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第五十九話

 ひどく、ゆっくりと世界は巡っていた。少なくとも、自分一人の主観のなかでは。

 誰も彼もが緩慢に動き、自分の動きを捉えることすらできないのだ。

 そうして自分は、機械的に義務的に自らの『敵』を殺していく。なんの感情もなく。いや、感情はあるのかもしれない。だがそれは、ヒトの無惨な死に対する哀しみではなく、自らの手によっていくつもの命を屠ったという暗い快感……悦びだけだ。

 生か死か。イチかゼロかの戦いの果てには、勝利感など全くなかった。

 いや……そもそもあれは戦いだったか? 単なる一方的な蹂躙、または虐殺。そう呼べるものではなかったか。

 濃密な死に満たされた空間はどこまでも空虚だ。戦いの余韻などどこにもない。

 そうだ。余韻など……戦いの昂揚など、あるはずもなかったのだ。

 殺すことに対してなんの感情も、躊躇もない。それが暗殺者としての在り方。

 『剣士』と『暗殺者』――『戦う者』と『殺す者』のどうしようもない決定的な違いはそこだった。あれは戦いではなく、ただの虐殺だった。

 異能者を屠る彼女の心の有り様は間違いようもなく『暗殺者』のそれだった。

 それを哀しむ者も、悼む者も、この場にはなく。

 そしてそれがもっとも哀しい。

 だがそれを知るでもなく、なにかを想うでもなく、ただ死の空気に身を晒して立ち尽くしていた。


 ルナーは物言わぬ死者となった異能者達をぼんやりと見下ろした。

 そして、静かに呟いた。誰に聞かせるためでなく、ただ口から零れ出た。

「足りない……」

 その言葉の意味を理解できなかったファルシコーネは思わず聞き返した。

「ルナーリアさん? いま、なんて……」

 言いました? そこまで言うことなく、彼の言葉は遮られた。

 問いの答えなのか、そうでないのかは定かではないが、ルナーはまた呟いた。視線を定めず、虚ろに空間を見つめながら。

「足りない。これだけじゃまったく足りないんだ……私は、満たされない。もっと、もっと命を……」

 ゾクッ………

 ファルシコーネは初めてルナーに恐怖を覚えた。

 いまのルナーはただ殺すために存在する機械のようではないか。人間らしい表情は失せ、声もどこか亡霊のように恐怖をかきたてる。

 あえて手を出さなかったのが裏目に出てしまった。

 考えれば、様子がおかしかったのは、こうなる前兆ではなかったのか。

 その結論に合点がいって、今度は別の意味で恐怖が湧いた。さっきとはまったく質の違う恐怖だった。

(こ、殺される……! そばにいながらルナーリアさんを止められなかったと知られたら……クルーエルに殺される――!)

 そのトマリ=クルーエルが実はいまも自分達の様子を窺っているなど、完全に想像の外である。それが幸か不幸かは別として、とりあえずは知らぬが仏である。



「……やっと昔に立ち返ったか」

 独りごちるように、満足そうに呟く侯爵を見て、トマリは愕然とした。もちろん、そんな感情は表に出しはしなかったが。

「――あなたは、その為だけに異能者達を捨てたんですか……?」

 訊かずにはいられなかった。言わずにはいられなかった。

 トマリの責めるような問いに、侯爵は平然として肯定の意を示した。

「おまえがいるというのに、いつまであんなものを雇っておく必要がある? まあ……『あれ』の目を覚ますのに使えたから、一石二鳥と言ったところか」

 彼は何がそんなに可笑しいのかというくらい喉を鳴らして嗤った。

「そうですか。まあ、あなたが決めたことですし、あんな異能者、俺には関係ないのでいいんですがね……」

 言いながら、トマリは今まで侵入者二人を映していた『鏡』を消した。

 不思議そう、というよりは怪訝な顔をして視線で問う侯爵に、トマリは平然と言った。

「あとは、こちらに来るのを待つだけでしょう。さすがに自分の家のなかで迷いはしないでしょうし……まだ、必要がありますか?」

 最後の静かな一言が、反論を許さないようで、思わず老侯爵は気圧されたが、本人は気付かなかった。いや、自らが雇う『化け物』に気圧されるなどあってはならないことだと、無意識に無かったことにした。

「それでは、俺は隣の部屋に控えているので」

 それだけ言って、トマリは返事も待たずに当主の私室を出た。

「…………」

 侯爵はトマリの態度に不満を覚えはしたが、気分を損ねて契約を解除されてはかなわないと、何も言いはしなかった。この時点で、侯爵は自らが交わした契約でトマリを縛ることなどできないと理解していた。しかし、やはり無意識のうちにその事実から目を逸らしていた。


 トマリは言ったとおりに、当主の私室の隣の部屋にいた。

 灯りがひとつだけ灯った薄暗い部屋のなか、一人掛けの椅子に深く体を沈めた。

 そして、苦しげに呟く。

「なんでだ……あんなことをさせるために離れたんじゃない……なのに俺は、あいつが一番望まないことをさせている……あいつを、苦しめている」

 やはり、自分はルナーリアに関わってはいけない。もっと、もっと離れなければ……。

 心のなかで独白し、擦れ違う結論を出し続ける。

一応は終わりに向かいつつあります。まだ遠い気もしますけど。

よければ評価・感想などなどいただけると、作者の生きる糧になります。ホントに。

ではまた。

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