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旅の途中に故郷を思う

作者: 有未

 一生懸命、生きて来たのにな。


 そんな独り言。ぽつぽつ、降り始めの雨のように始まる私の心の言葉。


 この先に、幸せが待っていてくれるかも。まだまだ、旅は続いて行くのだし。小説家になる夢も叶えていないし。おいしい紅茶、面白い漫画や小説、観ていないアニメ。楽しみだって、沢山あるんだ。そう、思ってずっと歩いて来た。


 でも、ふと振り返った時に、どうしようもないさびしさが込み上げる。まだ父と沢山のことをお話したかったなとか、あの時の恋を手離したくなかったなとか、げんきに働いていた自分はどこに行ってしまったのかなとか。もう考えてもどうしようもないことを考える。つらいという感情とは少し違う。ただ、もう取り戻せないということだけが頭の中をグルグル巡る。


 いまは幸せじゃないの?


 そんな問い掛けが心の奥底から生まれて私の目の前に出現する。幸せだよ、と思う。いまが一番、幸せかもしれない。体調を大きく崩してから現在までの間だと、いまが一番、体調が良いような気がする。相変わらず、疲れやすくはあるけれど。自分に出来ること、自分のおこないたいことを探して、歩き続けている。時々、休みながら。紅茶を飲んで。


 愛されていなかったわけではない。そう思えたのは、親戚が見付けて渡してくれた、一冊のアルバムがあるからだ。そこには小さい頃の私と、父と母がいた。祖父と祖母もいた。沢山の写真の中で、皆、笑っていた。私は母に抱かれていた。これが故郷だと思った。私は愛されていたのだと知った。もう、それだけで充分だ。そう、思ったのに。


 いつか帰りたい場所だったのかもしれない。小さな家。家族のいる場所。日だまりのように暖かだった所。幸せを深く自覚することもないままに幸せだった、あの頃。でも、もうその場所はない。私が帰ることの出来る場所ではなくなってしまった。


 幾つもの「もしも」が生まれて消えて行く。もしも、あの家でまだ暮らしていたら。もしも、父が生きていたら。もしも、体調を崩すことがなかったら。生まれては消えて行く「もしも」の思いが、折々に触れて私の心の中をぎゅっと掴む。そのたびごとに私は少しだけ息が苦しくなる。そんな気がする。


 私の帰る場所は、ここなんだ。そう自覚した、少し前の頃。ここに引っ越して、ここに住んで、もう長い時間が経ったのに。ここが私の帰る場所だと自覚したのは、少し前のことだった。大切なパソコン、ゲームをする為のブラウン管のテレビ、お気に入りのマグカップ。色々な私の物。お気に入りの物。でも、どれほどに持ち物を増やしても、私は少し前までお客様感が否めなかった。ここはただいまを言う場所じゃない。そう思っていた。けれど、ようやくいまの家が私に馴染んだのかもしれない。あるいは、私が家に馴染んだのか。もしくは、そういうことにしておいているのか。真実はまだ分からない。それでも、少しだけ息がしやすくなったことは事実だ。私はこの家で、この部屋で、パソコンに向かう。小説とエッセイを書く。夢の為に。自分の為に。等身大の思いの為に。ここから羽ばたいて行く為に。どこまでも続く旅を続ける為に。


 私が立ち止まり、振り返りながらもここまで歩いて来たのは、期待し、夢をみていたからだと思う。虹の根元に宝物が埋まっているという夢物語を信じていたのだと思う。いまもきっと、私はそれを信じている。そして、もしも宝物を見付けても、その後も私の旅は続いて行くのだということを分かっている。そうありたいと私は考えているのだろう。


 私を支えている、小説家になりたいという夢を、きっと私はずっと追い掛けるだろう。近くて遠い誰かに私の物語を届けることが、私の夢であり、等身大の思いであるからだ。たとえ、休みながらでも私はずっとずっと旅を続けて行く。時に、どこかに帰りたいと思いながら。紅茶を飲み、本を読み、歌を聴いて。私の旅はいつまでも続いて行く。

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― 新着の感想 ―
綴られていく言葉の一つひとつから、お気持ちがとても伝わってきました。降り始めの雨のように、という冒頭の表現もとても印象的です。 生きていくとは、遥かな旅をするようなものなのかも知れないですね。大変な…
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