第十話
またまた遅くなりました……。すみませんでした……。ちなみに、銃や術に関しては、何か資料を見たりしたわけではありませんので、「これ、おかしくない?」てなことがありましても、心の中に秘めておいて下さい。
トマリは服を着替えるようにまったくの別人になった。口調も性格も考え方から何から全てがまさに替わる。
それは、普段トマリが『自分』を隠しているからでもあり、確固たる『自分』を見失っているからでもあった。
(……出た)
ルナーは窓枠に肘をついて下の様子を眺めていた。変貌したトマリを見つめ、溜め息をついた。
「月の光を浴びて力を増したか。結界にも接触できそうだな……オマエのご主人様は誰だ? なかなか力があるが、こんなモノ、何も知らない素人にしか効かない。怖がらせるだけのハリボテだ。……それでも視える人間は限られてるな。オマエは俺のトコに最初から来たかったのか……そのために作られたのか?」
立て続けに喋り続ける。繋がっていないような言葉でも、トマリのなかでは一本の糸だ。
「だが、それだと腑に落ちないな。分かっていて来たんなら、これじゃ弱すぎる。何か他に考えが……?」
トマリ自身、喋ることで考えをまとめているらしく、次から次へと言葉が溢れてはこぼれる。
「ふむ……まあいい。とりあえずオマエの相手をしてやる。使い魔として生まれてきた意味を俺が作ってやるよ」
口は笑みの形に歪んでいたが、眼はどこか哀しそうな色をしていた。
トマリの言葉に応えるように、使い魔は唸りを上げた。身体を低くして足に力を込めた。いつでも飛び掛かれるように。
「ハッ! そうだ、かかって来いよ」
吐き捨てるように笑い、トマリは懐に無造作に手を突っ込んだ。……と、思ったら、すでに銃は手に握られている。
あまり大きくないリボルバータイプの短銃。ゆっくり引き金を引いていく。
ガチンという音を静かな夜に響かせて、銃口は使い魔の足を狙う。
キリキリと使い魔を捉えつづける銃口。鋭く眼を細めて、トマリは低く呟く。瞳はますます輝きを増す。満月の恩寵は、トマリにも同様に降り注いでいた。
「無機なる物に、古の力を与えよ。生なき者に、生ある者と同様の傷を与えよ」
つまりは、使い魔は生きてないけど、生き物と同じようにダメージがいきますように、ということなのだった。
普通の弾丸では物理的なダメ−ジは与えられない。弾丸と使い魔の存在にはズレがあるからだ。だから呪文によって力を付加し、弾丸の存在をずらす。
形式がかった呪文を唱えているが、ようは集中とイメージ。本当は必要ないが、トマリは少しでも効果を上げるために、あとは気持ち的にあった方がいいと思って唱えている。
――パァンッ!
空気をズタズタに引き裂くような破裂音が辺りに響き、使い魔の左の前足の付け根あたりが弾けた。
「ギィィイイイッ!」
生き物とは到底思えない叫び声が耳の鼓膜を激しく揺らす。皮肉にも、傷口から溢れた血液は、人間や他の生き物のように赤黒かった。熱を持たないソレは石を敷きつめた地面を不吉に染め上げていく。
それでもまだ、裂けた瞳孔は爛々(らんらん)と輝いてトマリを睨んでいる。
そして、一瞬ぐっと足に力を最大限に込めたかと思うと、次の瞬間にはトマリに飛びかかった。
「ガァアアアッ!」
大きく口を開き、トマリの喉を食い破ろうと迫る。それを、下から腹を蹴り上げて防ぐ。
「――くっ、いきなり弾丸喰らっといて、今更なんなんだ? 弱いのか強いのか分からんな……」
トマリは怪訝な声で吹き飛ばした使い魔をうかがった。
使い魔は地面に伏せて苦しげに呻いている。
と、どこからか細く高い笛のような音が響いた。すると、使い魔はそれを聞いて力を取り戻したように、むくりと起き上がった。
「なんでだ……今の笛の音か? さっきの攻撃が効いてない……?」
しかし、いまだに傷口からは血が溢れ、ビシャビシャと零れて地面を汚している。
「――なら、もう一発だ!」
また引き金を引きながら、さっきと同じ言葉を素早く唱える。
使い魔をキッと睨み付け、今度は急所――心臓に当たる部分を狙う。自然に生まれた生物ではない使い魔に心臓があるかどうかは分からないが。
使い魔はとくに避けようとする動きを見せない。
「………? まあ、いい。今度こそ――」
そのとき、地面から数メートル高い場所からか細い声が聞こえた気がした。
「―――ッ!」
銃口は使い魔を捉えたまま、ばっと上を振り向く。
「……ルナー?」
「――ァアッ!」
……確かに聞こえた。よく聞き慣れた低めの綺麗なルナーの声。だが今は、声は苦しげに歪み、小さな悲鳴となってしか聞こえない。
その声を聞き、トマリのなかに閃光が駆け抜けた。閃光はやがて紫電となり、トマリの体すべてを麻痺させた。
「――そうか」
しばしの硬直を経て、トマリは小さく呟いた。
「……オマエは囮だったんだな。本命は別にいる……今、ルナーを苦しめている何かが」
導かれた解を口に出して確認すると、トマリは助走もなく、決して届かない高さにあるはずの窓に向かって跳躍した。