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第十八話

今更ですが、「幕間 〜銀扇草〜」のネタバレを少しやる気になりました。銀扇草ってなにさ? と思う方は後書きをご覧ください。知ってる方ももちろんいるとは思いますが、一応……。知りたくないな〜、って方は絶対に後書きは読まないでください。大したこと書いてませんけど。

 不吉な負の感情の持ち主は言う。

「どうだ? 私の送った人形たちは。なかなか凝った趣向だったろう? 依頼人が殺人人形に化けるのはスリルがあって面白かっただろう……特に、優しい優しいお嬢様にはな」

「………!! レングラート、お前――」

 睨み付けると、エイラは――エイラの口を借りる誰かは――愉しげにクスリと嗤った。

「ほうほう……やはり私の名に辿り着いたか。さすがクルーエルだ。存外早かったがな」

 ククク……、と喉を鳴らして嗤う様は、体だけとはいえ、ここにいるのがエイラだとは思えなかった。

「………。なぜ、また僕たちに手を出す? てっきり、もうあれで懲りたと思ったんだけどな」

 わずかな理性をかき集めて平静を装って、不敵に笑ってみせる。動揺の波は多大な努力によって次第に静かになっていく。

「……ふん。お館様はお怒りだ。一介の『たんなる』請負屋に、最も優秀だったお嬢様を奪われたのだからな」

「―――!! やっぱり、『あの人』に雇われたのか………!」

 苦々しく口にして、ハッと何かに気付いたようにルナーの部屋へ続くドアを見る。

 そのまま心に浮かんだまじないの言葉を舌に乗せる。

「開くことを拒絶せよ。音は、こちらから扉をくぐることは許さぬ。あちらから扉をくぐることは許そう。我の許しなく開く事なかれ――!」

 不可視の力は鎖となって扉や壁に絡まり付く。扉は完全に封じられた。

 ディランはそれを見てまた嗤う。

「……お優しいことだな、クルーエル。お館様の話を、お嬢様に聞かせたくないのか。……過保護が過ぎるのではないか? お嬢様はあの方が手ずから育てた優秀な暗殺者アサシン。多少のことでは心揺らがぬよ」

「……ルナーリアは普通の女の子だ。刷り込まれた恐怖に怯えもする」

「ク、ククク……ハハハハハッ! なんだと!? 『普通の女の子』だと? 異な事を言う。何人もの人間を無表情のままに殺せる、あの娘がか?」

 ひとしきり嗤った後、打って変わって不満げに毒を吐く。

「……入れ込んだものだな、クルーエル。それに腑抜けた。昔のお前を知る者が今のお前を見たらなんと言うだろうなあ……なぁ? 『心持たぬ魔物』よ。残念だ……お前に会いたくてわざわざこうして私みずから精神だけなりとも出向いたというのに。『本当のお前』を見せておくれ。触れただけで殺されそうな鋭い殺気を放つお前を……」

 トマリは無表情にそれに応じる。

「お前が知っている昔も、『本当』ではないさ。僕の『本当』を知る人間なんて、この世にはいやしない。……僕にまみえて生きていれらたからって、思い上がるなよ? レングラート。お前が特別なんじゃない。あのが殺すなと言ったから殺さなかっただけだ」

「………ふっ。いるではないか、昔のお前が。その顔、その声、その言葉……片鱗が見えるではないか」

 ディランは、顔を恐怖に引きつらせながらも嬉しそうに言う。

「やはり、お前は変わらぬ……変われぬよ。心を初めから持たぬ魔物が、どうしてヒトになれようか? なぜ請負屋などやっている? しょせん光のもとに生きられぬと知りながら」

「だまれッッッ!!!」

 トマリの一喝はディランの続けようとした声を簡単に引き裂いた。しかし、もう放たれた言葉は……そして、想像してしまった続きの言葉は、心のなかにこびり付いた。

 ディランは目を細めて、苦渋に顔を歪ませるトマリを愉しそうに見つめる。

「おお、怖い。いいことを教えよう、クルーエル……すぐに平穏は破られる。私はお館様に望んで斥候のお役目を言いつかった。この私がお館様に告げれば、すぐに他の者も動くであろう……お館様の、最も優秀で従順な暗殺者アサシン――たった一人の、血を継ぐ孫娘を奪い返すために」

「………くっ!」

「ククク……。こうして、苦しむお前を見るのは愉しいな……ああ、そうそう。クルーエル、この人形のなかには、もう私の力は残っていないから、私が帰ったら次第に朽ちていくだろうけど、よろしく頼むよ」

 ピク、とトマリの肩が揺れる。

「……なに? 人形だと? まさか、エイラ=バーンズは……」

 言葉に詰まり、愕然とする。

「おや、気付いていなかったのか。よく気配を探ればすぐに分かるであろう? この人形はな、お前の住処を護る結界を内から壊す鍵だったのさ。油断して結界を解いてくれたから、やすやす入り込めた。あとは合図を送れば私の刻んだ命令を遵守する……そういう仕掛けだった」

「合図……? あの、笛のような音か」

「ご名答♪ ふふ、またらしくない失態を犯すものだ……やはり、お嬢様に毒されたか? だとしたら、よほど『あの』お嬢様も人間らしくなったのであろうな」

 禍々しく嗤うディランを見て、トマリは舌を噛みたくなった。

 まったくディランの言うとおりだ。なんて自分らしくない失態。昔の自分は何者にも心を許さず、油断などしなかったというのに。人間のなかで人間らしい生活をして、やはり刃は鈍ってしまったようだ。

「ただの殺人人形であったお嬢様が、かのクルーエルを魔物から人間へと貶めてしまった……まるで喜劇ファルスだ。くだらん。クルーエルよ、なぜ殺人人形などにほだされた?」

 トマリはうつむいて答えない。静かに、肩をふるわせている。

「……クルーエル?」

 トマリはゆっくりと眼を上げて、ディランを睨む。瞳には烈火のごとく荒れ狂う怒り。

「もう、口を開くな、レングラート。二度……二度だ。お前はルナーリアを二度も『殺人人形』と呼んだ。三度目はない。さっさと失せるがいい」

 人形を通して、その視線、その殺気を感じ取ったのか、ディランは表情をめまぐるしく変える。

 そして、逃げ道を探してやっと口を開く。

「は、ははっ。な、何とでも言うがいい! 脅されても私の本体はここにはないのだ。私はかけらも傷付かぬ。傷付くのはこの哀れな人形だけだ! 私がお嬢様をなんと呼ぼうと勝手なこと。今はどうか知らぬが、私の知るお嬢様は、確かに『殺人人形』でしかなかったのだからな!」

「三度目だ……」

 低く呟いて、静かにエイラの手を取る。

 そして、告げる。

「三度目はないと、確かに『俺』は忠告したぞ。ルナーリアを『殺人人形』と呼ぶなと。それを無視したのはお前だ……」

 確かに激しい怒りを宿しているのに、だんだんとその瞳は静かに冷たくなってゆく。その水色は、淡く燐光を放ち、見る者の心を絶対零度の恐怖へといざなう。

「これが、お前の作った人形ならば、これに力を注げば創り主のお前まで届けてくれるだろう……『人形』などという、望まぬ生を受けて、存分にお前を恨んでいるだろうからな。きっと、喜んでお前を害す手伝いをしてくれるだろう……なあ? エイラ……」

 冷たく光る瞳で、つい昨日まで緑に輝いていたエイラの瞳を、吐く息が触れるほどの間近に見据える。

「ヒ、ヒィ……ッ!」

 心臓に直接氷をあてられたような恐怖を感じて、ディランは逃げの一手を決め込む。

 途端に、エイラの体は力を失って前のめりに倒れる。

 それを支え、そっとソファに寝かせ、光なく開いていた目を閉じてやる。

 死体のように熱のない静かな表情を見つめ、トマリはやり切れない溜め息をつく。

 ついさっき、エイラを『人形』呼ばわりした自己嫌悪の念が渦巻く。

 真に人形であるのは自分なのに………。

 窓の外の晴れ渡った空と反対に、トマリの心のなかは分厚い雲に覆われた、暗い曇天だった。

まあ、大したことはないんですけど、ホントに。銀扇草を和伊辞典で調べてみれば分かります。銀扇草……lunariaです。鉱物だと、ムーンストーン、月長石ですが、植物だとルナリア、ギンセンソウを指します。もうお分かりですよね。発音はもちろんルナーリアです。納得していただければ幸い。しなかった方、がっかりな方、すみません……。ではまた。

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