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幕間 〜欠けた記憶の夢〜

 歌が聞こえる。とても懐かしい歌だ。

「……愛しい子らよ、目覚めなさい

 安寧の眠りは終わりを迎えました

 空に輝く月は、あなた達のゆりかご、あなた達をいだく(かいな)

 その月はいまや欠け、あなた達は旅立ちを迎える……」

 ふいに歌声は途絶え、意識が現実に引き戻される。

「……なにぼーっとしてるの? おーい」

 目の前で手のひらを振る彼女の顔を見てはっと気付いた。

「あ……れ? ルナーは? いま歌ってたのは………」

「いま歌ってたのは私よっ! ルナーってだーれ? 女の人の名前よね? ……どういうこと?」

 かなり怒った顔で迫り来る彼女に俺は逆にポカンとした。

「え? 誰って……あれ? ルナー、って……誰だっけ?」

「はぁ? なによそれ。あなたが言ったんでしょ?」

「あ、うん。そうだよな、俺が言ったんだよな……でも、そんな名前の奴知らないなぁ」

「もう、今夜は月が綺麗だから歌ってくれ、って、あなたが言ったんだからね? もう一回歌うから、今度はちゃんと聞いててよね、トマリ」

「ああ、わかった」

 彼女は頷いてから、もう一度歌う。彼女自身が作った歌を。『月の歌姫』と呼ばれるたった一人の大切な彼女。

 名前は……名前は何だった? まさか、有り得ない。彼女の名前を忘れるなんて。でも……。

 駄目だ。いくら考えても、浮かんで来ない。

 愕然として彼女を見る。月の光に照らされて、黒い髪と黒い瞳は輝きを増している。

 ………? 彼女の髪の色は黒だったか? 瞳の色も……。

 いや、違ったはずだ。おかしい。なんで黒に見えたんだ? 彼女の髪と瞳の色は――。

 どうしてだ。また思い出せない。いま目の前で歌っているのに。

 だが、あの歌を歌っていたのは、誰か別の人間だった気がする。それが誰だったのか……。

『トマリ……』

 ふと、呼ばれた気がして視線を上げる。だが彼女は今も歌っている。

 気のせいか?

『トマリ……目を、覚ましてくれ………』

 まただ。いったい誰が……。

 混乱して空を振り仰ぐと、ほんの少し欠けた月が視界の真ん中にぽっかりと浮かんでいた。

 そうか。そうだった。

 気付いて俺は立ち上がる。彼女がそれに気が付いて声をかけてくる。

「トマリ、どうしたの?」

「もう、行かなきゃならない」

「!!!」

 彼女は驚きに声が出ない。彼女も解ってるんだ。

 心のなかで、ごめんと謝り、俺はもう一度空を――月を振り仰ぐ。

(思い出したよ、いろんなことを)

「俺はもう、戻らなきゃ。銀扇草が枯れる前に」

 彼女は涙を流し、ただ俺を見ている。

「さよなら『月の歌姫』……もう死んでしまった、俺の記憶」

 彼女の姿はだんだんと霞んでいく。

 もう幸せな夢は終わりだ。空の月は欠けてしまったんだから。

 目覚めて、旅立つ時間だ。

 やっぱり、呼んでくれたね。ホントに、感謝してもしきれないよ。

 ありがとう、大切な銀扇草………。

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