいがあった。
最後の生徒が教室を出るのを見届けると、俺は廊下を走らないように気をつけながら、正門が見える場所まで移動する。
先程見送った最後の生徒が正門へ向かって走り抜けるのを見届けると同時にチャイムが鳴る音が響き渡る。
一つ目の目的は達成した。
次だ。
元いた教室の方向、二つ目の目的を果たすため、他の生徒にまぎれて廊下を歩く。そして、先程までいた教室に戻る。
誰もいない。
当然か。
教室に背を向け、黒板に向き直る。
「酷い」
後方から少女の声が聞こえた。
無視して黒板消しを動かそうとすると、その腕が掴まれた。
「先生。お話しよ」
少女の顔を見ないようにしながら、様子を窺う。
それ以上何かするわけでなく、動かそうとすると止めるように引っ張られる。
「酷い」「酷い」
後ろの少女が言い、答えるように腕を引く少女が繰り返す。
このままでいるわけにも行かず。黒板消しを持っている腕を下ろす。そして、少女達に向き合うように振返って教室を見渡した。
五人。
「もうすぐ次の授業が始まるぞ」
「もう放課後だよ」
「放課後?」
「何言ってる。ほらチャイムが……」
「教室に誰もいない」
「誰もいないのは放課後だから」
「待て、時計を見ろ!」
「時間なんてどうでもいいよ」
「遊ぼう」
「遊んでよ、先生」
「断る」
「どうして?」
「自分たちで考えろ」
「先生、なんでそんなことしたの」
今まで黙っていた少女が口を開く。
「黒板」
「授業のいっかんだ。社会科見学ってのがあるだろう」
「誤魔化すな」
「嘘つき」
「嘘はお前達だけにしてくれ」
「先生」
「先生」
少女達が詰め寄ってくる。
後ろ手で、手にした黒板消しで赤い文字でびっしり埋まった板書を掻き消す。
少女達の動きが止まる。
黒板を凝視したまま動きが止まる。
「悪いな。残念だが、もうお前達の先生でいるのは終わりなんだ」
止まったままの生徒の間をすり抜け教室を出る。
廊下からもう一度室内を見ると出る前と同じく微動だにしない少女達の姿があった。