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第五十六話

 人を拒絶するような重々しい雰囲気の扉をくぐり――今度は倒した人間の懐を探り、鍵を盗んだ――、直ぐさま鍵をかける。そして、目立たない場所に二人して座り込んで手当てを始める。

 ファルシコーネいわく『よく効く』という薬草と一緒にガーゼを傷のある箇所に貼り、その上から包帯を巻いていく。ファルシコーネの鮮やかな手付きを、ルナーは何とはなしに見ていた。

「……大丈夫ですか?」

 どこか訊きづらそうなファルシコーネに、ルナーはただ、表情にも声にも感情を帯びることなくぽつりと答える。

「ああ、なんでもない」

 そんなはずはないのに、まったく痛みを感じていないような無表情である。

 ルナーは自分自身でも不思議に思っていた。

 まるで、流れた血液が戦いの高揚を……熱を昇華させたかのように、体も心も静謐を保っている。

 もちろん痛みはある。ズキズキと、脈にあわせて痛みがルナーに怪我の存在を訴えかけてくる。

 なのに。

 水面が凍り付き決して揺らがないように、ルナーの頭は冷めていた。痛みが気分や感情やテンション……そういったものを左右することがない。

「ルナーリアさん……? 本当に大丈夫ですか? しばらく休んでいきますか?」

 ひどく心配そうな顔のファルシコーネにルナーはただ首を振る。

「……必要ない……行こう」

 普段よりも口数が減ったと感じるのは気のせいだろうか? ファルシコーネは、ルナーに何か得体の知れない変化が起きているような気がして不安になった。

「ルナーリアさん、やっぱりもう少し休んだ方がいい。……顔色が悪いですから。ね? 休んでから行きましょう」

 立とうとしたルナーの腕を引いて止める。顔色が悪いなんて方便だ。何か適当な理由をつけてでもルナーを動かしてはいけないと感じた。

 だが、ファルシコーネのそんな思いは果たされることはなかった。

「……まだ屋敷に入ったばかりではありませんか。こちらとしては、きっちりとお持て成しさせていただきたいのですが……ねえ? いかがですか、お嬢様」

 傲慢で、相手を見下したような声で、口調だけは慇懃に。

 ルナーはそんな人間がただ一人しか思い浮かばない。声を発した相手を見もせずに溜め息をついて、腕を掴むファルシコーネの手をそっと振り解いた。

「おまえも飽きないな、ディラン・レングラート」

 なんの感情も込めずにルナーは言い放った。

 首を巡らせれば、玄関ホールに向けてドレスの裾のように広がる形をした階段の上に、いくつかの影が見えた。

 ディランを中心に、異能者ばかりの集団が、それぞれにいやらしい笑みを浮かべて立っていた。どの顔も同じに見えるのは、どの異能者もディランを見習うように、性根の腐った同じ人種だからだろうか。

「そう仰らずに。私では不服ですか? やはり、殺し合うならばトマリ=クルーエルがよろしいでしょうか」

 その言葉がルナーにどんな影響を与えるかを十全に承知しながら、心底おかしそうに、愉しそうに嗤う。

 だが、期待した変化は現れなかった。程度の差という問題ではなく、ルナーは動揺の片鱗すら見せなかった。

「ふん、サディストが……私が動揺すると思ったか? 私がそんなにか弱く見えるというのか? おまえは……」

 ルナーは暗く嘲笑わらう。先程のディランと似通った笑みだが、威力は天と地ほども違う。怒りを覚えるよりも、背筋に冷たいものが這う感覚を覚えるだろう。

「………ッ」

 異能者達の反応を冷徹な視線で眺める。

「……馬鹿が」

 無表情にそう呟いて、階段の上を見上げる。おそらく二階から来たのも、少しでも相手を見下す位置にいたいからという無意識の結果だろう。冷静にそれを分析し、そのうえで思う。

 愚かしい、と。

「さあ……相手してやるからさっさと降りてこい」

 闇を凍らせた結晶のような、暗く冷たい視線に、異能者達はあきらかに怯んだ。

 それでも、一応は異能者達のリーダーなのか、ディランは虚勢を張って笑みを無理矢理作る。

「そちらの男性は戦わないのですか? お嬢様一人で私たち全員を相手にすると?」

「そうだ。あいにく彼は非戦闘員なのでな……何か不満か?」

 ファルシコーネが何か言うよりも先に、ルナーが即答する。

 外では手伝わせたのに、今は参加させない理由を考えると、ファルシコーネはなにやら薄ら寒いものを感じた。

「いえいえ……それでは、僭越ながら私たち全員でお相手をさせていただきます。それでよろしいのでしょう? お嬢様」

「ああ……来い、皆殺しにしてやる……」

 意志や決意を表すのではなく、ただ決定事項を告げるようにルナーは無表情に静かに呟いた。

 そして、ゆっくりと刀を抜き放った。

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