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第五十一話

トマリ視点の一人称から始まってます。すぐに戻りますけど。

 彼女のもとを離れてから、もう何日が経ったのだろう。

 結局、彼女が俺に追い付くことはなかった。もしかしたら、最初から俺を追い掛けたりなんかしなかったのかもしれない……それもいいだろう。

 彼女が俺のことなど見捨てて、忘れてくれたのならば、俺は愚かな想いを捨てられる。あの苦しみから逃れられる。

 もう充分だ。

 化け物である自分を理解してくれる誰かも、ただ一人護りたいものも、普通のヒトであるかのような日々も。すべて夢だ……夢は終わった。

 またもとの俺に戻らなければならない。それは義務だ。昔はどうだか知らないが、今は自分で自分に課した使命だ。

 ヒトは、自らがヒトであるために人畜無害な化け物を欲する。それがいる限りは自分がどんな力を持とうとも、どんな卑怯を犯そうとも、化け物にはならない……ヒトでなくなることはない。

 俺がいることで人は心の平穏を手に入れる。

 普段無表情なくせに意外と怒りやすい彼女がいたならば、そんなことは馬鹿げている、なぜ見も知らぬ他人のためにお前が犠牲にならなければいけないんだ、そう言ってくれるだろうか。

 きっと言うんだろう。安穏と生きているヒトに対してなのか、それを受け入れている俺に対してなのか、次第に解らなくなりながら怒り狂うんだろう。

 それを考えると、ふと笑みが込み上げてくる。

 が、それを必死に押し込めて俺は目の前に座する人物を見た。


「……久しぶりですね、シンヴァール侯爵閣下」

 呼ばれた相手――白髪の老人は眼を細めて笑う。しかし、そこに親しげな感情はない。上から見下ろす視線だ。

「お前に侯爵閣下と呼ばれるとはな。くくく……本当にあの頃と何も変わらないのだな、お前は……。私がこうして年老いたというのに」

 皮肉のたっぷりこもった侯爵の言葉にも、トマリは冷酷に微笑むだけだ。

「たしかに。あの頃はあなたはまだ侯爵の位を継いでなかった。侯爵家も今ほどは闇に染まっていなかった……あなたが染めたのでしょう?」

 侯爵家は楽しげに笑みを刻んで頷いた。

「だからここまでの地位を得たのだ。単純な爵位だけでなく、もっと確固たる地位を」

「そうですね。それで……そのあなたが何故今更一介の請負屋を手元に置きたがったんです? 可愛い孫娘を奪った俺なんかを」

「言っただろう、お前を敵にまわすのは得策ではないと。ならば可能な限りはこちら側にいてもらうように取り計らっただけのこと」

 狡猾だと自負する侯爵閣下はしたり顔で言う。トマリは貼り付けたような笑みを浮かべ、何も言わずにそこに立っている。

「……俺は……えを……さない。………を傷……、………を俺………ばう………すべて」

 口の中で呟いた、言葉になりきれなかった想いの欠片はすべて砕けて消えた。

「なに? 今なんと?」

 訊かれても何もなかったかのような笑みでそこに在るトマリは、すべてに対して『是』と答える人形のようだ。

「いえ、なにも。――それで、俺なんかを雇うために、莫大な金を払ってくれるんですか? それとも、ヒトになれる方法を?」

 尋ねると侯爵は意外そうな顔をした。

「本当にヒトになりたかったのか? あの頃は決してそんな素振りを見せなかったというのに」

「……ならば何故、手紙にあんな事を?」

「あの頃は、お前が何を言っても、本当は心の底ではヒトになりたいのではないかと……そうも思ったがな。今のお前は解らん。あの頃はなかった得体の知れなさを感じるのだ……お前はつくづく化け物だな」

 トマリは怒りもせずに、ただ小さく笑った。

「ただ年を食っただけですよ。あなたに会った頃は、今の命で生まれてから四十年くらいの頃でしたか……あの頃と比べると俺も丸くなったもんですね」

 そろそろお迎えが来そうなご当主は思わず自分の人生を振り返ったとか、振り返らなかったとか。

「『今の命』とはどういう事だ? お前は……」

「俺はあなたの思うとおりの化け物ですよ?」

 意味深ににっこりと笑いながらわざとらしく付け足す。

「――ああ、そうそう。もし俺を雇うんでしたら、とりあえず一つ条件があります」

 この『とりあえず』というのが曲者だ。

「……条件とはなんだ?」

「俺が望むのは不可侵です。金に見合う分は働きましょう。ですがそれ以外は決して俺の行動に口出ししないでください……どんな時でも」

 侯爵は返事に窮したが、それでもトマリを失うよりはと判断したのか、渋々ながら頷いた。

「分かった……条件を呑もう。他に条件はあるか?」

「そうですね……まあ、当然の権利として――仕事を断ることができること、俺がやめたいといったら止めないこと――くらいですね」

 閣下は頑固そうな表情をさらに厳めしいものにした。眉根を寄せてトマリを見る。

「――それは、ルナーリアが来たときのためか」

 確信しているかのような侯爵の言葉に、トマリは心外そうに――絶対零度の笑みを見せた。

「……まさか。彼女が来るなんて思っていませんよ。来てほしいのはあなたでしょう? 最も優秀な殺人人形を再び手に入れるために――わざわざ証拠の残る手紙なんかを寄越し、彼女を動揺させるような言葉ばかりを書いて……」

 くすくすと、おかしそうに笑うトマリを見て、侯爵は違和感を覚えた。

 あの頃のトマリはこうだっただろうか。もっと感情を剥き出しにし、深慮遠謀などという言葉とは縁遠い性格ではなかったか。まさに人あらざる獣のような。

 薄暗い部屋にはトマリの笑う声だけが静かに、不気味に響いていた。

スランプ? です……気長に待ってくれるとありがたいです。いやもう待たせちゃってるんですけど。

すみません。

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