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第四十七話

「トマリの……大馬鹿野郎ぉぉおおおおおッッッ!!!」

 街から出て、街道をしばらく行くと、黙って歩き続けることに痺れを切らしたのか、ルナーが唐突に叫んだ。

 それも、まず『トマリの』と普通に呟いてから、『……』でタメ。息を思いっきり吸い、そして大爆発、というように叫ぶ。曇り空を吹き飛ばすかのように叫ぶ。恨み骨髄といった風に、叫ぶ。

 遠くまで空気を震わせたその叫び。

 まさにルナーの複雑な思いをすべて込めた叫びと言えよう。叫び終わったあと、ぜえっ、ぜえっ、と肩で息をしていた。全力の叫びだ。

「〜〜〜っ。ルナーリアさん、いくら誰もいないとはいえ、もう少し音量を下げてくれると嬉しいのですが……」

 遠くの山にはね返って木霊となった叫びを遠い目で聞きつつ、ファルシコーネは変な笑みを浮かべながら言った。

「いや、すまん……耐えきれなくなって。疲れやら何やらでイライラして、こんなに迷惑をかけたあいつを、最低でも一発は殴ってやらないと気が済まなくなって……っ」

 きぃぃぃっ! と頭を乱暴に掻きむしる。

(ストレスに耐えきれなかったんですね……)

 ファルシコーネは心のなかで滂沱の涙を流しつつ、自分の耳の鼓膜の心配をした。

 だが、決して口にはすまいとも思った。

 ルナーの言う『疲れやら何やら』は、実際のところ疲れなんかよりもトマリに対する心配がほとんどであろうから。まあ、気疲れという言葉もあるが。

 それに『迷惑を……』というセリフも本心ではあるまい。迷惑だなんて思っていない、とまでは思わないが、やはりルナーに精神的負担を強いているのはトマリに対する『心配』なのだ。

「まあ、私もいい加減頭にはキてるんですけどね。クルーエルと知り合ってから、何度心臓の止まる思いをしたことか。何も言わずに敵地に乗り込むなんてざらでしたけど……さすがに今回はね。心配する人がいながらあえて何も言わずに飛び出すなんて。美しい女性を心配させるという罪は何よりも重いですよ……?」

 ふふふ、と怪しげに笑いながらファルシコーネ。実際のところ彼もかなり怒っているらしかった。

 ある意味でこの二人は同志と言えた。……理由が理由なだけに、まったくもって嫌な同志ではあるけれども。

「ところで……ルナーリアさん。こうして普通に歩いていて、クルーエルに追いつけますかねえ? 相手があのクルーエルですから。普段の体力のキャパシティーからして違いますし」

 歩きながら、ふと疑問を投げかける。ただ同じ道を辿るだけでは意味がない。

「……そうだな。最寄りの街で馬を買うか――実に不本意だが」

 ルナーは苦々しく最後の一言を付け加えた。

「? えーと……とりあえず馬一頭分くらいなら、預金を下ろせば出せるんですけど……」

「いや、大丈夫だ。二頭分私が出す」

「ええっ!? いや、でも……二頭分!? 普通なら、下手したら破産するような額じゃないですか!」

 現在、ルナーはトマリの助手としてしか働いていないはずだ。いくらトマリの金払いが良くても、馬二頭も買える金があるはずがない。

「たしかにな。だが、お前が払う必要はないだろう? お前は巻き込まれただけだからな。それに、ほんっっっとーに、不本意だが、私には払えるだけの金がある」

「え……と、実家から持ってきたお金……とか、ですか?」

 触れにくい話題なだけに、おそるおそる訊くと、ルナーは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「その方が良かったんだがな。生憎私は家からはまったく金を持ち出していないんだ」

「では……?」

「トマリの奴が私専用に口座を作ったんだ! 私はいらないと何度も何度も何度も何度もっ! 言ったのに……っ。あいつ、総資産の半分も私の口座に勝手に振り込みやがった……ッ!」

 言葉遣いが崩壊するほどに、相当イヤらしい。普通なら労せずして金が手にはいるのだから、うっかり喜びそうなものだが。

(それにしても……)

 ファルシコーネは思った。

 それにしても、自らの資産の半分もルナーに譲り渡すなんて。常々トマリはルナー中心に物事を考えがちだと思っていたが、思っていた以上だ。おそらくはルナーが散財などしないと見越しての行為であろうが、それにしても異常だ。もしかして、それにさらに給料も払っているのだろうか……? 恐ろしいことではあるが、トマリならやりかねない。

 この辺りがトマリがトマリたる所以ゆえんなのかもしれない。変なところで大物ぶりを発揮してくれる。

(まったく……)

 トマリの大雑把な考え方や金銭に関する価値観は、ヒトでなくなってから身に付いたのか元からのものなのか、ファルシコーネは本気で頭が痛くなった。

 自分を含めたすべての人間に執着も興味も関心もなかった頃から比べれば、トマリにしては物凄く大きな進歩だとファルシコーネは感じる。

 ……感じるが、極端すぎるのは困りものだ。選択肢に0と100しか無いのかと、怒鳴り付けたくもなるというものだ。


 とにかく二人はその日のうちに最寄りの街に辿り着き、預金を下ろして馬を二頭買った。それも即金で。

 買う時にめちゃくちゃ怪しまれたのは言うまでもない。

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