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第七十四話

こんなに間が空いてしまって、すみませんでした。まだ読んでくれる人、いるのかな……? いてくれたら本当に申し訳ない……。

 ルナーは悲壮なほどの決意を顔に表したまま、刀を静かに構える。

 とんっ……

 ほんの軽く地を蹴り、それでも空気が切れるようなスピードで侯爵に迫る。

「はッ――!!」

 一気に肺のなかの空気を吐き出し、上段から振り下ろす。

「ク……そんなもので儂を滅せると?!」

 怒声を上げて、驚くことにそのままルナーの超高速で振り下ろされる刀をつかんだ。

「!!」

 一瞬驚愕で動作が止まったルナーの、その決定的な隙を侯爵が逃すはずがなかった。

 鏡のように磨かれた凶刃を一滴の血も流すことなく強く握りしめ、引く。

「ッあ………」

 体勢を崩してがら空きになったルナーの腹に、固い拳を叩き込む。

「がッ、あぁッ……クッ!」

 ルナーの痛みに耐えるような声が部屋に響いた。

 しかし。

「………?」

 侯爵は訝しげに首を傾げた。

 おかしい。たしかに入ったはずなのに、手応えに違和感があった。

「――つぅッ、はぁ……はぁ……、危なかったな」

 拳の衝撃を殺すことなく受け流し、自分の体を後ろへと飛ばす。

 その手には漆黒の色をしたさやが握られていた。なんの細工もない質素で実用的なそれは、人外の力を受けたせいか、わずかに震えている。

 ふ、と溜め息を漏らすように、ルナーは不敵に笑ってみせた。

 一瞬挑発に乗りかけた侯爵だったが、すぐに顔に余裕を取り戻した。

「余裕を取り繕ったつもりか? 今の、たった一撃を防いだだけで息が上がっているというのに」

 その通りだった。普段であれば、あんな攻撃は難なく防いでいた。息も乱さず、汗の一滴も流さずに。

 しかし、今のルナーは、身体能力では常人を大きく上回っても、体力的な面では常人となんら変わりない。

 ここへ来るまでに血を流しすぎたせいだ。トマリの力で傷は完全に塞がったが、流された血は元には戻らない。そのことで体力を大きく削られていた。

「くそッ……」

 悪態を吐く口調にも力がない。片手に鞘を持ち、もう片手で持った刀は、体を支える杖のように床に突き立てられている。本当ならば、立っているだけでもつらいのだ。

 しかし、それでもルナーは戦うことをやめようとはしない。ここで諦めてしまえば、ルナーは『戦いの勝利』よりもずっと大切なものを失うことになる。だから、立っているのがやっとでも、諦めるわけにはいかなかった。

「すぅ……はぁ……」

 呼吸はもはや、意識して時間をかけないと整わない。それでも、まだ。

 まだ諦めるには早い。

 体の不調とは裏腹に、意識はどこまでも冴えている。

「――行く」

 今度はこちらから仕掛ける。持久戦に持ち込まれる前に終わらせたい。終わらせられるだけの弱点が相手にあれば、だが。

 トマリの力が元になっているだけに、油断はできない。それでも、力を使いこなせていない今なら。

 また軽く地面を蹴る。床はミシリ、と不吉な音で鳴いた。それだけの衝撃がかかっている。床を蹴った足にも、また。

 体中が悲鳴を上げるが、それを聞き流して刀を構える。自身をも含めて、一本の槍となるかのように。

「―――ッ」

 するどい一閃にも、気合いの声はない。ただ無言で、ルナーはみずからのつとめを果たすように命を奪いにかかる。

 だが、それもあっさりと防がれる。防がれてしまえば、それだけ体力も削られる。

「ルナー……」

 今まで声をかけなかったトマリが心配そうに名前を呼んだ。

 分かっている。限界はとうに来ていることなど、自分がいちばん理解している。それでも、膝をつくことなどできない。

 トマリのためではない。他の誰のためでもない。ただ自分のために、止まることはできない。

 しかし――。

「っぐ、あぁあッ――」

 もう力も衰えている。今の自分が立ち向かったところで、相手には傷一つ与えられない。

 力が欲しい。今まで生きてきて、さして願いもしなかったことを、今だけは切に願う。みずからの願いを叶えるだけの力を――。

 叫んで、受け身を取ることもできずに床を滑る。いい加減心も挫けそうになってきた。どうにもならない自分の体に苛立ちを覚える。死にそうな目になど、これまでなんども遭ってきたというのに――!

「くっ……」

 刀を杖に、また立ち上がろうとしたところで、後ろから肩をつかまれた。気付かなかった。後ろに回られていたことなど。それほどに今の自分は弱っている。相手は気配を消しもしていないのに。

 だが、平常でも気付けなかったかもしれない。肩に置かれた手に、自分の手を重ねながらルナーは思った。

 トマリがルナーに対して無防備なように、ルナーもトマリに対して無防備だから。

「トマリ……」

 自分はなんと言いたいのだろう。止めるなと文句を? それとももう限界だと弱音を?

 どちらも想像できない。すでに止めるなと言えるほどの力はないし、どれだけ弱ったとしても弱音など吐くつもりもなかった。

「ルナー、これ以上は駄目だ」

 トマリは声を低くして言った。ルナーを止めるための言葉。ルナーはこの期に及んでも、トマリにだけは止められたくなかった。

 相棒である自分を気遣う言葉など聞きたくなかったのだ。

 しかし、

「お前を傷付ける誰かがいることなんて到底許せないし、あいつには数十年分の借りがある……自分で返したいんだ」

 トマリが言ったのは、ルナーの体を気遣う言葉ではない。わざとそう言ったのは十分承知している。真意がルナーを心配してのことだとしても、そう言われたくないという想いを分かってもらえることは素直に嬉しかった。

「ふぅ……分かった、ならばお前に譲ろう。――正直、疲れた……」

 最後の一言を、トマリにだけ聞こえるように耳元でささやく。

 お前にだけは弱音を吐いてもいい。弱った自分を見せてもいい。

 矛盾した思いだが、ルナーはそう思っているのだ。

 だから、トマリに自らの体を預ける。力を抜いてまぶたを閉じる。

「ああ、お疲れ様、ルナーリア。……ここからは選手交代だ、老侯爵」

 ルナーの弱りきった体をやさしく抱きしめながら、視線は苛烈に前方の敵を刺す。

 侯爵も今を待っていたかのように、余裕綽々でゆがんだ笑みを見せた。

 そっとルナーを床に横たえたトマリは、ファルシコーネに後を任せて立ち上がる。

 自らの周りに渦巻く力をたしかに感じていた。

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