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第四十話

 どんな光も受け入れないと錯覚しそうな深い闇をまとった人影がひとつ。

 柔らかい笑みなど決して刻まないであろう、頑強な岩を連想させる容貌。

 長い年月を生きてなお光を失わない……いや、さらに強くなっているであろう双眸。

 彼は身にまとう雰囲気そのままに、ずっと深い闇に――裏の世界に属してきた。

 血を残すために娶った妻は、自分の夫となる人間がどんな世界に生きているのかを知っていて、それでいて拒否をしなかったという変わり者だ。

 自分の子供が同じように深い闇に捕らわれて生きるであろうことを知りながら何も言わなかった女。それを考えると、変わり者というよりは他人に興味のない冷たい女だったのだろう。

 だが構わなかった。子供を想って泣くような女はいらなかったからだ。

 彼はそうやって力を手に入れながら生きてきた。裏の世界に彼ありとまで言わしめるほどに周囲の人間は彼を恐れた。彼に逆らえば待つのは死のみなのだ。

 ふと、彼一人しかいなかった空間に一羽の鳥が入り込んできた。

 闇を裂くように、ではない。闇をさらに深く引き連れて、だ。なぜならその鳥もまた闇に生きるモノなのだから。

「戻ったか……」

 彼は突然の闖入者にもさして驚きを見せずに、待っていたかのようにその鳥を迎え入れた。いや、事実待っていたのだ。漆黒の鳥に身をやつしたその人間を。

 漆黒の鳥は彼の前に音もなく降り一声鳴いたかと思えば、次の瞬間には人間に姿を変えていた。

「ただいま戻りました」

 深くこうべを垂れて、ディラン・レングラートは膝をついて臣下の礼を取っていた。

「首尾はどうであった? ………。聞くまでもないのであろうな……」

「申し訳ありません。やはりお嬢様はこちらに帰る意思はないようでした。やはりあの請負屋の存在がその理由かと」

「請負屋……厄介だな。お前はその男を下し、あれを連れ帰ることはできるか?」

 できないと解っていながらの問い。そうと理解しているのか、ディランは悔しそうな顔ひとつせずに淡々と言った。

「申し訳ございません。我ら異能の者のなかでもあれの力は尋常ではありません。ヒトにない寿命を持ち、若いままに生きていることからもそれは窺えます」

「ヒトではない、と?」

「確かなことは解りませんが、私が初めてあれに会ったのはもうかなり前になりますが、その頃から容貌は変わっておりませんし、裏の世界でも有名な話でした。『心持たぬ魔物』トマリ=クルーエル、と。伝説のように……」

 ディランがそう告げると、彼は思案するような顔付きになった。

「お館様……?」

「ディランよ、その者の映像を見ることはできるか?」

 問い掛けに顔色ひとつ変えずに、疑問も持たずに問いの答えを返す。

「御意に」

 一言だけ告げて、力を具現化させるよう集中する。

 力は鏡のような薄い膜を形作った。そして直ぐさま一人の男を映しだす。

 へらへらした笑みと、人を脱力させる物言いと、狂ったような服装をやめれば、文句なく端正な顔立ち――こうして列挙すると意外に欠点は多かった――が、今はただ無表情に……いや、得体の知れない冷酷さを纏って映し出されている。

 普段とは百八十度違う冷たい顔だったが、これこそが真実彼の本性であると言えよう。それほどによく彼に似合う空気だった。

 映し出されたトマリを見て彼は不思議な反応を見せた。一瞬、瞠目したかと思うと、次の瞬間には様々な感情が彼の眼を彩った。

 歓喜、憎悪、懐かしさ、驚愕……そして、尋常でないほどの執着。

 いくつもの感情が彼を()ぎる。

「そうか……お前達が敵わぬわけだ、これは相手が悪すぎる」

「お館様、彼をご存知なのですか?」

 意外そうなディランの問いに、彼は酷薄に笑みを刻む。見る者全てに恐怖を与えるその笑みは、すぐに収められた。

「知っている。少なくともお前よりはな……なるほど確かにヒトではないだろう」

 くくく、と喉を鳴らして笑う(あるじ)の姿にディランは戦慄した。

「……未だ、人の世にしがみついておったのか。どれだけ望もうが、どれだけ足掻こうが、ヒトにはなれぬ、と。そう――」

 あとの言葉は音にならずに彼の口の中で消えた。代わりに別の言葉が彼の口から漏れ出た。

「ディランよ、もう一つ頼まれてはくれぬか?」

「お館様の頼みであれば何なりと」

 彼はその答えに満足したように薄く冷たい笑みを形作った。

「ひとつ、書状を届けてほしい。今から書くのでな、待たせてしまうが……それをヒトならぬ者に」

 こうべを垂れるディランに、彼はこの世で最もと言えるほどに残酷で凄惨な笑みを浮かべた。

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