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第二十二話

 そんなに長い時間闇のなかに居たわけではないが、それでも暗さに慣れた目に光は痛かった。

 何度か瞬きをして、目が慣れて改めて周囲を見る。トマリはにこにこと笑いながらある一軒の建物を指さしていた。

 それは、なんと………、

 喫茶店だった。

「…………………はぁ!?」

 それ以外言葉が出なかった。トマリは事務所を出る前に「馴染みの医者のところへ行く」と言っていたのだ。行き先を変えたとも聞いていないし、上に出る前に確かに「ファルシコーネの家の前」と言っていた。だが、今トマリが指し示しているのは、どう見ても喫茶店だった。

 ルナーでなくとも言葉を失うだろう。

「行くよ〜」

 なんの説明もなしにまたルナーの手を引くトマリ。もはや訊く気も起きなかった。


 カランカラン。扉にかかっていたベルが柔らかい音を奏でる。落ち着いた品のいい内装で、とても感じのいい店だった。

 ……ではなく。

「おい、トマリ!」

 ルナーが上げた声に店にいた客が振り向く。しまった、と思ったが、客の表情に大きな声に対する不満はなく、なぜか羨望の眼差しで見られていた。

 いや、見られているのはルナーではなく、トマリだった。

(なんでだ?)

 不思議に思ってからふと気がついた。数いる『請負屋』の中でも『トマリ』といえば、低い賃金で依頼を受けてくれるスゴ腕と、巷では評判になっていた。実際のところ、依頼料が安いのはトマリにとって『請負屋』の仕事は副業、どころか趣味でしかないからなのだが。

「…………」

 客の視線の意味が分かったのはいいが、あんまりいい気分ではなかった。

 視線を向けると、トマリはルナーの手を引いたままでカウンターの従業員に、

「マスターいるかな?」

 とにっこりと聞いていた。

 その従業員は若い女の子で、トマリに見惚れるような表情で奥に小走りに駆けていった。怪しい言動のせいで忘れがちだが、トマリの容姿は驚くほど整っている。真っ黒な烏玉ぬばたまの髪に、透明な水色の瞳。整った鼻梁に、薄めの口唇。服装はイカれているがこの際無視だ。きっと。

 さっきの女の子のように、笑いかけられたら一発で惚れることも可能なシロモノだ。

「…………」

 なんだか理不尽に感じて、何となくトマリの足を蹴ってみた。


 ――げしッ!


 なかなかすっきりする音だった。

「な、なんだよいきなり。僕なにかした? ルナー」

 怒るというよりも混乱の眼差しのトマリ。

「………べつに」

 トマリにはまったく理解できなかったが、ルナーが怒ったようにそれ以上何も言わなかったので、とりあえず黙っておいた。

 やがて、奥から一人の男が出てきた。

「お待たせしました、私が店主ですが、可愛い従業員を誑かした馬の骨はいったいどこのどなたでしょう?」

 出ていきなり物凄い台詞だった。

 ルナーは奇妙なモノを見るようにその男を見つめていたが、トマリの反応は慣れたものだった。

「ファルシコーネ、久しぶり。相変わらずだね」

 どうやらずっとこうらしい。

 だがルナーは、その男がファルシコーネだということに気を取られた。

「おい、トマリ。ファルシコーネは医者じゃなかったのか?」

 袖を引いて小さな声で聞くと、トマリは頷いて、同じように小さな声で答えた。

「医者だよ。でも、表の仕事はこっちなんだ」

 つまり闇医者ということか。なるほどトマリの知り合いらしい。

 その時初めて男はルナーの存在に気付いたかのように視線を向け、ほんの少し目を瞠ると、じっとルナーを見つめた。

「ファルシコーネ。いきなりで悪いんだけど、しばらくお前の……」

「綺麗だ……」

 トマリの言葉などまるで耳に入っていないように男はルナーを見ている。

「………はあ?」

 ルナーはますます奇妙なモノを見る目つきになったが、相手は気にしていない。

「初めまして、美しい方。私の名前はリュマ・ファルシコーネ。以後、末永くお見知りおきを……ところで、お名前は?」

 トマリとタメを張れるくらい整った顔をにっこりと笑みの形にする。

「は、はあ……。ルナーリア=エテルニタです」

 だが、ルナーにはなんの感慨も与えられなかった。普段から顔のいい男はトマリで慣れているし、もう目の前の男は奇妙なモノとして刷り込まれてしまっていた。

 たしかに、薄茶色の長い髪はきれいだし、スミレ色の瞳は人を惹きつけるだろう。

 女の子によくもてそうな、ルナーから見れば要するに優男だった。身長はトマリやルナーよりも高く、痩せすぎなわけでもなかったが、醸し出す雰囲気がそんな感じだ。

「ルナーリアさん! 可憐なお名前です。あなたによく似合っている……」

「はあ……どうも」

 ルナーがたじろぎながらなんとか返事をしていると、やっと助け船が来た。

「あのさ、ファルシコーネ。僕たち用があって来たんだけど」

 さすがのトマリも呆れ口調だ。だが、ファルシコーネは気にせず、というか不満げな顔で文句を言った。

「クルーエル、人が女性を口説こうとしているというのに邪魔するとは、無粋じゃないか」

 だがそこまで言うと、いきなり表情を反転させてにやっと笑った。

「それとも、自分の女に手を出すなと言いたいのか?」

 トマリは軽く目を瞠り、

「な………にを言ってるんだ、お前は。あまりにも予想外のことを言われたから、反応できなかったじゃないか。ルナーは僕の相棒だよ」

 だが、すぐさま言い返した。

 ルナーは今のファルシコーネの言葉が理解できずに目を丸くしている。

「相棒? って請負屋の? お前、こんな美しい女性ひとにそんな仕事をさせているのか。

というか、こんなに美しい女性がすぐそばで寝食を共にしていながら手も出さないなんて、逆に失礼だぞ」

 ファルシコーネはルナーには到底理解できない理屈で反論した。

「それはお前がそう考えているだけで、世の女性すべてに当てはまるわけじゃないだろ? ルナーを混乱させないでくれよ」

 そこまで言って、トマリは話がすっかり逸れているのに気がついた。まあ初めから逸れるとかいう以前の問題だったが。

「……そうだ。用事があってきたんだよ、ファルシコーネ。ええと、これからしばらく、お前の隠れ家を貸してくれないか?」

「………ふん? 何か事情があるみたいだな、クルーエル」

「当たり前だろ。でなきゃこんなところまで来ないよ」

「ご挨拶だな。まあいい、自由に使え。美人に免じてタダで貸してやろう。ルナーリアさんに感謝しろ」

 その言葉にトマリは笑った。

「いつも感謝しきれないくらい感謝してるんだけどね。これ以上増やされたら追いつかないよ」

「女性に借りを作るとは。信じられんやつだ」

「はいはい。ルナー、行くよ」

 奥の壁に掛かっていた鍵を勝手に取り、さっさと行こうとするトマリ。ルナーは慌ててついて行こうとして、ふと気がついて振り返った。

「ええと、すまない、ファルシコーネ。感謝する」

「いいえ。美しい女性のためとあらば、なんでもありませんよ、ルナーリアさん」

 そう言って笑った。作り笑顔じゃない笑顔は、好感が持てそうだった。

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