第三十二話
絶句したトマリを見て、ルナーは微かに弱々しい笑みを浮かべた。
「やっぱり、お前は変わってないよ。お前は感情を隠そうとする」
「感情を、隠す?」
トマリは素直に驚いた表情を作る。目を少し大きく開いて。そして苦笑して言う。
「なんで俺がそんなことを? ――そりゃまあ、客商売だし、思ったことを顔に出さないことも当然あるけどさ、そこまで言われるほど……」
「ほら、今もそうだ」 ルナーはあえてトマリの言葉を遮った。きっぱりと言い切ったルナーの言葉に、トマリは表情無く沈黙する。
「いまお前は、驚いている。それは、私の言ったことが理解できないから……そういう顔だ。たしかに、驚いてはいるだろうな――でも、私の言葉を理解できないからではなく、図星を言い当てられたからだ」
ルナーは鋭くトマリを睨み付ける。
「お前は、他者とのあいだに線を引く。決して越えられない境界だ。お前と他者とを決定的に隔てるもの。それは誰であっても関係ない……もちろん私も」
「――あの、ルナーリアさん? クルーエルは、あなたに対してだけは違うように見えるんだが」
ファルシコーネは控えめに意見した。だが、確実にそうだと、確信している。
「そうだな……私はたしかに他の人間よりは近い場所にいるんだろう。境界の向こうから手を差し伸べられている程度には」
「………?」
言い方は不明瞭で、今ひとつ何を言いたいのか解らない。
「――トマリは自分の隣には誰も要らないと思ってる」
「それは違……」
「何が違う!? お前はいつだって怒りや恨みや憎しみの――負の感情を隠そうとする。それはつまり、誰にも知ってほしくないから。自分の深い場所に、誰も触れてほしくないから……だろう?」
今にも泣き出しそうな顔でルナーは言う。いや、すでに目の端からは透明な雫がこぼれていた。完全でない体調は涙腺を緩くしたようだ。
「違う。……俺はたしかに、思ったことを隠そうとしてしまう。昔は、ルナーの言う通りの理由だった。でも今は、反射的にそうしてしまうだけで……沸き上がった気持ちをどうしていいか分からない」
まとまりのない言葉は、トマリ自身のなかでも整理がしきれていない証拠。トマリ自身も戸惑っている証拠なのだ。
「隠してるんじゃなくて、出し方が分からないんだ」
「え………」
今度はルナーが言葉を失う番だった。
思いがけない言葉はルナーを混乱させる。
「生まれてから今まで、俺のことを『ヒト』として接してきた人間なんかほとんどいない。普通の子供が身につける感情の表し方や制御を、俺は知らない……ルナー、お前だって解るだろう?」
およそ『普通』とは言えない育ち方をしたという点で、そして『ヒト』として生きてこなかった点で、二人はよく似通っていた。
その中でトマリは感情の伴わない表情や、本当に思ったことを抑えて隠してしまう方法を学んだ。逆にルナーは、すべてを抑え付けて、望まれるままに『人形』として生きてきた。
「――お前がリビングで気を失ってるのを見つけた時、俺がどれだけ心配したか解るか?」
青を通り越して蝋のように白かった顔。やつれて目の下にできた隈。艶を失った肌。どれも簡単に『死』を連想させた。
「俺が取り乱さなかったのは、ただ単にそれよりも先にできることがあると、経験上知ってたからだ。まだ助ける手段があるなら、それをしてからでも遅くない……お前が、俺を助けてくれたように」
「でも私は、諦めてしまった。『このままトマリが目を覚まさないかもしれない』と、思ってしまった……」
ルナーはしゅんとして言った。目を覚ました時に言ったことを気にしているらしい。
それを思って、トマリは自己嫌悪に駆られた。もう何度目か解らないほどだ。
「悪かった。怒鳴ったりして……解ってはいるんだ。俺がちゃんと言わなかったせいでルナーを不安にさせたこと。一人でずっと、つらい思いをさせた」
トマリは覆い被さるようにして、ルナーの顔をのぞき込んだ。
「………っ!?」
動揺するルナーなど気付いていない様子で、真面目な顔で言う。
「だけど、諦めないでほしい。俺は絶対に死なないから――だから、ルナーにも死んでほしくない、生きていてくれ」
真摯な眼差しを向けるトマリに戸惑い、よく分からないうちにルナーはコクコクと頷いてしまった。
次の瞬間、トマリが嬉しそうに満面の笑みを浮かべたのを見て、ルナーはちょっと騙された気分になった。
「…………」
釈然としないルナーだったが、本当にほっと安堵したように笑うトマリを見て、これでよかったのかも、とうっかり思ってしまった。
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