第三十一話
ダラダラと台詞が長くて、読みづらいと思います、すみません。特にケータイ読者の方。
「俺は、生まれた時はヒトだった。もちろん両親もヒトだし、兄弟も普通のヒトだ」
両親に兄弟……。そんな言葉は、どこか浮世離れしたトマリにはそぐわなく、違和感を感じてしまう。
「その中で、俺だけが力を持って生まれてきた。広い世界だ、他にも『異能者』はたくさんいるが、俺みたいに大きな力を持ったヒトは、他に知らない。こんなに永く生きた今でも、会ったことはない」
「…………」
ルナーは何も言わず、黙って聞いていた。何も言えなかった。何も知らないままでは。
「ヘタすりゃ天変地異すら起こしかねない力に、親も怯えた。――ま、当たり前だよな。その頃はまったくと言っていいほど力の制御ができてなかったんだから」
何も気にしていないような顔で平気そうに言った。そんなはずないのに。
「んで、何歳だったか覚えてないけど、とうとう俺は捨てられた」
「!」
「それからは、人生のほとんどが放浪の旅だった。なんとか力を隠して普通のヒトのフリしても、制御ができないもんだから、すぐバレた。そしたら、殺される前に逃げる。そんな生活だった」
いつも人の目を気にしながら遠くへ逃げ続けた。
「いつの間にか、いくつもの街で手配書が貼られるようになった。それからも逃げた。子供だったからな、逃げっぱなしだ。他の方法なんて知らなかった」
立ち向かえば、自分の力で誰かを傷付けることになる。逃げ続けるよりも、そのほうが怖かった。ヒトなんて意識しなくても殺せてしまう。ヒトは弱く、脆く、はかない存在だから。
「しばらくそんな風に生きて、俺はある人間に出会った。俺の力を恐れない、変な人間だった」
「それは……?」
「本当の名前なんかもう思い出せない。覚えてるのは『月の歌姫』っていう通り名だけ。お前が唄ってたあの歌を作った人間だ」
その人のことを話すトマリは、なんだか穏やかな顔をしていて、ルナーはなぜか無性に不安になった。でも、それを悟られたくなくて、別のことを聞いた。
「……でも、あの歌、作者不詳って言わなかったか?」
「ああ……『月の歌姫』が作ったって知ってる人間は、みんな死んだからな」
「―――! 死んだ?」
「そうだ。俺が殺した」
「!!!」
なんで。そんなこと、聞けなかった。聞いてはいけない気がした。
「ずっと、俺を恐れない人間なんていなかったから、戸惑いながらも、そいつを大切だと、失いたくないと思うようになった」
聞きたくない。耳を塞いでしまいたい。でも、できない。
「あの頃を幸せだと言うなら、多分そうなんだろう。でも、幸せであればあるだけ、不幸は忍び寄って来る」
「何が……あった?」
恐る恐る尋ねると、トマリは悲しそうな顔でふっと微笑んだ。
そして違うことを言った。
「その頃の俺は、年齢なのか別の理由か、ほぼ完璧に力の制御ができるようになってた。だから、ヒトの街で暮らすのも、苦労はなかった」
この先に、どんな不幸があると言うのか。
「街では『月の歌姫』が作った歌が評判になり、『歌姫』を知らなくても、その歌を知ってるってくらい人気があった」
ルナーが偶然知っていたのは、そんな風に広がった名残だろう。
「そうして平和に静かに暮らしていたところに、一枚の手配書が回ってきた」
「それって――」
「ああ。俺の手配書だ。街の人間に、すぐにその手配書に書かれているのが俺だと知られた。今は力の制御ができてるとか、街で暮らしている間何もなかったとか、そんなの、街の人間には関係ない。少しでも可能性があれば、危険なんだ――いや、同じ街で暮らしてるってだけで驚異なんだろうな」
淡々と話すトマリの表情に陰りはない。少なくとも、そう見えた。
「すぐに俺を殺せって意見が出た。街から追い出すだけじゃ足りないらしかった」
「…………」
悲しかった。何が悲しいのか解らなかったが、なぜか悲しかった。
「あとは、まるでよくある悲劇の物語みたいになった。追い詰められた俺を庇って、あいつは死んだ。俺はキレて、力を解放した。暴走じゃなかった――俺の意思で制御を手放して、破壊の限りを尽くした。気付いたら、周囲一帯が焦土と化して、生存者ゼロ」
そんなことを言いながらも平然として見えるのは、強がっているのか、本当に気にしていないのか。とても判断しづらい。
「そんで、全部忘れたくて、ヒトでいるのも嫌になって、今の体になった。ホントに全部忘れて。都合のいい話だ……そういえば、力でヒトを殺したのは、それが初めてだ。死にそうな大怪我はいくらでもあったけど……馬鹿だよな。俺も、街の人間も。手を出さなきゃ、死ぬことはなかったのに――」
自嘲してぽつりと呟いて疲れたように笑う。途中からは独り言だったようだ。
「トマリ……なんで笑うんだ?」
何気なく尋ねると、トマリはぴたりと無表情になった。
「無理して平気なふりする必要なんてないのに」
そう続けると、トマリは目を丸くして驚いた。
「な―――」
それ以上、言葉は続かなかった。