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第21話 崩壊の気配(前)

 フロイエン領の東端セルリカの街。エリュシオンの大森林に最も近い街であり、ルクスリア王国の中で唯一、亜人との交流がある街でもある。亜人たちはエリュシオンの大森林を越えた向こう側、アルティガルド山地に住んでいる。危険なエリュシオンの大森林を越えてやって来る亜人は相応の実力のある者――冒険者たちであった。


「ふうん、C級冒険者パーティーがねぇ」


「それも1週間前に冒険者登録をしたばっかの奴らしいぜ。C級に上がったのも昨日だとよ」


「1週間前!?」


 今、冒険者ギルドの酒場は大型新人の噂話で持ち切りだった。大声をあげているのは山岳族(ドワーフ)の斧戦士と森林族(エルフ)の弓使い。目立つ外見が平野族(ヒューマン)冒険者たちの目を引いている。彼らは“暁の牙”と呼ばれる亜人で構成されるA級冒険者パーティーで、エリュシオンの大森林を中心に魔物討伐をして稼いでいる猛者たちである。


「で、その仮面の鎧兜と謎の黒フードがグランドタートルを倒したって? は、信じられるわけねぇだろ! 何かインチキをしたに決まってる!」


「ほんとほんと。そんな目立つ格好の実力者がいたならもっと早くに有名になってるって~」


 狼人族(ワーウルフ)猫人族(ワーキャット)の2人組が眉唾物と笑い飛ばすと周囲の者たちも同意した。そもそもエリュシオンの大森林にC級で挑む時点で頭がおかしい。亜人のように平野人よりも身体能力が高い者たちでパーティーを組んでさえ、大森林での活動は困難なのだから。


「でもよ、それなら一昨日にグランドタートルの素材を持ち込んだのは誰なんだよ」


「それな。素材だけかっぱらったんじゃねぇのか? 幻術でも使ってよ」


 無責任な噂話が盛り上がってきたところで酒場の扉がバタンと開かれる。騒がしかったはずの冒険者たちが一斉に黙った。カツカツと床を鳴らし歩いて来る鎧兜姿の冒険者に皆が注目していた。その後ろには全身を黒フードで覆った魔術師らしき者が連れ添っている。2人とも、唯一、肌が見える顔には貴族が舞踏会で使うような銀色の仮面がつけられている。間違いなく噂の渦中にある正体不明の人物だった。


「お帰りなさい、イチノーゼさん。報告ですか?」


「ああ、クィリダーンの討伐が終わった」


「え、クィリダーン!? あの“銀羽のクィリダーン”ですか!?」


 冒険者ギルドの受付嬢は素っ頓狂な声を上げた。昨日までDランクだった謎の甲冑騎士がS級指定されていた魔物を討伐したというのだから仕方がないことである。ギルドの中は騒然となった。


 クィリダーンとは、白晶アルビノクスと呼ばれる白い結晶で羽を構成する魔物の固有名である。鳥と同様に空を飛んでいるのに鉱石のように固い羽毛、そして鉄をも切り裂く鋭い鉤爪。並みの冒険者では手も足も出ない討伐ランクA級指定の魔物アルビノクス。その変異個体に名づけされたのが“銀羽のクィリダーン”であった。


「これがクィリダーンの銀結晶羽と魔核だ」


「しょ、少々お待ちください!」


 受付嬢は差し出された証明を持って慌てて奥へ引っ込んだ。鑑定士による査定を行うためだ。カウンターでそのまま待っていた甲冑騎士に“暁の牙”の山岳族が話しかけた。


「おい兄ちゃん、C級なんだろ? クィリダーンなんてC級で倒せるどころか逃げられる相手じゃねぇ。どっかのパーティーの手柄を搔っ攫ったんじゃねぇのか?」


 このセルリカの冒険者ギルドに通う者でクィリダーンに辛酸を舐めさせられた者は多い。エリュシオンの大森林を探索するうえで鬼門でもある厄介な魔物だ。それをC級パーティーが倒せるわけがない――居合わせた冒険者の誰もがそう思っていた。


「…………」


 だが絡まれた仮面の甲冑騎士は山岳族を一瞥しただけで反応しなかった。


「おい、黙ってるってことはやましいことがあんだろ!」


 無視されたことに立腹した山岳族は、甲冑騎士の胴を後ろからその太い腕でがつんと殴りつけた。あの太い腕で殴られれば壁まで吹き飛ぶだろう、身の程を知れ――誰もがそう妄想したが、それが現実になることはなかった。


「は? え?」


 殴りつけた山岳族の腕を、後ろ手に甲冑騎士が受け止めていた。小突き程度とはいえ、あの剛腕をどうやって止めたのか。山岳族は掴まれた腕を押したり引いたりするが、そのまま動かせず無様に踏ん張るだけだった。“暁の牙”はヤバそうな奴に喧嘩を売った――そう皆が息を呑んだところに、受付嬢が足早に戻って来た。


「お、お待たせしましたイチノーゼさん。 確かにクィリダーンの銀結晶羽と魔核でした! こちら、報酬の白金貨3枚です」


「確かに。それでは」


「ああ、お待ちください!」


 甲冑騎士は報酬を受け取ると何事もなかったかのように山岳族の腕を離して立ち去ろうとする。受付嬢はそんなイチノーゼを呼び止めた。


「イチノーゼさん、アマリリスさん。パーティー“蜉蝣(メイフライ)”は、これでB級への昇級資格ありと認定されました」


 ギルドランクの昇級は自身の格付けにも繋がり様々な恩恵を受けられる。当然に受けるだろうと思われたが、その声に足を止めることもなく甲冑騎士はギルドから出て行く。


「悪いな、これ以上は興味がない」


 連れ添う黒フードも何も発言することなくその場を去って行った。残された予想外の回答に、しばらくの間、口を開ける者はその場にいなかった。




 エリュシオンの大森林は人外魔境、魔物の巣窟である。『輝聖のアルマリア』でもそういう設定になっており、物語終盤でルクスリア王国を滅ぼす魔物の氾濫(スタンピード)が発生していたことからも人間に優しくない場所であることは想像に易い。


 この厳しい環境の大森林に住まう魔物から取れる素材は希少なものが多く高値がつく。セルリカの街が栄えている理由は、この大森林に最も近い拠点であり、この街の冒険者ギルド経由で希少な素材が売られることで税収が上がるからである。駿は執務中にその情報を得ていたので一山稼げそうだとこの街へとやって来ていた。


 ただし領主自らが冒険者として活動することはジークフリートの言もあり隠す必要があった。結果、このように外見では分からなくして偽名を用いている。当初は一人で活動するつもりだったが、カタリーナに「おひとりで危険なことをなさるのを容認などできませんわ」と咎められるも、これしかないんだと説得した結果、一緒に行動することになったのである。


「ジーク様、向こうで誰かが戦っているようです」


「え? こんな森の奥で?」


 気を向けると、どしんどしんと大型の魔物が動き回り、ばきばきと木々をなぎ倒す音まで聞こえた。大森林の、特に大型の魔物は他の冒険者には荷が重い。きっと苦戦を強いられているだろう。


「援護に行こう!」


「はい!」


 駿とカタリーナは駆け出した。いよいよ現場が近づいて来ると、「きゃあっ!」という悲鳴と同時に目の前から弾き飛ばされてくる人影が見え、駿は咄嗟にそれを抱きかかえて受け止めた。


「大丈夫か! しっかりしろ!」


「ジーク様、来ます!」


 緑色の髪をした弓使いの女性。彼女は気を失っていた。そっと地面へ寝かせると駿は素早く剣を抜く。目の前に毒々しい恐竜のような巨大な顔が現れた。肌は煙を立てて溶け落ち地面をじゅうじゅうと焼いている。それが吐き出す空気だけで頭がおかしくなってしまいそうな気配だった。


「ドラゴンゾンビ……!!」


 『輝聖のアルマリア』でも凶悪な魔物として描かれていた怪物、ドラゴンゾンビ。その醜悪な姿を眼前に、駿は勝てるのかと怖気づく。しかし足元に寝かせた女性を守るのだと奮起し、その巨体へ向き合ったのだった。





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