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第二十七話

 トマリはベッドの傍らに椅子を持ってきて、それに座ってじっとルナーを見つめていた。

 膝の上に両肘を置き、両手の指を絡めて、その上に顎を乗せている。そんな考え込むような仕草で微動だにしない。

 火を燈したロウソクの芯が焦げる、ジジッ、という音が聞こえる以外は本当に静かな室内だった。

 トマリは時折、存在を確かめるかのように、ルナーの頬に触れたり、髪を撫でたりする。表情は冷静そのものだが、内心では恐怖と不安に狂いそうだった。

 目の前にいるはずのルナーの存在を自分は疑っている。遠い昔のように、大切な命がさらさらと砂粒の如く手からこぼれてしまうのではないかと、怯えているのだ。

 そして、恐怖と不安が限界に達すると、触れて確かめずにはいられなくなる。手のひらに確かな暖かさを感じて安堵する。

 さっきから、その繰り返しだ。

 こんなにも儚く、か弱い存在(もの)に、自分は縋っている。

「早く……目を覚ましてくれ」

 祈るように呟いた言葉は、すぐに空気に溶けて消えてしまった。

 室内をまた、沈黙が支配した。


 しばらくそうして、時間を無為に過ごしていると、近付いて来る気配を感じた。

「クルーエル、来てやったぞ。どこにいる?」

 家を歩き回るファルシコーネに、トマリは声をかける。

「寝室だ。さっさと来い」

 冷たいとも思えるその声に導かれて、ファルシコーネは白い鳥と共に寝室へと足を運ぶ。

「クルーエル、お前が『来てくれ』と言ったから私は来たんだ。少しはありがたく思ったらどうだ?」

 呆れたような口調でファルシコーネは言ったが、トマリの返事はにべもないものだった。

「『来てくれ』なんて頼んだ覚えはない。俺はただ、そいつにお前を連れて来るよう、命じただけだ」

 冷たく言い放ち、白い鳥を指差す。

「そんなことよりも、ルナーの様子を診てくれ。目が覚めたら、既にこうだった。何が原因かなんて、医者でもない俺には分からない」

 そう言いながら、一瞬だけ表情を曇らせたが、ファルシコーネは気付かなかった。

 それとは別に、トマリの様子に違和感を感じたが、特に指摘はしなかった。

「……分かった。診てみよう」

 そう言ってルナーを診察する。トマリはそちらを見もせずに白い鳥を元の紙に戻している。

「――クルーエル、彼女はなんで……」

「………?」

 ファルシコーネが何を言いたいのか解らず、トマリは首を傾げた。

「たぶん彼女は、食事と睡眠を一切摂っていな……なっ、クルーエル!?」

 ファルシコーネが言い終えるのを待たずに、トマリはキッチンに走った。

 そして、そこにあった鍋の蓋を開けた。見覚えのあるその鍋は、この家に来た日にトマリが作った料理が『無く』、『(から)』なはずだった。自分がどれだけ眠っていたのかは分からないが、それでも鍋は空になって、新しく作らなければ到底食べていけないはずなのだ。

 それなのに、鍋の中身はほとんど残っていた。違う料理を作った形跡もない。

 いつでも食べられるようにと、何度も火に掛けてあったが、その中身が減った様子はない。

 それは、つまり。

 愕然とした。いったい何を思って彼女は生きることすら放棄したのか。何が彼女にすべてを諦めさせたのか。――その答えがひとつしか思い浮かばなかったから。

 ふらつきながら寝室に戻ると、ファルシコーネが手際よくルナーの腕に針を刺すところだった。

「……何をしている?」

「このままだと、彼女は確実に衰弱死する。だから点滴で栄養を補う」

「そうすればルナーは生きるか?」

「絶対、とは言い切れないが、しないよりはずっとマシさ」

「……そうか」

 話すあいだにも作業は進む。針から繋がる細い管、さらにそれに繋がる液体の入った袋のようなもの。その袋を高い位置に固定し、作業は終わった。

 袋からは、ゆっくりと液体が管を通ってルナーの血管へと流れていく。

 その光景をぼんやりと見ながら、トマリは立ち尽くしていた。

 荒れ果てた荒野、どこまでも続く砂漠。そんな場所になんの装備もなく身一つでいるような気分だった。

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