幕間 〜熱き雫、ヒトの証〜
熱い。
全身が熱い。
まるで、体の中を血液のかわりに炎が流れているようだ。
純粋な熱で編まれた繭の中にいるようだ。
だが、違う。
それだけではない。
体の全てが同じように熱いが、それよりも熱い場所がある。
感覚が鈍ったように、分かりづらい。その熱はたしかにあるのに、漠然としている。
……いや。ある一点を中心にその熱は広がっている。だが、何故かしっかりと捉えることができない。捉えようとすると、するりと感覚から逃れてしまう。
空を舞う羽根を捕まえようとするのと同じくらいに難しい。
ひらりひらり。
するりするり。
手から逃れる羽根のように。不可解な動きで舞う羽根のように。
その羽根を捕まえないうちは、そこから動けない。本当の力が湧く場所を知ることができない。
神経を尖らせて、動きを予測して。必死になって追い掛けてみたり、じっと羽根を睨んでみたり。
……でも、本当は違うのかもしれない。
ひらひらと空を滑る羽根は、そっと手のひらを差し出していれば、自然と舞い降りてくるのかもしれない。
気負うことなく、自然なままに、そっと。
ゆっくりと焦ることなく、ただ感覚の網にその熱が引っ掛かるのを待てばいい。
力は自分のもの。力は自分の意志。
力の向かう先は、自分の意志の向かう先。
自分の意志――自分がなにを成したいのかを正確に把握し、その通りに力に形を与えてやればいい。
目を閉じる。
眠るように意識を深く沈める。
――海の底。
――森の奥。
静かに。ただ静かに。
心の中でイメージする。水を掬うように、両の手のひらを丸く上に向ける。
やがて、そこに一滴の雫が落ちてくる。とても温かい雫が。
それをきっかけに、手の中にはその温かい雫が次々と満ちていく。いや、最初の一滴が膨らんだように、手の中に泉が湧くように、外からではなく、中から溢れてくるのだ。
捉えた。
肉体――実像のどこかではなく、精神の中に、熱の中心はあった。
それは、体でいえば、心臓かもしれない、脳かもしれない。だが、それでいてどちらでもない、魂の中心。
火を燈したように、ゆらゆらと揺れながらも確かな熱を発している。
その火を与えたのはルナーだ。彼女のために、トマリの魂は確かな熱を帯びる。
本当は彼女のためというより、自分のためかもしれない。自分は勝手な生き物だから。ヒトであった者だから、化け物である者だから。
でも、だからこそ。
自らの望みのために、彼女の命を繋ぎ止める。決して絶やさない。
彼岸へ渡ろうとするのなら、無理矢理にでも此岸に連れ戻す。
必ず。
必ず死なせない。
(逝くな……。『自分で離れておいて』――お前はそう言うかもしれないけど。今度こそ愛想尽かされるかもしれないけど。でも、こんな別れは、絶対に許さない。誰の意思でもない別れなんて、認めない――!)
熱い。
あつい。
アツイ。
どうして、こんなにも。
願っている。
祈っている。
ただ、彼女の生を――。
抱き締めたルナーの頬に、透明な雫が落ちる。
たった一滴から。
……ぽつり。
……ぽつり。
いくつもの雫がルナーの頬に降る。
同じ雫が、トマリの頬にも流れていた。
あたたかい雫。
まるで、さっき手の中から溢れたなにかのように温かい雫。
知っているが、知らない。
これが何かは知っている。だが、なぜ溢れてくるのか、その理由となるこんな感情は知らない。
ルナーの頬を濡らし、トマリの頬を流れ、トマリの目から溢れるもの。
涙という名の温かな雫。心のある証。ヒトである証。
それが、止めようもなく、次から次へと溢れていた。
「………っ」
なにもかも、言葉にならない。言葉では足りない。
こんな想いは。
こんな感情は。
こんな――……




