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第四十二話

 その頃トマリは、家の玄関に手を掛けるところだった。

「………?」

 だが、本来ならからのまま何も入るはずのない郵便受けに封筒が入っているのを見つけた。

 手にとって表、裏、と見てみるが、覚えのない筆跡に覚えのない名前……いや、宛名は自分のものだ。そして、差出人の名前も記憶に引っかかるものがあった。


 ダグラス=トライズ・レン・シンヴァール


 達筆な文字で書かれたその名前。そして、真っ赤な封蝋に押された紋章は、以前ルナーに見せてもらったシンヴァール侯爵家のもの。

「…………」

 それらのピースが合致して像を描いても、トマリはただ息をついて「そうか」と無感情に思っただけだった。

 ただ、なぜわざわざ手紙なのか。なぜ自分の名前なのか。それは不思議に思った。

 だが、その場では「まあいいか」と思いすぐさま開くこともせずに家のなかに入る。

 リビングのソファに深く腰掛けて、疲れをすべて吐き出すように大きな溜め息をついてしばらくぼーっとしてから、やっと手の中の手紙を思い出したように見る。

「これって、やっぱりルナーの祖父さまだよな〜。なんで俺宛なんだ?」

 不思議がりながら、ペーパーナイフなんて気の利いたものなど無いので、かなり雑にビリビリと封を開く。

 そして中に入っていた便箋を開く。

 そこには、書き出しでいきなり「久しぶりだ」とあった。

「……………はあ?」

 なんで「久しぶり」? 確かに以前関わったには関わったが、やはり直接会うことなど無く、ルナーをディランからかっさらって来ただけだ。しかも親しげに「久しぶり」などと言われる覚えは皆無だった。

 答えの出ないままにトマリは続きを読み進めた。

 そして、読むうちにだんだんと、確実にトマリの顔色は驚愕に染められていった。

「そ、んな……まさか………!!」


 結局、ファルシコーネは突っ込んで訊くことなどできなく、微妙に気まずい空気のままで『RISTORO』にいた。

 ルナーは言葉通りにメニューのすべてを注文し、それを端から黙々と食べている。

 滅多にお目にかかれない美人が、テーブルに乗り切らないほどのケーキを注文して、それを無表情で平らげていく様はかなりシュールだった。

 他の客はかなり気の毒と言えただろう。

 ばくばくばくばく。

 ごくごくごくごく。

 それじゃ味も分からないだろうと、そこにいる誰もが思ったが、誰も言えなかった。そんな勇者はこの空間にはいなかった。

 そして、最後のひとかけらを咀嚼し、嚥下した後に紅茶を酒のようにぐいっとあおる。

 ぷはっ、と一息ついてからその様子をはらはらと見守っていたファルシコーネをぎろっと睨む。

 いや、それは端から見たらそう見えてしまうだけで、ルナーは決して睨んだつもりもないし怒ってもいない。はずだ。

「ファルシコーネ……」

「は、はいっ」

 ついビクッとなって畏まってしまった。

「? なんだその態度は。熊にでも出くわしたみたいな」

 心理的にはまさにその通りだろう。一見何もないように見えるが、醸し出すオーラがとても冷ややかだ。

「い、いえ、何でも……それより何か御用ですか? あ、紅茶のおかわり要ります?」

「いや、もういい。聞きたいんだが、ケーキ類はお前が作ったのか?」

「ああ。ええ、全て私が作りました。いかがでしたか?」

 問い返すと、ルナーは満足そうに頷いた。

「美味しかった。こんなに美味しいケーキを食べたのは久しぶりだ。特にアップルパイなんかは、シナモンがキツすぎず、生地も香ばしくて、最高だった」

 珍しく饒舌なルナーに、ファルシコーネも自然に笑みが浮かぶ。

「ご満足いただけてなによりです。これは全て貴女への報酬ですからね、やはり見合うだけのものを味わっていただかないと」

 にっこり笑ってのその台詞に返ってきたのは、なぜか苦々しい表情。

「…………」

「ルナーリアさん? どうしました?」

 ガタン、と音をたてて席を立つルナーは俯いていて表情が窺えない。

「……いや、何でもない。――それじゃあ、私は帰るから」

 そう言ったルナーの顔はもういつもの無表情に近いものだった。

「なら送っていきますよ」

 動作をピタリと停止してルナーはファルシコーネを見る。

「え……いや、マスターが店を空けてはまずいだろう。たとえ襲われたとしてもやられる気はない。無用な心配だ」

 ファルシコーネは苦笑して首を振る。

「いえいえ、私も貴女がやられるわけはないと思いますけどね。私の心配はそういうことではなくて……迷わずに帰れます?」

「え……な………」

 動揺して言葉のでないルナーにさらに一言。

「貴女、実は方向音痴でしょう?」

「ぐ………ッ!」

 呻いた。図星らしい。

「さ、ほらほら。帰りましょう? 大丈夫、私一人がいなくても店に影響がないようになってますから。うちの店員はみんな優秀ですからね」

 そのままルナーの背中を押して店を出て行く。ドアを出て、少しだけ足を止めて振り返って店内に声を掛ける。

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

「行ってらっしゃいませ、マスター(はーと)」

 たいへん可愛らしい声が返ってきて、ルナーはがっくり脱力したという。

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