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第二十四話

「ファルシコーネ! 助けてくれ!!」

 そう叫びながらルナーが喫茶店に飛び込んだのは、喫茶店の営業時間がとうに終わり、ファルシコーネが翌日の準備を終えて店を出ようとしていた時だった。

 トマリが倒れてから、ルナーはまずトマリをベッドに寝かせた。それから、医者であるファルシコーネに助けを求めることはすぐに思い浮かんだものの、今この時に辿り着くまでに長かった。

 まず、結界を破っていいものかどうかを悩み――結局無防備にはなるがこの場所を知る人間はいないから大丈夫だろうと結論した――、隠れ家から喫茶店までの道のりが分からなくて、手近な建物の屋根に上り、方向の見当だけは付けて探し回った。焦りから、途中何度も走る屋根から足を滑らせそうになった。

「ルナーリアさん……?」

 そんな風に辿り着いたルナーは、大分くたびれて見えた。

「どうしたんです? こんな遅くに。まあ、いつ来ていただいても大歓迎ですけどね。ひとまず中に入って落ち着いてください……さあ、どうぞ」

 驚きながらもすぐにこやかな笑顔を作り中へ招こうとするファルシコーネに、ルナーは首を振った。

「いや……そんな時間もないんだ。ファルシコーネ、あなたは医者なんだろう? トマリを助けてくれ!!」

 悲痛な声で懇願するルナーに、ほんの少し顔色を変えてファルシコーネは言った。

「……クルーエルがどうかしたんですか? もしかして怪我でも? それだったら心配はいりませんよ、あの男の体はそこらの人間よりもずっと頑丈にできているんですから」

 茶化すような言葉にもルナーはまったく反応しない。笑いもせず、怒りもしない。そんな余裕すら今のルナーにはないのだ。

 ルナーはただ首を振って否定する。

「違う……違うッ。トマリが、急に倒れて意識がないんだ! 今までこんなこと無かったし……明らかにおかしいんだ! 頼む……トマリを助けてくれッッッ!!!」

 放っておけば土下座までしそうな勢いでまくし立てるルナーに、さすがのファルシコーネも顔色を変える。

「……落ち着いてください。とにかくクルーエルを直接診なければいけません。医療用具を支度しますから、ちょっと待っていてください。いいですね?」

 ともすれば倒れそうなくらい精神を消耗しているルナーに、言い聞かせるように肩に手を置いてから、ファルシコーネは慌ただしく喫茶店の奥へと走った。

 ルナーはぼんやりとその場に突っ立っていた。


 ファルシコーネが戻ってきた時も、ルナーは変わらずただそこに立っていた。表情は精彩を欠き、思考は止まっているようだった。

 ルナーにとって、トマリが原因不明で倒れるということは、それほどまでに衝撃を与えることだった。

「さっ、行きますよ、ルナーリアさん! しっかりしてください!」

「あ、ああ……。だが、私はあそこに戻る道を知らない」

 もともとあそこはファルシコーネの持ち物だ。そのファルシコーネが道を知らないはずがないのに、ルナーはおかしなことを言った。本格的に頭が働いていないらしかった。

 ファルシコーネは不安になったが、そんなことはおくびも出さずに力強く言った。

「大丈夫です、私が知ってますよ……ところで、ここに来るのにはどうやって来たんですか?」

 聞くべき時ではない気もしたが、無理にでも会話をしなければルナーはますますおかしくなっていくように思えた。

「あ……屋根を。屋根の上を走って、上から探しながら来た……」

 ファルシコーネの体は驚きに一瞬止まった。

「は……す、すごい無茶をする人ですね、あなたは!」

 気を取り直して呆れ半分感心半分に言うが、その笑いは引きつっていた。

 ちなみに今、二人は走りながら会話を交わしている。ルナーはぼんやりしていて速度は多少落ちるが、常人よりはずっと速いスピードだし、ファルシコーネはそれを上回った速さでルナーを先導している。

 ようは二人とも異常ということだった。


 二人が隠れ家に着いた時、日付はすでに変わっていた。ルナーが月を見上げて唄っていた時間より、月はずっと西に進んでいた。

「トマリッッ!!!」

 扉を開けてすぐさま、ルナーはトマリの名を叫びながらトマリの寝ている部屋に走った。

 ベッドでは、出た時と変わらずにトマリが苦しげな顔で横になっていた。顔中に汗がにじみ、何度も苦しげに呻いた。

「ファルシコーネ……トマリを診てやってくれ」

 ルナーの顔にはつらそうな表情が浮かんでいる。

「その前に、どういう状況でこうなったんです? 前兆とかはありましたか?」

「たしか……昔のことを思い出そうとして」

「昔のこと?」

「ああ。百年以上前に作られた歌のことだ。やたらと詳しかったから、その当時を思い出していたんだと思う……」

 ファルシコーネはルナーの言葉に目を大きく開いた。その反応を見て、言うべきではなかった、と後悔したが、ファルシコーネは意外なことを言った。

「クルーエルは、あなたに自分のことを言ったんですか?!」

 つまり、ファルシコーネも知っている人間の一人ということか。

「ああ……だが、たいしたことは聞いていない。ヒトにはない能力と、不老長寿の体のこと……くらいだ」

 平然とルナーが言うと、ファルシコーネは苦笑して息をついた。

「それだけ知っていれば充分でしょう。……クルーエルが他人にそんなことを話すなんて……だから相棒にできるのか。よほど信頼しているのか――このクルーエルが」

 だが、二言目からは驚きに満ちた声だった。ルナーに聞かせる言葉ではなく、独り言のようだった。

「? ファルシコーネ?」

 ルナーの呼びかける声にはっとして顔を上げる。

「あ、ああ……すみません。それで? その歌のことや昔のことを思い出していたら急に倒れたんですか?」

「いや……急にというか、なんだか様子がおかしくなったんだ。こう、驚いたような顔をしていた。しばらくして頭痛……だったのか、痛そうに顔をしかめて、力が入らないようにして倒れた。倒れそうになる体を支える力もないみたいだった」

 その様子を思い出して、ルナーは表情を曇らせた。

「………。それだけだ。意識を失った後も魘されて苦しんでいた。夢を見ているみたいに」

 話を聞くあいだ、ファルシコーネは手首で脈を取り、熱を測りといろいろ調べていた。

「そうですか……やはり、昔を思い出したことがきっかけでしょうね。まあ、多分ですけど。彼はある時期から過去をほとんど覚えていないそうですし、それと関係があるんじゃないですか?」

「ああ、そうか……」

 ルナーが当たり前のように納得して頷いたのを見て、ファルシコーネは息を呑んだ。

 過去の記憶が無いこともトマリは話している。自分は付き合いが長く、医者という職業柄もあって聞いていたが、ルナーはまだトマリと会ってからそう時間が経っていないはずだ。なのに、トマリは……。

 ファルシコーネは信じられない思いで寝ているトマリを見つめた。

 その目つきは多少険のある、問い詰めるようなものだった。

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