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第七十一話

やっと一段落?

道のりは長いです……。

「ごめん………」

 ただ繰り返すトマリを、ルナーはじっと見つめた。

「なにを謝る?」

 そう言った声は思いのほか静かで。

 そう言った顔は思いのほか穏やかで。

 ただ不思議がった問い掛け。

 だが、トマリにとっては鋭く責め立てる言葉。

「―――……」

 トマリは辛そうに顔を上げた。

 そのまま沈黙してしまったトマリに、ルナーは再び問い掛けた。

「なにを……謝るんだ?」

「――それは………」

 ――言えない。

 自らの抱くルナーへの思いは、真っ直ぐに彼女に向かいすぎていて凶暴だ。しかしそれを制御するすべを自分は知らない。

 ルナーを傷付けまいとして今までずっと秘してきた想いを、簡単には暴露できない。

 ――いや、本当はその想いを拒否されるのが恐いだけなのかもしれない。単に振られるのが恐いのだ。

 自分は臆病なだけだ。本当は、そんなこととっくに分かっている。誰かのためという口実を作って逃げていただけなのだ。

 ……もう、潮時なのかもしれない。

 なにかを諦めるような、すべてを受け入れたような、そんな複雑な笑みを浮かべて静かに溜め息をつく。

 そんなトマリを見て、ルナーはとたんに不安に駆られたような表情になる。

「そんなことも……私には言えないか?」

「え?」

「トマリの考えていることのすべてを解ろうと思っているわけじゃない……見てきたものも感じてきたものも違うから、理解できないかもしれない。それでも、ほんの少しでも考えていることを教えて欲しい。お前が私には理解しがたい理由で苦しんでいるのなら、せめて苦しんでいること……その事実だけでも教えて欲しい。そう、思うのは……傲慢か?」

 まったく意表をつく言葉だった。

 自らが勝手に閉じてしまった扉を、ルナーは少しでも開こうとしてくれている。同じ場所、同じ空間に居ようとしてくれている。

 理解したいと思ってくれている。かつ、けっして踏み込んでほしくないラインは踏み越えないようにと、細心の注意を払って、そっと近付いてきてくれている。

 ……やはり、敵わないのだ。彼女には。

 まるではじめからそう決まっているように。その事実が宇宙の絶対の真理であるかのように。

 ルナーの言葉に、トマリは黙って首を振る……優しい微笑みを浮かべて。

 いつからだろう。こんなに心が穏やかでいられるようになったのは。

 今までの自分は、表情すべてが偽りの仮面で、弱みを敵から隠すように自分の本当の感情を消してきた。化け物である自分が受け入れられるはずがないと、はなっから諦めていたから。

 いま微笑んでいる自分は、仮面などつけていない。純粋に想いが表情という形となって表れているだけだ。

 そのことは――自分が何者でもなく、ただの『自分』でいられることは、そう悪いことでもない。受け入れてくれる人さえいれば、無防備でいても恐れる必要はない。

「私は、お前にとって、なんだ? 私は、やはり、必要ないか……?」

 はかなく霞んで消えてしまいそうな声の問い。

 その切ない表情に、無性に愛おしさが込み上げてくる。なぜか泣きたい気分になる。悲しさから来る涙でなく、嬉しさから来る涙は、問いに答える余裕すらもトマリに与えはしない。

 だからトマリはただ、ルナーを優しく腕の中に閉じ込めた……愛おしさから来る衝動がほとんどだったかもしれないが。

「……人は、自分のことを案じてくれる誰かがたった一人でもいれば、生きていけるものなのかもしれないな………」

 状況がまったく把握できずにただ焦って顔を赤くするルナーに、トマリは耳元でそっと囁いた。

「たとえ自分が『化け物』だとしても、ただの『ヒト』だとしても、変わらない」

 その言葉は、とても静かだったが、どこか決意のようなものを感じさせた。

「ルナーリア……理解しなくてもいいんだ。ただ、俺のそばにいてくれれば……」

 ルナーはカッと頭に血を上らせたように言葉を詰まらせた。

「だが私は……!」

「うん、聞いてほしい。俺の考えてることも、見てることも……想ってることも、全部」

 その懇願のような言葉に、ルナーはまたもや顔をボッと赤く染める。

「〜〜〜っ」

 そしてやっぱりなにも言えないルナーなのだった。

「ずっと……聞いていてほしい。そして……教えてほしい。お前がなにを考えてるか、お前がなにを見てるか、お前がなにを想ってるか」

 言われたことを、パニックにあったルナーは、すぐには理解できなかった。

「……へ?」

 そして、間抜けな声をもって答えた。必死で脳内の回転速度を上げて言葉の意味を考える。

 それは――。

「それって。それって……っ」

「ずっとそばにいて欲しいと言っている」

 さすがに照れが入り始めたのか、早口でぶっきらぼうに言いきるトマリ。

「私は……私は………」

 さっきとはべつの意味で言葉を詰まらせる。

 まるでのどの奥になにか詰まってしまったかのように、のどもその奥の胸も苦しくて、細かく浅く呼吸だけを繰り返す。

 しばらくして、だんだんと深く呼吸をし始めて、ようやっと意味のある言葉を紡ぐ。

「私は……ここにいても、いいのか……?」

「違う」

「え………」

「『いてもいい』じゃなくて、『いてほしい』と言っているんだ。お前が離れたいと思っても、絶対に放さない。お前は求めた。俺はそれに応えた。そして、俺は求めた。お前はそれに応えたんだ。だから……」

 ずっとルナーを抱きすくめて抱え込んでいたのを、すっと体を離し正面から向き合う。

「俺の想いを知って、後悔しても遅いからな。覚悟しておけよ……?」

 短い烏玉ぬばたまの髪を一房すくい上げ、手の中でもてあそぶ。

 すべてが吹っ切れたようなトマリは、いままで見せたことのない、意地の悪いような、それでいてどこまでも優しいような……そんな笑みを浮かべて真っ直ぐにルナーの目を見据えていた。

 ルナーに返せる言葉があるはずなかった。

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