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第四十八話

今回はちょっとグロい表現とかあります。

 降ってきた滴が広葉樹の広い葉に当たり、ぱらぱらと音をたてるのを、トマリは意識半ばで聞いていた。

 音楽のように規則的にも聞こえるし、無作為にただ落ちているようにも聞こえる不思議なその音を聞きながら、トマリはうつつなかばにぼんやりと夢に漂っていた。


 声が聞こえる……。

 遠く……近く……波のように移ろい距離を変え、絶えることなく響く幽かな声。

「いやだ……もうやだよ……ともだちと戦うなんて、もういや……」

 幼い少女の声は、聞き入れられることは決して無く。そして少女はまた泣くのだ。

「もういや……もうやめて………!」

 少女の声は消えそうなくらいに幽かで、だが悲痛なまでに響き渡る。その声は少女のつらい想いまで届け、胸は締め付けられる。

 少女はこの世で最も純粋な大粒の涙を流しながら、それでも恐怖に逆らえずに同じ年代の幼い子供の命を絶っていく。

 少女と戦う子供たちは皆、恐怖に顔を染め、それでも必死に抵抗する。震えながら武器を構え、叫びながら少女に向かう。

「こないで……!」

 悲鳴を上げながらも一閃。

「………っ!!」

 子供の体には長すぎて重いはずの刀を器用に操り、少女は相手の首筋を擦れ違いざまに精確に斬り裂く。首からは暗い赤色をした血が噴水のように噴き出し、あっという間に水溜まりを作る。

 瞳は虚ろに濁り、何も映さなくなる。その眼はなぜか捌く前の新鮮な魚を思い出させた。

 少女の真っ白な顔に真っ赤な血飛沫が飛び散る。

 もう少女は泣いてなかった。無表情に刀に付いた血液と僅かな肉片を、刀を振って落とす。大理石でできた白っぽい床に真っ赤な色が弧を描いた。

 命を絶たれた子供はまるで壊れたマリオネットのように床に転がっていた。

 友達だったソレを、もう一瞥することもなく、その場を去っていく少女。

 こうしてだんだんと感情が壊れていくことを、少女はまだ知らない。

 凍り付いた頬には、乾きかけた涙だけが慟哭の名残を残していた。


 眠る頬に雨滴が落ちて、ふと覚醒する。急に現実に引き戻されて、一瞬自分がどこにいるのか解らなかった。

「…………。あー、そっか。俺、寝てた……のか」

 思い出したのか、状況に納得したのか、今ひとつ判然としないぼんやりとした喋り方で呟く。

(…………)

 いまだに雨は降り続き、静かな音で絶え間なく地面を叩く。

 目の前は真っ暗で、もちろん星なんか出ちゃいない。月なんてなおのこと。

 自分の感覚を頼りに、

(多分夜中だよな……)

 と勝手にあたりをつける。

 うん、きっとそうだ。と、またもや勝手に一人頷くと、思考の中身を切り替えた。

 あの夢。

 夢なんて結構覚えていないもんである。もし覚えていたとしても、時が経つにつれてどんな内容だったかなど加速度的に薄れていくものである。たとえどんなに覚えていたいと願ったとしても、だ。

 普通はそうであるのに、今の今まで見ていた夢は違った。少なくともトマリは違うと感じた。

 なぜ? そんなこと解るはずもないが、いくら時間が経っても、あの生々しくも鮮烈な映像や音や感情は、記憶から去っていく気配を見せない。なぜ……?

 あれは特別な夢だった。強くそう感じた。

 夢の中の少女が自分を呼ぶわけなど無いのに、トマリは不思議と呼ばれたと感じた。そして同時にあの夢が自らに対する警鐘であることも。


 ――ざわっ


 全身の毛が逆立つ。

 急に心のなかに焦りが生まれる。焦りだけじゃない。不安や、絶望や……そういった、破滅に向かう不吉な感情がすべて心のなかで生まれ、複雑怪奇に絡み合い、混ざり合う。

 まさに混沌カオス

 解っている。

 あの夢のなかで泣いていた少女。友達だった子供を殺してしまった少女。感情を無くしていくであろう少女。

 あの少女がルナーリアであることが。

 不可解な感情が自らを駆り立てる。じっとなんかしていられなかった。

 すっくと立ち上がり、荷物をそのままに数歩前に歩み出る。

 不快に乾きつつあった衣服がまた冷たい雨にさらされる。そんなことには構いもせず、トマリは雨の降る空の下に立ちつくす。

 手のひらを雨を受け止めるように上に向ける。同じように顔も雲で真っ暗に覆われた空に向ける。

 まるで、その冷たい雨を恵みとしてその身に受けるように、トマリは雨を浴び続ける。

 まるで、哀しみに泣き続ける少女の涙を少しでも多く掬い、救うために。

「泣かないでくれ……」

 呻くように声を漏らす。

「泣かないでくれ……」

 懇願するように声を紡ぐ。

「泣かないでくれ……」

 祈りのように言葉を綴る。

「俺が、お前の涙を止めるから、どうか。どうか、泣かないでくれ……っ」

 目の前に神を祀った祭壇があるかのように、そして自身はその敬虔なる信徒であるかのように、トマリは跪いて祈り、願う。

 ただ一人の少女の涙が止まりますように、と。ただ一人の少女が常に心からの笑顔を浮かべますように、と。

 ただ、それだけを。

 その祈りは、愚かな想いも、エゴも、醜い独占欲も、何もないまっさらで純粋な祈り。

 大切なただ一人の幸福だけを願う、純粋な……純粋な。

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