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第三十三話

「あの〜、そろそろ話を進めてもらいたいんだが……」

 ファルシコーネが遠慮がちに、だが呆れ混じりに声をかける。

 二人は初めてファルシコーネの存在に気付いたような顔できょとんとする。

 顔を紅くするとか、ばっと離れるとか、そういう反応を予想(期待?)していたファルシコーネは少しがっかりした。彼の名誉のために言うが、あくまで少しだ。

 トマリはつまらなそうな顔で振り返り、ルナーから体を離す。

 ファルシコーネを一瞥しただけで、トマリは再び視線をルナーに固定する。

「――俺が死なないという証明のためにいくつか言っておく。まずひとつ、飢えだ。何十年か前に、餓死できるかという実験をした。結果は……気が狂う程の飢餓感があっただけで、一月待ったが死は訪れなかった」

 いきなりそんな事実を突き付けられても困るだけだが、ルナーは黙って聞いていた。

「次に……そうだな、毒か。これもかなり以前、手に入る範囲であらゆる毒を飲んだり血管注射してみたが、さんざん苦しんで血を吐いただけだった。失血量もかなりのものだったが、それでも死ななかった」

 ここまで聞けば俺が死ぬはずないと解るだろう。みたいな顔をトマリはしたが、逆にルナーの心配を煽っただけだった。

 何が悲しくて他人(ひと)の自殺歴を延々と聞かなければいけないのか。

「やっぱり、お前は馬鹿だ」

 ルナーは吐き捨てるように断じた。一見和やかになったかに思えたムードが、また険を帯びたものになる。

「私がそんなことを聞きたいと思っているのか?」

 熱を帯び始める声。それに合わせるようにルナーは起き上がって、腕に固定されている注射針を無理矢理に引っ剥がして放る。傷口と針からは、栄養剤と血液が混ざったものが飛び散った。

「なっ――!? ルナー、なんのつもりだ。お前はまだ栄養も休養も足りてな……」

「うるさいっ!」

 咎めるトマリの声を一喝して黙らせる。それだけの迫力が今のルナーにはあった。

 ふらついて、視界には星が飛び交う。脳を直接揺さぶられるように頭の中はグラグラと揺れて気持ち悪い。しかし、それでもルナーの眼光は鋭くトマリを射抜く。

「人に生きろと言っておきながら、自分の自殺の遍歴を聞かせるとはな……本当は実験なんかじゃなく、死にたかったんだろう?」

 二人の視線は絡み合い、だが甘さは欠片もなく、ただ鋭く喉に刃を突きつけているようだ。

「…………」

 トマリの口からはどんな言葉も発せられない。肯定の言葉も、否定の言葉も。

「なあ、どうして自分が死にかけた時のことを思い出して平然としていられる? 笑っていられる? 本当の感情を、やっぱりお前は隠してる。いつもお前は、何があっても超然としすぎてる。無意識に感情を隠すってことは、無意識に見られたくないと思うからじゃないのか? お前はにっこり笑って境界の向こうから手を差し伸べるけど、絶対に招こうとはしないで、ただそんなふりをするだけだ」

 ルナーの顔は悲しげに歪むが、トマリの顔はどんどん作り物じみた無表情になるだけだ。

 ルナーは前触れ無くいきなりベッドの横に立て掛けてあった剣を取ると、ベッドの上に座したまま居合いの構えを取る。

「―――っ!!」

 トマリは目を瞠り、すぐさま懐に手を入れる。

 ルナーが裂帛の気合いを以てトマリに斬りかかったと見えたそのすぐ後、いつかのように剣と銃は十字に交わっていた。

 ファルシコーネはそれを止めるどころか、気付いたらすべて終わっていた。

「な……二人とも何をやってるんだ!?」

 やっと口を挟んだと思っても、二人は何事もなかったかのように銃と剣を納めている。

「…………」

 ルナーはファルシコーネの存在など見えていないかのようにその言葉を無視して、なにやら不満そうにしている。

「私は今本気でお前を斬ろうと思った。首に届いていれば骨ごとすべて断ち切っていたはずだ。でも、それでもお前はそんなに平然としている」

「たとえルナーが本気でも、そうじゃなかったとしても、俺はその剣を止める自信がある。現に俺は今もこうして生きている」

 含みのある言葉に、ルナーはさらに不満そうにする。トマリはルナーが本気でなかったと疑っているのだろうか? 普通であれば、本気で親しい人間を殺そうとするなど、正気の沙汰ではないが。

 そしてとうとうルナーは言った。

「私にはお前が解らない。何があっても平気な顔でやり過ごすように思える。お前が何であっても関係ない……お前は」

 ルナーが何を言おうとしているかを悟り、ファルシコーネは遮ろうと声を上げる。

「だめだルナーリアさん! あなただけはそれを言っちゃ……」

「……お前は私とは決定的に違う場所にいるんだと、そう思ってしまう」

 静かな声は意外にもよく通り、ファルシコーネの努力も空しくトマリの耳に正確にその言葉は届いた。

 決定的な決別ともとれる言葉にも、トマリはただ苦笑するだけ。少しだけ哀しげに。少しだけ、疲れたように。

「―――ッ」

 言ってしまってからルナーは後悔した。他の人には――ファルシコーネにすら――解らないほんの少しの表情の歪み。だが、ルナーから見れば、深い哀しみと孤独と絶望を湛えた、一番させてはいけない顔だった。

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