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第十七話

 ソファのそばにしゃがんで声をかける。

「エイラさん……エイラさん? 起きてください、エイラさんっ」

 声をかけても肩を揺さぶっても、一向に目覚める気配を見せないエイラ。

「………。っかしいなぁ。昨日の術の影響かな? 眠り続けるような力は使ってないんだけどな……。エイラさーん?」

 それから何度か声をかけてみたが、やはり結果は同じだった。

「やっぱ、自然じゃないよね、コレ。………仕方ないか」

 呟いて、本当に『仕方ない』という風に、しゃがんでいた体を「よっ」と年寄りくさく立ち上がらせる。

 そして、自分の執務机に向かう。

 一番下の引き出しを開けると、中には様々な物が入っていた。

 何十という指輪の入った箱。不吉な印象の人形ヒトガタ。完璧に球形に磨かれた水晶。複雑な文字や文様の書かれた東洋のふだ。札に近い、西洋式のタロット。狂うことのない羅針盤。式神と成るための形を刻まれた特殊な紙。神秘的に輝くペンデュラム。原石のまま、磨かれたことの無い鉱石や宝石の数々。聖別された銀のナイフ。

 ほかにも、ありとあらゆる術の媒介になるものが入っていた。西洋東洋を問わず、時代も問わない、実に雑多な印象を受ける引き出しだ。

 トマリの机には、仕事に関わる書類など入っていない。そんなものはルナーがすべて請け負っているし、それ以前は書類自体がなかった。全くやる気のない経営態度だった。

 代わりに入っているのは、前述したような魔術に関するものや、趣味に関するもの。そして銃の手入れの道具などだ。せっかくの高価な執務机が泣きそうな使い方だ。

 その魔術具の入った引き出しのなかから、さんざん悩んで取り出したのは、どこにでもありそうな石のカケラ。

 だが、よく見るとその石はいくつもの色を持っていた。それは、磨かれてこそいないが、れっきとした魔石と呼ばれる特殊な石だった。

 手のひらに包めるくらいのその石を持って、トマリは再びソファに歩み寄る。

 ちょうどエイラの横顔が正面に見える位置にしゃがみ込み、エイラの額の上に魔石をかざす。

 すると、魔石が何かに反応したように、ぼんやりと光りだした。

 それを見て、トマリはため息をついた。

「やっぱり、エイラさんの体のなかに力の残滓がある……」

 おそらく、エイラの体に残った力のせいで彼女は眠り続けているのだろう。体内にある異物に対する拒否反応のようなものだろうか。

 薄く光る魔石を、今度は直接エイラの額に乗せる。魔石はさらに強く光った。

 次に、懐から小壜(こびん)を取り出した。透明なその入れ物にはせいぜい5ミリリットルくらいしか入らないだろう。


 ――キュポンッ


 コミカルな音をたてて、フタを開ける。その中身を魔石の上からかける。ぱしゃぱしゃ、と壜から出てきたのは、やはり透明な――見た目はなんの変哲も無い水だった。

 水は、魔石を濡らし、さらにエイラの額を濡らす。

 それを確認してから、トマリは低く呟き始めた。

「――意思なき力よ。ヒトの体に拒絶されし、哀れなマナよ。我は汝に相応しき拠り所を与える者なり。聖なる水を通し、力を持った魔の石に宿れ。そして、一時(いっとき)の仮宿としたヒトの体を、眠りの呪縛から解放せよ」

 エイラの体から魔石へと流れる力を感じる。完全に魔石に力が移ると、魔石からは輝きが失われた。魔石の近くにはもう力が無いという証だ。

 ホッと安堵の息をもらすも束の間、異変は次の瞬間起こった。

 エイラが急に目を開き、ムクリと起き上がった。そこまではよかったが、そのエイラの様子がおかしかった。

 目は虚ろで、表情が無い。昨日の再現のようだ。

「エイラさん!?」

 ぎょっとするトマリにエイラは顔を向ける。まるで人形がムリヤリ体を動かされたように。

 そして、口の端を歪め、ニタリと笑った。

「―――!」

 息を呑むトマリに向かって、エイラは口を開いた。

「……久しぶりだな、トマリ=クルーエル」

 そう発せられた声は、確かにエイラのものだっただが、本来の明るい声と同じものとは思えない程に低く、負の感情に彩られていた。

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