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第四十三話

急展開? です。

 結局、一人で帰ろうとすると、どうしても屋根を走ったり何時間も彷徨ったりと危険なので、ルナーは大人しくファルシコーネに案内されて帰った。

 ただでさえ入り組んで迷いやすい道なのだ。普通の人でも迷うだろう。……そう自分に言い訳してどうにか恥をしのいだ。

 そうして帰って、ルナーは違和感を覚えた。

 なぜ自分は方向音痴なんだろう……なんてことではもちろんなく。

 家の様子だ。

 結界のひとつも張っていないのも以外だが、なんとなく空虚な気がする。本当になかにトマリはいるのかと疑いたくなるような。

 一瞬だけ躊躇って、すぐにドアを開ける。その刹那にも嫌な予感が冷たい汗とともに噴き出す。

 肌がざわざわと粟立つように感じるのは、この家にあった感情の残滓。

「トマリ! 帰ったぞ!」

 わざと大きな声を張り上げ、乱暴に扉を開けて足音をたてて歩く。

「どこにいる? トマ………トマリっっっ!!!」

 耐えきれなくなって走り出してトマリの名を叫ぶ。

 キッチン。寝室。客間。浴室。そしてリビング。

「………っ、はあっ、はあっ………」

 どこにもトマリはいなかった。

「ルナーリアさん、どうしたんです? そんなに慌てなくても……」

 ファルシコーネはトマリがいないことよりも、そのことにこんなに動揺しているルナーをこそ怪訝に思った。

「……いない………」

 リビングのソファに沈み込んで天井を仰ぐ。

 途方に暮れて心のなかにはただ、

(どうして……?)

 とだけ響いていた。

「――ルナーリアさん、家を出る時こんなものありましたっけ?」

 声に視線を落とし、机の上を見ると、そこには上質な紙を使った封筒と便箋があった。

 封筒は雑に開封され、便箋は放り出されている。

 奇妙に思ってそれらを手に取ると、夢想だにしない相手からのものだった。

「お祖父様……!?」

 差出人は確かに祖父シンヴァール候爵となっているし、封蝋には紋章。宛名には見間違うことを全身が拒否するかのようにはっきりと書かれたトマリの名前。

 間違いなく祖父からトマリへの手紙。

 プライバシーと解ってはいたが、手掛かりがこれしかないのだ。

 ルナーは折れて癖の付いた紙を広げた。

 そこにはこう書かれていた。

『久しぶりだ。懐かしき魔物よ。

 あの時からいったいどれだけの時間が経過したのだろうな?

 私は歳を重ね、老いた。しかしお前は変わらぬのだろう?

 未だヒトになれぬまま、不完全な不老不死にあるのだろう? ……私があの時に下した予言は未だ破られてはいないのだな。

 ディラン・レングラートに聞いた。『心持たぬ魔物』と。伝説と化していると言っていた。有名になったものだな。

 あの時は誰にも名の知られていないただの魔物であったというのに。

『一介の請負屋』がお前だとはな。手の者達が敵わぬわけだ。私が老いてさえいなければ直接お前を殺してやれたものを。正直惜しいと思ったよ。

 ……前置きが長くなったな。

 私の殺人人形がお前の手元にあると思う。

 しかしあれは私のものだ。あれがなんと言っても返してもらおう。

 あれには外の世界で生きるすべは教えておらぬ。光のもとに壊れる前に私のもとへ呼び戻す。

 お前を敵に回すのは得策ではないと解っている。

 いま私が雇っているすべての異能者の代わりにここへ来ぬか? 代わりと言うからには給金は今いるすべての異能者に払っているものをそのままそっくりお前に払おう。

 悪い話ではないとは思うが、どうかね?

 私のもとへ来た暁には、お前がヒトになれる方法も探させよう。私の力にかけて。

 いい返事を期待している。

 承諾してくれるならば直接私のもとへ来てほしい。

 私はシンヴァールの屋敷にいる。

 待っているぞ。この世で最も強き者よ』

 読み終えてルナーは表情の抜け落ちた顔で手紙を持っていた。

 そして手紙の内容の意味を考えていた。

 単純に考えて、トマリが今ここにいないということは、つまりはそういうことなのだ。

 だがルナーは考えているふりをして実のところその答えに辿り着きたくないだけなのだ。だからいつまで経っても唯一であるはずの答えに辿り着かない。

「ルナーリアさん……」

 ファルシコーネの気遣わしげな声にも気付かない風に、ただ茫然としているように見えた。

「トマリは……」

 ルナーはぽつりと静かに言った。その声は震えていた。ファルシコーネははっとしてルナーの表情を窺ったが、ルナー本人は体の反応に理解が着いて行かないようだった。

「もう、帰ってこないのか……?」


 ――ぽろっ


 言葉と同時に透明な雫が頬を滑り落ちた。

「ルっ、ルナーリアさん!?」

 ぎょっとして声をかけるが、ルナー自身は泣いていることすらも気付いていなかったように不思議そうに頬に手を遣って濡れていることを確かめる。

「帰ってきます!! クルーエルは帰ってきますよ! きっとちょっと用があって出掛けてるだけですって。心配する必要なんかありませんよ」

 そう言って励ますが、ファルシコーネ自身も半信半疑といったところだった。この時期にたった一人でのこのこと出掛ける理由があるだろうか? そもそもこの街ではトマリの行くような場所などほとんどない。

 だがそんなことはルナーには教えてはならない。

 今のルナーはなんだかおかしい。彼女が常に身に纏う、隙を見せずに凛とした冷涼な空気が今はない。今のルナーはどこにでもいるようなただの少女だった。

 砂漠で見る蜃気楼のようにひどくあやふやで、揺らいで消えてしまいそうなくらいだ。

 ファルシコーネは今はここにいない、いつもへらへらしていて最近はいきなりクールキャラに転向したのか? な男を付き合い始めてから今までで最も恨んだ。

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