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第七十五話

終わらせる気があるのか、と罵倒されてしまいそうなペースで、思い出しては書くような始末です。申し訳ありませんが、これからもおそらくは変わりません。それにお付き合いいただける方がいるならば、最大級の感謝と愛をもって続きをお届けします。……なに言ってるんでしょうね。

「……さて、と」

 ゆっくりと立ち上がったトマリの顔に浮かぶのは、意外にも笑みだった。

 柔らかく、どこまでも優しげな――それでいて、すべての人間を震え上がらせるような。

「最初にここに来た時に言った言葉を、覚えているか? あなたは聞き取れなかったかな?」

 常ならぬトマリの纏う空気、それを感じてか、老侯爵は一瞬動揺するが、表にはけっして見せない。ここで呑まれては勝負は一瞬で決してしまうと分かっている。

「なにを……儂になにを言ったというのだ?」

 ゆったりとした口調で問い返しながら、内心では必死に記憶を辿っていた。

「ああ、やっぱり覚えてないか。もう一度だけ言う。ちゃんと聞き逃さないでくれよ?」

 トマリはなにが可笑しいのかクスクスと声をたてて笑った。誰もが禍々しいと感じる笑み。生物としての本能が拒絶する笑み。狂気の笑い。

「俺はあの時……『俺はお前を許さない。あいつを傷つけ、あいつを俺から奪うやつは、全て』……そう言った。今度はちゃんと聞こえたか?」

 地の底に眠る氷。そんな表現の似合う、深くて冷たい声。その氷に触れてしまった侯爵は、その冷たさに思わず息を呑んだ。

 だが、反してトマリ自身は自嘲の笑みになる。

「本当は俺だって偉そうに言う資格はない。一番ルナーを傷つけたのは俺自身だからな。……でも、だからこそ」

 不意に、狂ったような、狂わせるような笑みを収める。

「今度こそ、間違わない。二の舞は演じないさ。確実に、ルナーリアの全てを守りきる」

 誓うようにはっきりと言うと、トマリは視線を落として自分の手のひらを見つめる。そして、握りしめた。

「だが、お前はもう、異能の力――いや、化け物としての力は、ほとんど失われている……違うか?」

 嘲るように、しかし、どこか自分に言い聞かせて安堵しようとするかのように、侯爵は深く呟いた。

「へえ? そんなことも分かるようになったのか。ずいぶん俺の血が馴染んできたらしいな」

 その言葉に、トマリの後ろに控えた二人――ファルシコーネと、なによりルナーリアが驚愕に目を瞠った。

「トマ……リ? それ、は……」

 言葉が上手く出てこない。口を動かすことよりも、目でトマリを見つめることにばかり意識が行ってしまっているから。

 敵を前にしているにもかかわらず、トマリはゆっくりと振り返ってルナーリアを見つめ返した。そして、どこかばつの悪そうな――まるで悪戯が見つかった子供のような苦笑いを洩らした。その表情かおは、どんな言葉よりも雄弁に、問いかけに対する答えを語っていた。

「―――っ!」

 ならば、とルナーリアはすぐに思考をめぐらせた。ついさっきまで瀕死だった自分。トマリの腕のなかで目覚めた自分。トマリのあの時の焦燥と涙。全てが、答えへと導いている。

 ――ルナーリアを助けるために、トマリは異能の力のほとんどを失った。

 それが、答え。

 ルナーリアは自らを呪った。感情のままに突っ走った結果がこれだ。トマリを連れ戻すためにしたはずが、かえってトマリの行動の妨げになってしまった。

 なんと愚かな。怒りと悔しさで目が眩み、クラクラする。泣きたい気分だったが、涙すら出ない。分かっているから。その涙は自分を慰めるための涙だと。だから、泣くことなどできるはずがない。泣けないことで、余計に胸の奥は引き絞られるようにギリギリと痛んだ。

「――気にする必要なんてない」

 ルナーリアの考えを読んだように、トマリはそっと呟いた。

 見上げると、静かに微笑んでいるトマリと目が合う。その目には、自惚れだと言われてもいい……深い、どこまでも深い愛情がたしかにあると分かった。

「単純なことだよ、ルナー。優先順位の問題だ。あの力は、お前より大切じゃなかった。それだけだ」

 たった今、絶対に出ないと思っていた涙は、今度はいとも簡単にこぼれた。それがどんな感情なのか、自分でも分からない。

 なにもできないもどかしさ、トマリの邪魔をしてしまう悔しさ、気遣わせてしまう弱い自分への怒り――そして、想われている嬉しさ。それらがすべて混じり合って溶け合っている。

 あとからあとから涙をこぼすルナーリアに、トマリは苦笑する。そしてもう一度口を開いた。

「大丈夫……たしかに“異能者の力”は失ったけど、べつの力があるって分かった。だから俺は大丈夫だ」

「べつの、力……?」

 ぽつりと不思議そうに呟いたのはルナーリアだったが、その言葉はその場にいるトマリ以外の人間の思いを代弁していた。

「ああ。さっき、お前を助けた時は引き金に使っただけだったが、今なら、もっと……」

 言いながら視線を落として、さっき握りしめた拳を見る。


 ――分かる。満ちている。今までとは違う力が。


 トマリの目には体から立ち昇る力の波が見えていた。今までのような、煙のような曖昧なものではない。蒼い水が溢れている……そう見える力。

 欠片も禍々しさのない色。見ていると泣きたくなるような、不思議な色だ。

 ……トマリはそう思ったが、気付いていない。夢にも思わない。


 その清浄な色が、自らの瞳が放つ光の色と同じだと。


また、次でお会いできますように。

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