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第三十九話

 そして、最後の一振りを上から真っ直ぐに振り下ろし、


 ――ヒュォンッ


 ぴたりと地面と水平になる角度と高さで止める。

 いくら細くとも、やはり剣は剣。重さのある長いものを急停止させるには単純な力と、それ以上の技量が要る。

 その一振りは、空を切り裂くのではなく、目に見えない極小の分子の間を優しく通り抜けるような柔らかな一振りだった。

 人々はそれを、夢か幻でも見るような目で見つめる。

 ふぅ、と息をついて静かに剣を鞘に収める。そして、優雅に一礼して終わりを告げる。

 一瞬の間を置いて、大きな歓声と共に割れんばかりの拍手がルナーに注いだ。

 呆気に取られて自分を囲む顔を見ると、どの顔も満ち足りた笑顔をたたえていた。

 その顔をひとつひとつゆっくりと視界に――記憶に納める。

 そして、その場の誰よりも幸せそうな、満ち足りた笑顔を浮かべた。見る者をも幸せにするような、誰もが見惚れる笑顔だった。


 その笑顔を唖然としてトマリとファルシコーネの二人は凝視していた。

 特に、トマリは目の醒める思いだった。初めて見るルナーの屈託のない笑顔。無垢な魂を体現したかのような純粋で清らかな表情。

 どうしようもなく惹き付けられてしまう事実に戸惑いながらも、それでもやはり目を逸らせない。

 涸れて久しい涙が込み上げるような錯覚を覚えてしまう。何故だか無性に泣きたくなった。

「…………」

 初めて見る笑顔に、なぜか苛立ちにも似た感情が沸き上がり、ざらざらと心を不快に撫でた。

 ルナーがこちらを振り返る。らしくもなく、なぜかギクッとなった。『ドキッ』ではなく『ギクッ』だ。

 笑顔で駆け寄って来るルナーに、動揺を即座に隠して同じく笑顔で応じる。その笑顔はもちろん嘘くさいものになってしまったが。

 ルナーの立っていた場所にはたくさんの貨幣が投げられている。銅貨がほとんどだったが、中には銀貨を投げる太っ腹な客もいた。集めればかなりの金額になりそうだ。それを見ながら、トマリは何故自分がわざわざ人を集めてまでこんなことをしたのか自問した。

 集まる金を使って、ルナーへの報酬に宛てようと考えていた、という理由がかなりの割合を占める、はずだ。はず、なのだが、今それを訊かれると、果たしてそうなのだろうかと自分で疑問に思う。

 多少のあざとさを含んだ、それが本音だと自分でも思っていたが、べつに金が欲しいなんて思ったことはない。

 請負屋は儲かるとは決して言えない商売だが、本業は裏の世界に属した仕事だ。そちらは冗談みたいに金が入る。今までに稼いだ総額を考えると、桁数が多すぎて数える気が失せるほどだ。

 もともと金に頓着しない性質(たち)なので、少しでも多い方がいいなんて思ったこともない。どうせ飢えて死ぬことなどないのだから、そこそこ困らない程度に有ればいい。むしろ、あり過ぎると管理が面倒で、減って欲しいと思うくらいだ。

 そう考えると、集めた金をルナーの報酬に、なんておかしい。有り得ない。ファルシコーネのため、なんてもっと有り得ない。はっきり言ってどうでもいい。

 考えれば考える程、自分の行動が理解できなかった。

 美しく、鋭く……だが、しなやかな舞を脳裏に映しながら思い出す。ファルシコーネにルナーの剣舞を見せると言った時の自分の感情を、場所を人の集めやすいここに決めた時の自分の感情を。

 ふと、気付いてしまった。気付きたくなかったことを、気付いてはいけなかったことを。

 急速に理解する。自らの心の移ろいを。

 自分はただ自慢したかったのだ、自分だけが知る美しさを。自らの所有する秘密の宝物を隠しておきたくも、自慢したい子供のように。

 だからわざわざ人を集めたのだ。自分だけが知る美しさを自慢したくて。

 なんと愚かな想い。

 トマリは忌々しくなって、舌打ちしたくなった。雰囲気的にできなかったが。

 そもそも、自分はルナーを自らの所有物のように思っているのだろうか。だとしたら、ますます愚かしい。笑いすら込み上げてくる。自嘲という名の嗤いが。

 だが、トマリは知らない。

 自らを愚かだと罵る理由、ルナーを自らの所有物として扱う心理が、どんな想いを根幹としているのか。

 自分はルナーをどう想うが故に、あんな愚かな考えを抱くに至ったのか。

 トマリは、知らないのだ。

 初めて見る、ルナーの心からの幸せそうな笑顔を見た時に感じた苛立ちに似た感情。あの想いも根幹を同じくするものだった。

 感情の――想いの名を独占欲という。なぜ自分以外の人間にそんな笑顔を見せるのか。なぜあの笑顔を引き出したのが自分ではないのか。

 ――なぜ自分だけに全ての感情を見せてはくれない?

 ――なぜ自分の手のなかにいてくれない?

 ――なぜ自分だけのものにできない?

 ――なぜ……?

 心が訴えかける叫びを、トマリが耳にするのはまだ先のこと。

 生まれたばかりの感情を、今のトマリは理解しきれずにただ持て余すだけだった。

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