幕間 〜彼の話〜
彼には、大切なものがあった。なにものにも替え難い――もちろん、自分の命にさえ――そんな、大切なもの。
それを失ったとき、彼はヒトではなくなった。そして、それと同時に制御から解き放たれた力は、たくさんのヒトを殺し、辺りは焦土と化した。なまじ、彼に力があったことがそれを助けてしまった――幸か不幸か。
彼は失った悲しみを乗り越えられず、押し潰され、何よりも大切だったソレに逢わなければよかったとさえ思ってしまった。
故に、ソレに関する記憶ごと、生きてきた彼自身の歴史を封じてしまった。
彼の記憶は、ヒトでなくなった自身の誕生の瞬間から始まっている。
曖昧であやふやなはずの、おのれの存在理由。それを疑うことなく、彼のなかでは、自らは初めから人外の存在であると認識されている。
そして彼は、ある人物に出会う。
その人物は彼に彼自身がヒトでないこと、そして、これからもヒトにはなれないであろうと告げた。
まるで、死を宣告するかのように。
まるで、彼の存在を根源から否定するかのように。
だが、彼は気にしなかった。彼の中では、彼は最初からヒトではなかったのだから。ヒトになりたいなどと、カケラも思ったことがないのだから。
ヒトは、弱く、脆く、儚い。そんな存在にはなりたくない。それが彼の素直な心情だった。
かつて彼自身が、その弱く、脆く、儚いヒトであったことも知らず。彼はそう思ったのだった。
そしてとても近い過去。
遠く、永い時間のどこかで、彼は一人の少女に出逢った。
……彼は、ヒトから見て、自身がどう見えるのかを知っていた――異能者。ヒトにない力を持つ化け物。得体の知れない未知なるモノ。
なんと言われようと、思われようと、構わなかった。彼自身もそうであると自覚していたから。たとえ、時たま思い出したように生を厭う思いがこみ上げてこようとも。
だが、その少女は違った。
彼を――彼の力を、全く忌避することなく、普通のヒトに対するのと同じ態度で接してきた。
彼の力を畏れながらも、それを利用しようとした人間はいた。平気なふりで、聖者の面をして、力を利用しようと目論む、業腹な輩。
だが、彼女は違った。利用しようなどとは夢想だにしない本物の清らかな心の持ち主。
全てを信じられなくなっていた彼には最初、少女の存在は逆に偽善者のように――ヒトの中でも最も信用できない部類のように思えた。
時は流れ、彼の考えは変わっていった。少女の考え方、態度、感情、そして――生き方に触れて。彼自身は気付かないほどゆっくりと。だが確実に。
そして――
彼の中で、少女の存在は――少女の存在を創り、自身に出逢わせた世界は――奇跡となった。
その奇跡は、本来どこにでもあるもの。どこまでも広いこの世界で出逢うことは、それだけで奇跡――偶然という名の。どこにでもある、ありふれたもの。
しかし、彼には違った。ちっぽけな出逢いという奇跡は、例えば人間という種が死を超越するような大それた『奇跡』よりも、もっと尊く為し難い『奇跡』だった。
少女の存在は、彼自身をも変えていった。根底から。
ゆっくりと、穏やかに、時は移ろい巡ってゆく………。
変化の兆しを連れて、異分子が入り込むまでは。