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第二話

ガチャッ


扉を開いて、まず入ってきたのはルナー。黒いパンツに白いシャツというシンプルな装いがよく似合っている。

変わらずカツカツと足音をたてる堂々とした歩き方が様になっている。

続いて入ってきたのはいくらかおどおどした感じの女性だった。美人であるのに、何かに怯えるような挙動がそれを減じている。

大人しめの服装は普段からのものだろうか?

彼女の視線がちょうど正面――トマリを捉らえたのを見計らって、さっきとは違う、人を安心させる笑みを作って立ち上がった。

「請負屋ヘようこそ〜。さ、そこにドーゾ。ルナーリア、お茶〜」

のんびりと間延びした口調でにっこりとソファを指す。

その様子は依頼人に(このヒト、大丈夫?)と不安にさせたかも知れないが、緊張が解けることはまず間違いない。

最後の台詞(せりふ)でルナーにギロリと睨まれたが、気にしない。

トマリが薄っぺらい笑みを向けると、小さく鼻を鳴らして隣の部屋に消える。

おそらく依頼人には睨んだ顔も、鼻を鳴らしたのも見えてはいまい。

「大丈夫、リラックスして。えーと。まず、あなたの名前……の前に、僕の名前だね〜」

言いながら、机から離れ、依頼人の真正面のソファに身を沈める。

「僕はこの請負屋の、一応所長で、トマリ=クルーエル。あなたは?」

依頼人の女性は、いまだにおどおどしていたが、トマリのあまりにも気の抜けた(間の抜けた?)ゆったりとした態度に、ほんの少しだけ肩の力を抜いた様にはにかんだ。

「私……エイラ=バーンズといいます。あの、私、請負屋として有名なあなたに、どうしても頼みたいことがあって」

「……頼みたいこと? そりゃ、ここは請負屋だから、みんな依頼があって来るけどね……」

どうにも要領を得ない。何か言いにくい理由でもあるのか?

と、そこへ、隣室からトレーを持ったルナーが戻ってきた。打って変わってしずしずと、足音さえも静かだ。そんなルナーを見てトマリは冷めた目で、

(イマサラな気ぃするけどね〜?)

と、内心首を捻った。

そんな判断を下されているとも知らず、ルナーはテーブルのそばに膝をつき、ソーサーに乗せたティーカップを三脚、順に置いていく。

まずエイラの前に

「どうぞ」

と言葉を添えて。

そしてトマリの前に。最後はトマリの隣に少し間を開けて。当たり前のようにトマリの横に座るルナーに、エイラは訝しんで首を傾げる。

その様子に気付いたトマリは、へらっと笑って言葉を紡ぐ。

「バーンズさん、彼女は僕の助手で……」

「ルナーリア=エテルニタです」

ルナーが言葉を継ぐ。トマリに対するときとは違い、言葉がやわらかい。表情も、安心させるためか微笑みを浮かべている。

「主にさっきのような雑用をさせられていますが、一応肩書きは助手になります」

言葉の内容にトゲがあるのはトマリに対するあてつけだ。

視線を鋭く細めて、ちらっと盗み見るようにトマリを睨みつけるが、トマリ本人は平然とそれを受け流している。

「あ、私はエイラ=バーンズといいます。よろしくお願いします」

そう言って深くお辞儀をすると、茶色の長い髪が肩からサラサラとこぼれた。

「それで〜。さっきの、頼みたいことって一体なんなんデショ?」

エイラは一瞬言い淀んで視線を落とした。

「あの、私……最近、尾けられているんです」

「「……は?」」

あまりのことに二人は声を揃えて聞き返した。

よもやただのストーカー騒ぎか?

その様子にエイラは慌てた。

「いえっ、あの、違うんです!」

急に大きな声を上げたエイラに二人は目を丸くした。

「あ、すいません……。

でも、絶対にストーカーじゃないんです。尾けられてるといっても、人間じゃないんですから」

その言葉に、トマリの様子が一変した。眼がじわりと開き、引きずっていた眠気を完全に取り去った。表情も、へらへらと笑っていた軽薄な笑みを引っ込め、真剣な表情になった。

「人間じゃない? ……どういうことです?」

体を乗り出し、急にやる気に満ちた目を輝かせた。

こころなし声のトーンも変わった気さえする。

「……もっと詳しく話してくれませんか?」

抑揚の少ない声で、冷静さを忘れたトマリの代わりに問い掛けたのはルナーだった。いつのまにか膝の上には分厚いファイルが置かれていた。エイラが言ったことをメモするのだろう。

まっすぐ射るようなルナーの視線にややたじろぎながら続けた。

「大きな犬、みたいなんです。でも、ホントに大きくて、犬なんてもんじゃないんです。それに、耳も大きいし、牙が口に収まらないくらいだし、爪とかもカンタンに石を傷付けられるように鋭くて」

喋るうちにだんだんヒートアップしたのか、口調もくだけたものに変わりつつある。

ひとまず落ち着くためにか、または単に喋りっぱなしで喉が渇いたのか、少し冷めた紅茶に口を付け、ふ、と息をつく。

「まさにバケモノってカンジなんです。それがどこにいても振り返るとそれがいて。でも、他の人には見えないみたいで……あんなに目立って怖いアレが!!」

エイラはタガが外れたように激しく怒鳴った。目には涙さえにじんでいる。そのままの勢いで喋り続けようとするエイラを、静かな声が止めた。

「落ち着いて。とりあえず大丈夫だからさ――そんなのに追い掛けられるなんて、よく、今まで耐えてこられたね〜」

「あ――」

声をかけたのはトマリだった。思いがけない優しい癒しの言葉。意外なほどに静かな、風にも揺らがない湖の水面(みなも)ような水色の瞳。

エイラを縛る見えない恐怖の鎖はボロボロと朽ちていく。

「……最初は、相談したんです。犬みたいなバケモノがずっとついてきて怖い、って。

友達や医者や家族……でも、私以外の誰にも見えなくて。しまいには、疲れてるんだろう、とか、幻覚だ、とか。誰も信じてくれないんです。

それどころか、私を精神科の病院に入院させようとまでしたんです。それが余計につらくて」

「そうだね」

優しい、ただ受け止めるだけの言葉。だから、落ち着いて冷静に、言えないことなど無いようにすらすらと素直な言葉が出る。

「――本当にどこにでもついて来るんです。

仕事先にも、休日に出掛ける先にも。何かするわけじゃないんですけど、恐くて、恐くて……ッ!」

緑の綺麗な瞳からは静かに涙が零れていた。

「ん……なるほど。誰にも見えない、何かするわけではない、と。たしかにそれは……エイラさん、今、ソレは?」

ルナーの抑揚の無い声に、初めて気付いたような顔をする。

「え? 今は……」

エイラは辺りをキョロキョロと見回した。椅子から立ち上がり窓の外を見下ろす。

「あ――いました。この建物の外に。……? でも、いつもは建物なんか関係なくすぐそばまで近寄って来るんですけど……。?」

ルナーとトマリもエイラの横に立ち、視線を追う。

「……どこだ? 駄目だ、私には見えん」

「あぁ。あれかな? ルナー、ほら。あの黒い大きな犬みたいな」

そう言って窓の外を指してトマリはルナーにソレの存在を教えて平然としている。トマリに言われて、やっとルナーはソレに気付く。二本足で立ったら2メートルにも及ぶであろう、その巨大で、目立ちすぎるはずのソレに。

「あ、の……見えるんですか? クルーエルさんは、アレが」

「? うん。アレ、目立つからね」

トマリの言葉にエイラは息を呑んだ。

今まで誰も視ることのできなかった存在を、当たり前のように視るヒト。

信じられないものを見た、とエイラは思った。

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