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第五十八話

本当なら前回も書かなきゃいけなかったんですが、すっかり忘れてました。ので、今回はちゃんと。

わりとグロイ表現とか使ってます。私は全然平気なんですが、あくまで主観なので微妙。

1ミリぐらいの覚悟ののちに読んでください。

 夜空にはぽっかりと月が浮かぶ。雲もなく、月見酒に丁度よい穏やかな夜といえよう。しかし、それはシンヴァール侯爵家の敷地内に限っては例外だった。

 当主の私室で映し出される映像は、静寂や平穏とは対極にあり――そして、まるでアクション映画のように冗談じみていた。

 画面のなかの主演女優は、普通の人間には到底跳べない高さを跳び、不気味に酷薄な笑みを浮かべて、他人のものとも自らのものとも判らぬ血の衣を纏って踊っている。

 この一場面だけを切り取れば、どちらが正義でどちらが悪か判らぬほどだ。いや、そもそもそんな概念は存在していないのかもしれない。

 ただ一人、それでも悪がいるというならば、それはその戦いを興味深げに覗き見ているシンヴァール侯爵その人であろう。

「くくく……殺人人形ドールめ、つまらぬやられ方をすると思ったら、なんの支障もないように戦いおる……おまえの目にはあれの怪我はどう映る?」

 ただ一人侯爵の横に立つトマリは、雇い主の『ある言葉』に一度だけ眉をピクリと動かし、あとはただ静かな眼差しで映像を見つめてから、やがて言った。

「そうですね……落ち方が悪かったですから、悪くすれば骨を折っているかもしれません」

 無表情な淡々とした答えに、侯爵はなぜか、ひどく満足したように笑みを作った。

「そうかそうか。連れの男は戦わぬようだし……今ひとつつまらんな。だいたい、殺人人形ドールはあんな相手になにを手こずっておるか。やはり、だいぶ腕が鈍っておるようだな」

 またトマリは一瞬だけ『ある言葉』に眉をひそめた。だが、それに気付く者は幸いながらいない。

 老侯爵は、ヒトあらざる者の如き戦いぶりを見て『腕が鈍っている』と言う。何度か呟いてから、また映像に集中し始めた。

「つまらないと仰るのであれば……なにか手を加えましょうか?」

 トマリがあくまでさりげなく進言するように言う。だが、侯爵はそれを制した。

「いや、あの程度で壊れはすまいよ……儂が手ずから育てた人形だからな」

 また。またトマリは一瞬だけ眉をひそめる。だが、それを悟られるような真似はしない。

「そうですか」

 それ以上は何も思わないかのように口を挟まない。

 ただ……ただ、じっと彼女を見つめるだけである。

 彼女の異様な変貌に、心臓を締めつけられるような錯覚を覚えつつも……。



 彼女はなんとも形容しがたい笑みを顔に刻む。楽しくて仕方ないような、可笑しくて堪らないような……それでいて、すべてを嘲笑うような。

 ――そして、哀れむような、笑み。

 いくつもの感情を複雑に内包した笑みだった。


 手摺りに降り立ったルナーは、その笑みを顔に貼り付けたまま、片手にだらんと持っていた刀を振った。

 ビシャ。ばたた……。

 刀にこびり付いていた臓物や肉の欠片が床を汚す。そして、赤い黒い液体が。脂肪の欠片が。

 そうしてルナーはまた空中に躍った。

 冷たい瞳で周囲を見まわし、無造作に一人狩る。二人狩る。三人狩る。

 その間、彼女はずっと笑みを浮かべていた――狂気すら感じさせる、だがしかし、どこまでも穏やかな笑みを。死を想起させる笑みを。

 あっという間にディラン一人を残して全滅していた。

 ディランを冷たい氷のような眼で無感情に見つめ、口だけを歪めて彼女は――笑う。嗤う。嘲笑わらう。わらう。ワラウ。

 満身創痍になりながらも、そんなことをまったく感じさせない自然な動作で、また静かに降り立った。

 あたりは血の海。

 まさに『海』と表現するのが相応しいほどに、分厚い絨毯が吸いきれないほどに、真っ赤な血は周囲に満ちている。

 ディランは呆然と、ただ目の前の死神の如き存在を凝視する。

 ――何故。

 ――何故彼女を殺せるなどと思ったのか。

 ――何故彼女をただの小娘などと思ったのか。

 トマリ=クルーエルのもとにいる彼女は、主が作り上げた殺人人形ではなく、ただの年相応の娘でしかなかった。主に怯え、トマリに庇われる姿に、決定的な弱さを感じた。

 殺人人形は、ただの娘に成り下がったのだと。

 剣士としては強くとも、暗殺者としてはただのでき損ないなのだと。

 ――だが、違った。

 目の前にいるのは『ただの娘』などではない。だが『殺人人形』でもない。

 彼女は、『死神』だった。刃向かうすべてに等しく絶対的な死をもたらす存在。

 そこまで考えて、彼は自身が彼女に敵わぬと諦めていることを知った。

 抵抗する考えも起きずに、ただすべてを手放すことを悟り、受け入れてしまった。

 この世には異能の力の有る無しに関係なく『化け物』がいるのだと。


 そうして彼――ディラン・レングラートは最期の思いも最期の言葉も紡ぐことなく、心の臓を正確に一突きにされて沈黙の死を迎えた。

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