【感謝の番外編】寝顔と笑顔
「アトラス王太子殿下は会議が長引いておりますので、こちらでお待ちくださいとのことです」
メイドに案内されてやって来たのは……王宮にあるアトラス王太子の私室だった。通されたのは前室で、右の壁の扉は書斎に、左の壁の扉は寝室に、それぞれがつながっていると思うのだけど。
両方の扉が完全には閉まっていない。細く開いているのだ。
アトラス王太子は神経質で細かいタイプかというと、そうではないと思う。ではズボラな性格かというと、それも違う。ようは扉は中途半端に開けておいたりせず、ちゃんと閉じると思えたのだ。
(もしも左右の扉のどちらだけが開いているなら、うっかり閉め忘れだと思うわ。でも両方の扉が開いているとなると……)
私をここに案内したメイドは、扉が開いていることに気がつかなった……ことはないと思う。王宮付きの使用人はとても優秀なのだ。
(そうなると、換気でもしているのかしら?)
何となく気になり、座っているソファの右手の扉をじっと見てしまう。
その時だった。
扉の隙間の向こうで何かが動いた気がしたのだ。
(? 見間違い?)
目をぱちぱちさせ、首を傾げることになる。そして再度、右の扉をじっと見た時。何か気配を感じた。
(何というか、じっと見られているような……)
ゆっくり首を動かして、左側を見る。
視界には正面の窓から見える庭園、壁沿いに並べられている棚、そして……扉。
細く開いている扉が気になるのは……隙間には何か潜むと考える心理のせいかもしれない。
古来人間はどこかに潜む敵に怯えて生きて来た。暗がりや茂み、岩陰や物陰から突如現れた獣や敵に襲われ、命を落とす経験を積み重ねている。
そこに何かいるかもしれない。注意せよ──それが人間の本能に刷り込まれている気がした。
(とはいえ、ここはアトラス王太子の私室。寝室と書斎につながる前室で、サスペンスやホラーな事態は起きないはずよ)
そう思ったまさに直後。
パンプスを履いている足首に何かが触れたように感じ……私は絶叫することになった。
◇
「なるほど、そういうことだったのね……」
ロイヤルパープルのデイドレスのスカートの裾から出ている私の足に、突然何かが触れた。前室には私一人だったはずなので、大いに驚き、絶叫することになった。
私が叫べば当然、警備兵や使用人の皆様が驚いて飛んで来てくれる。そしてそこで謎が解ける。
「足元に触れたのはリリーさまかマドレーヌさまですね。殿下の愛猫です。私室を空ける時、殿下は二匹の猫を使用人に通常は預けます。ですが今日はお嬢様に紹介するとお聞きしていました。つまり二匹の猫を紹介するためにお嬢様を部屋に招き、それに合わせてリリーさまとマドレーヌさまも部屋に戻されていました。そしてお部屋では、二匹が自由に動き回れるように、扉は開けています。殿下はまだ会議でお嬢様が先に部屋へいらした。前室に誰かいると、猫たちは興味津々だったのだと思います」
メイドのその説明を聞いて納得だった。
私の足に触れたのは彼女の説明通り、アトラス王太子の愛猫に違いなかった!
(でも私が大声で叫んだのにビックリして、隠れてしまったのよね……)
「ところでアトラス王太子殿下は三匹の猫を飼っていると聞いていたのだけど……」
もしかして何かあったのかと尋ねると……。
「イゾルデはローグ卿が飼われています。最初はローグ卿に抱かれると大暴れだったらしいのですが、気づくとローグ卿の足元にイゾルデがいるということが多かったらしく。アトラス王太子殿下がローグ卿に世話をするように言われ……ローグ卿は殿下の愛猫を預かっていることになっています」
メイドにそんな事情を聞いていると。
「みゃおん」と何とも愛らしい鳴き声が聞こえる。
メイドが猫たちのおやつを用意したところ、前室にリリーとマドレーヌが姿を現してくれたのだ!
リリーは真っ白で瞳は碧眼。美猫だった。
マドレーヌは長毛種の血が混じっているのか。毛は長めで尻尾もふさふさ。瞳は金色で、こちらは実に可愛らしい。
そしてこの二匹、用意されたおやつを食べつつ、私のことを気にしていると分かる。
「リリー、マドレーヌ、初めまして! 私はアトラス王太子の婚約者になったマリナよ。仲良くしてくれる?」
しゃがんで手を二匹の視線より下の位置で差し出すと、共に近づき匂いを嗅ぐ。
「みゃあ」「にゃあ」
二匹は何だが「分かったよ、友達になろう」と言ってくれている気がする。
そこからはゆっくりリリーとマドレーヌと距離を縮めることができた。つまり撫でることを許してくれて、私の手で戯れてくれる。さらにソファに座る私の膝の上で丸くなり、二匹はウトウトし始めたのだ。
「か、可愛い……」
すっかり癒された私も欠伸が出る。その結果……。
とてもぽかぽかとして幸せに満たされた状態で目が覚める。つまりはスヤスヤ眠るリリーとマドレーヌと一緒に私も昼寝を……。
そこで気がつく、誰かに腕枕をされていると。ソファに座っているわけではなく、体が横になっていることに。さらには顔を上げるとそこに見えたのは!
サラサラのホワイトブロンドの前髪が、呼吸に合わせて微かに揺れている。その下のキリッとした眉と、閉じられた瞼から伸びる長い睫毛。少し緩んだ唇からもれる寝息……。
(なんて偏差値の高い寝顔なの!)
美貌の寝顔を見せるアトラス王太子はこの世の者とは思えない。
(これ、夢だったりしないわよね? 触れたら消えたりしない?)
そっと手を伸ばすと、ゆっくりと瞼が動き、ブルートパーズのような瞳と目が合う。
するとアトラス王太子は、らしくない言葉と表情を浮かべた。そう、頰を少し赤く染めて、視線を伏せている。
「マリナ、ダメだ。寝顔は見てはいけない!」
これには「!?」となるも、すぐに気がつく。
(寝顔を見るのはダメって……私がアトラス王太子に伝えた言葉じゃない!)
どうやら私はソファでリリーやマドレーヌと一緒に寝てしまい、そこへアトラス王太子がやって来た。あまりにも気持ちよさそうに昼寝をしているので、そのままベッドへ運び、横にしてくれたようだ。
そこでアトラス王太子はミイラ取りがミイラになる──だったのね。結局、彼も横になり、二匹と二人でお昼寝タイムになっていた。
そんな状況を理解しつつ、アトラス王太子に応じることになる。
「殿下の寝顔は世界一でハンサムです! 恥ずかしがる必要はありません!」
そう言って両手でアトラス王太子の顔を自分の方へ向けると……。
「そうか。ならば存分に見るといい」
「えっ!」
「なんなら今晩から寝室は共にするか?」
「えええっ!」
(アトラス王太子、そこは私の真似をして、照れてダメ出しじゃないんですかー!)
想定外のアトラス王太子の言動に私はたじたじになる。
「そうやって慌てるマリナは本当に可愛い」
そう言うとアトラス王太子が私を抱き寄せる。
ベッドで横になった状態でこのシチュエーションは……。
頭に血が上り、くらっと仕掛けたが。
「にゃーお」「みゃーお」
アトラス王太子がさらに私を抱きしめようとすると、彼と私の間で鳴き声がする。
「リリーとマドレーヌがいたな」
「「みゃお!」」
リリーとマドレーヌは、まるでアトラス王太子の言葉が分かるかのようで、なんだか「そうですよ!」と言っている感じがしてしまう。
「マリナが嫉妬していた美猫たちだ。可愛い寝顔だっただろう?」
「はい。とても愛らしいです! そのリリーとマドレーヌに勝てたなんて、夢みたいです!」
私の言葉にアトラス王太子はフッとあの艶めいた笑みを浮かべる。
それだけで私の心臓は、既に早鐘を打っているような状態なのに。
「マリナの寝顔は特別だ」
そう言うとアトラス王太子は……私の額にキスをしたのだ!
その瞬間、もう意識を失いそうになる。
「みゃーぉ」「にゃーぉ」
リリーとマドレーヌが自分たちにもキスをしてとばかりにアトラス王太子の顔の周りに集まる。
「こらっ、リリー、マドレーヌ! 行儀よくしているんだ」
そう言って笑うアトラス王太子は……。
勿論、彼の寝顔は眼福。
でもこうやって慈しみのある表情で優しく笑う彼が、私は一番大好きだった。
お読みいただき、ありがとうございます~
前の話がしっとりだったので
もう一話甘いお話を用意してみました!
出だしのお盆ホラー感から一転、最後は甘々♡
猫もアトラス王太子に甘えまくり、殿下モテモテ~。
お楽しみいただけましたら、評価や「いいね」でエールをいただけると嬉しいです!
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まずは一話目を試し読み、いかがでしょうか。
新しい物語の旅を、読者様と一緒に続けられたら嬉しいです。
それでは次の読書の旅へ──いってらっしゃませ☆彡





















































