Ⅰ
眠気を誘う午後の教室。社会の教科書を片手に教壇に立つ教師の姿があった。
淡々とした説明が続く中、時折勢いよく黒板に板書を始める。
生徒はそこに書かれた文字列を必死に追いかけ、ノートに書き記していく。
「今日の授業はここまで」
チャイムと同時に響く声。教室が一気に賑やかになった。
授業を終えた俺は教室を後にする。
ふと、背後に視線を感じ、さっと視線を走らせる。
ひとりの少女が笑っていた。
話しかけることなく、廊下を歩き過ぎる。
嫌な視線だ。教師を遊び相手としか見ていない。
高校生にもなれば教師なんてそんな存在なのかもしれない。
「塾と学校を勘違いしている奴らも多いしな。学校は遊び場じゃないっての」
「どうかされたんですか」
「あ、すみません。全部独り言なんで忘れてください」
気づけば職員室にある自席まで戻ってきていた。
「気にしないでください。私もその意見には納得する部分があるので」
隣に座る若い女教師が困ったような笑みを浮かべた」
「学校が勉強する場だって忘れているんじゃないか。とか思いません?私は赴任して日が浅いせいか、そんな風に感じちゃって」
「僕も似たようなものですよ。まだまだ新米ですから。難しいですよね」
「そうですね」
当たり障りなく会話を終えると、この学校にいる本来の目的を果たすことに集中する。
「ただいま」って言っても誰もいないことはわかってるんだよな。虚しい。
一人暮らしだからそういうことではなく、そもそも何で今更この終わった街で暮らさないといけないのか。
「仕方ないよな。受けちゃったしな。依頼」
備え付けの机の引き出しをひくと束になった書類が目に入る。
「はー」溜息を吐きつつ、夕食の準備をすることにした。
食後のコーヒーを飲みながら新聞に目を通していると、数日ぶりに思い出したかのように携帯が鳴り響いた。
着信は、非通知。
「ったく、誰だよ」
ぼやきながら、通話ボタンを押す。しばらくノイズが流れた後、聞き慣れた声が聞こえた。
「うわ、ノイズひどいな。聞こえるか」
「聞こえてるよ。つーか、まだダメなのか」
「ダメっぽいね。こっちからじゃ、どうしようもないから。何人かそっち向わせたから、今日はその連絡」
「おっせーよ」
「あはは。どうだい?先生ってのは」
「今までと変わらないよ」
「ふーん、そう。可愛い子とか、美人な先生とかいた?」
「興味ないな。仕事じゃなきゃあんなとこ近寄らないよ。そんなところで良い悪いの判断なんかつけられるわけないだろ」
「そっか。で、順調?」
「何が?」
「だから、お仕事順調かって話」
「まあまあかな。数人気づいてる奴がいる」
「教師?生徒?」
「生徒が主だな。教師はそこまでじゃない」
「そうか。数日のうちに片つけてやるから、それまで孤立戦線がんばれな」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だから。俺、行かないし」
「たまには連絡しろよ。いくら圏外でも全く通じないわけじゃないからな」
「わかってる。で、誰を寄越したんだ?着いたら連絡取りたい」
「あー、えっとな。着いてのお楽しみだ」
「おい、どういうことだよ」
「ノイズ酷くなってきたし、またな」
「おい、どこが酷いって?おい、わざとらしく放すな。聞けっ」
突然通話切れを示す音が響く。
「切りやがった」