第三十七話
「それで。これからどうするんです?」
尤もな質問をファルシコーネは投げかけた。真剣な目で、ルナーリアを見つめながら。
選択肢はふたつ。
逃げること。
戦うこと。
それ以外は――たとえば降伏するなどの選択肢は――すでに自分自身で却下を出している。
ならば。
ルナーは好戦的な眼をして笑う。黒曜石の瞳の中に熱く燃え盛る炎を見出すことができると錯覚するほどの強い眼差し。
「売った喧嘩はきっちりと買ってもらわなければな。……代価を支払わせよう」
獰猛な笑みは獲物を求め、手に取った牙は獲物の喉元に突き刺すために鋭く研いで。
「いや……喧嘩を売ったのはあちらか? ならば、それがいかに愚かなことか知らしめてやらねば……二度と私たちに手を出す気になどならぬように」
そうだろう?
問うのではなく確認の眼でトマリを見る。
「ああ。売ったのがどちらでも、もう関係ない。思い知らせてやるだけだ」
トマリの言葉に嬉しそうに頷くルナー。状況によっていくつもの関係が二人の間にはあるようだ。今の状況を言うなら、さしずめ共に戦う仲間。同志なのだろう。
先の見えぬ暗闇に怯えるか弱い姿もルナーなら、獰猛に敵を求め戦いを求めるのもまたルナー。ぬるま湯に浸かる生活では現実味を感じないならば、やはり自分は戦いのなかの命と命の遣り取りに己の生き甲斐を見出すのであろう。
「いつ来るか分からない刺客に怯えるくらいなら、こちらから乗り込んだ方が早いな……どうするか………」
呟きながら自らの剣――もう刀といっても差し支えないだろうか――を鞘からほんの少しだけ抜いて、映る自分の顔を見つめる。鏡のように美しい刃は、今まで人を斬ったことなど無いように見える。
しばし美しく輝く刃を見つめ、チン、と音をたてて仕舞う。
その仕草を見ていたファルシコーネは思ったことをぽろりと口に出してみた。
「ルナーリアさんが戦う姿は、きっと美しいんでしょうね……」
何となくの言葉に、意外にもトマリがノッてきた。
「ルナーは戦ってる時、剣舞みたいに綺麗だぞ。相手が可哀相なくらいに見せ物と化すな。用心棒なんかをしていた時は、街中で戦っているとおひねりが飛んでくるくらいだった」
嬉々として思い出しながら話すトマリに、ルナーは顔を真っ赤にして遮ろうとする。
「トマリっ!! やめてくれ、あれはかなり恥ずかしかったんだ。もうあんな思いはしたくない!!!」
断固として言うルナーに、トマリはじゃあ……、と言葉を足す。
「ファルシコーネの喫茶店のメニュー制覇していいから」
途端、ルナーがぴたり、と動きを止め、なにやら葛藤するように黙り込んだ。
「あそこのは美味いぞ〜♪ 特にモンブランがオススメかな〜♪」
「ぐ、ぬぅ……」
呻くルナーに視線を遣りつつ、ファルシコーネは不思議そうに尋ねる。
「どういうことだ? なんで喫茶店のメニュー制覇?」
トマリはニヤリと笑った。
「まあ、見てな。お楽しみの剣舞が見れるぞ」
「はあ……?」
ファルシコーネはますます不思議がるばかりだ。
視線を移してルナーを見遣ると、まだ葛藤していた。
かなり天秤の傾いているルナーに、
「紅茶も種類が豊富だったな〜♪ マスターがコイツだから、好きなケーキ作ってもらうこともできるだろうな〜♪」
すかさずトマリはトドメを刺す。
その一言が決定的な打撃となって、ついに天秤の皿の片方が地に着いた。
「ぐっ……わ、分かった。その条件を呑もう………!!」
いかにも断腸の思いで、という風に悔しそうに頷く。
途端、トマリはにこーっ、と嬉しそうに笑った。その笑みが、剣舞を見れる嬉しさから来るのか、自らの策略にルナーが堕ちたからなのかは、定かではない……。
「ルナーリアさんって、そんなに甘い物が好きなのか?」
「ああ。異常なくらいにな。特にケーキ類。自分でもよく作るみたいで、キッチンの棚はそっち系の道具ばっか。あとは紅茶だな。あちこちの産地から直接取り寄せてるらしい。まあ、美味いケーキが食えて、美味い紅茶が飲めるんだから、なんにも文句はないが」
なるほど、と頷いたものの、何故そこまでこだわるのかはよく解らない。
そんなことを思いながらふとルナーを見ると、じとっ、とファルシコーネを――いや、二人を見つめていた。
「な、なんですか? ルナーリアさん」
「――誰が払ってくれるんだ?」
「へ?」
「食べていい、なんて言っておいて私持ちってのは御免だ」
過去に実際されたのだろうか。妙に恨みがましいような、強い言葉だ。
「うーん……どうすっかなぁ」
そう言ってトマリはちらっとファルシコーネを見る。
「私が全額負担なんてのはやめてくれ。たしかに見たいと言ったのは私かもしれないが、私の店で私が払うなんて、店が潰れる!!」
慌てて拒否すると、最初から承知していたかのように微苦笑して軽く息をつく。
「んじゃ、俺とファルシコーネでワリカンてことで。どうよ?」
「ま、まあ……それなら」
頷いてから、はたと気付く。
さっきまでの真面目な緊迫した空気はどこへ行ってしまったのだろうか。今やらなければいけないことは他に山とあるんじゃなかろうか、と。
だがそんなことを言える雰囲気ではなかった。