作戦開始(3)
ヴィレミナ絨毯はシルクで出来ているため、触り心地がいい。その絨毯に包まれ、木箱の中に入る。
最初は緊張していた。だがすぐに宮殿には着かない。荷馬車に揺られ、宮殿まで向かい、そこから献上品を収める部屋まで運ばれるのだ。そして木箱に入ると、もう外の音はほぼ聞こえない。かつ暗かった。しかも適度に揺れる。そうなると緊張の維持が難しく、気づけばウトウトしてしまう。
だが。
「ハッ」として目覚めた。木箱が大きく揺れ、荷馬車から下ろされたと分かる。そこから再び緊張感が高まった。
ただし、ここからの時間も長く感じる。宮殿は相当広いようだ。いつまで経っても揺れが収まらない。それでも終わりの時がやってくる。
揺れが一切なくなり、木箱が床に置かれたと理解できた。
話し声は聞こえないが、何かがやがやしているような音は聞こえる。どうやら大商人アルベルトと宮廷管理官もしくは宮廷執事が会話をしているようだ。
もしこのまま王族が献上品を見に来てくれたら……。
心臓がドキドキとしている。外の音が聞き取りにくい分、自分の心音がやけに大きく感じてしまう。
(これではここに潜んでいると、バレてしまうのではないかしら!?)
なんて思っていたら、鼓動以外の音を感じられなくなっていた。
(いや、このドクドクしている音がうるさくて、外の音を聞き取れていないだけかもしれないわ。落ち着くのよ)
腹式呼吸を繰り返すことで、脈が落ち着いて来た。
(やっぱり物音がしない。これは……王族は現れず、献上品だけ受領となり、大商人アルベルトは帰された……?)
だが、と考える。
(そう決めつけるのは早いわ。別室で待機を命じられた可能性もあるのだから)
こうして待つことになるが、事前で秒数を数える特訓もしていたものの。上手く数えられているか自信はない。だが無音になってから一時間ぐらい経ったと思う。
(とはいえこの世界は時間にルーズ。焦っても仕方ないわ)
そこで再び呼吸が浅くなりそうだったので、腹式呼吸を繰り返す。するとやはりウトウトしてしまい……。
またも大きな揺れを感じ、目を覚ますことになる。
(私ったら、結構眠っていたと思うわ!)
とはいえ目覚めて体がだるいことも、頭が重いわけでもない。むしろその前にウトウトしたところでハッとしていたので、今回眠ることで、なんだかスッキリできていた。
(多分、昼寝をしたようなものね。献上品の納入は、ティータイムに近かったから、丁度夕方ぐらいかしら……)
それはそれとして。なぜ揺れているのかを考えることになる。
(献上品が置かれている部屋から、どこかへ運ばれていると思うわ。でも一体どこへ?)
しかも考えている間に揺れが収まるかと思ったが、それもない。
(宮殿のかなり奥深くへ移動したの? もしくは……まさかいきなり宮殿の敷地内にある王立美術館に運ばれてしまったのかしら!?)
もしそうなら作戦失敗ではあるが、切り抜ける方法は考えてある。初歩的ではあるが、適当な言い訳をして退散するつもりでいた。
(ようやく揺れが収まったわ!)
ついにいずこかの床の上に下ろされたようだ。
私が入っている木箱は蓋を開けると、四つの側面がパタンと床に倒れるようになっていた。これで中に入っているヴィレミナ絨毯を持ち上げることなく広げることができる。
(蓋を開ける気配を感じたら、いよいよ腹を括るしかないわ)
王立美術館に運ばれた場合、無念であるが、脱出プランも考えてある。
こうした覚悟を改めてしたものの。蓋が開く気配がない。これには焦ってしまう。
(まさかすぐに展示はしないからと、王立美術館の倉庫に仕舞われたりしていないわよね!?)
もしそうなら最後の手段で叫んで助けを求めるしかない。そうしないと、さすがに倉庫に閉じ込められては死活問題になる。
そんなことを考えていたら微弱な振動を感じた。
(これは……大勢が歩くことで起きている振動では!?)
次の瞬間。
パタンと音が聞こえ、頭上から光を感じる。
「アトラス王太子殿下、こちらが“盲目の乙女”の次に価値があるヴィレミナ絨毯だそうです」
「献上された“盲目の乙女”によるヴィレミナ絨毯は、実に素晴らしいものだった。あれを目利きできる者がその次にと言うのなら、間違いなく逸品であろう。広げて見せよ」
聞こえてきた声があまりにも澄んで耳通りがよく、感動しそうになるが、今はそんな場合ではなかった。
いよいよ私はヴィレミナ絨毯から転がり出ることになる。しかもこの場にいるのは王族! 王太子だ!
(いきなり国王陛下はプレッシャーだと思う。それはさながら新人が入社初日で社長の前でプレゼンするようなもの。だが王太子なら副社長。いくばくか緊張は収まる気がするわ!)
「では広げてみましょう」
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