【感謝の番外編】三人の美姫(?)
マリナに会いたい。
その気持ちは募るが、どうにもならない。
ただただ彼女に関する情報に触れる度に、切ない気持ちが積み重なる。
想いは深まるが、ままならないままに過ごしていた十五歳の秋。
剣術の訓練を終え、王宮へ戻ろうとした時。
「みゃー」「にゃー」「みゃおん」「にゃん」
「ダメだ、お前たち。ここはお前たちが住むような場所じゃない」
「そうだ、そうだ。まったく。母猫はどこへ行ったんだ?」
「今朝、東門で荷馬車と馬車が接触する事故があっただろう? その時、人間は巻き込まれなかったが、猫が一匹、犠牲になったらしい。もしかすると……この子猫たちの母猫だったのかもしれないな」
「なるほど……。それを聞くと可哀想だが……。おい、お前の家で飼えないのか、この子猫?」
警備兵数名が集まっている。
そこから愛らしい猫の鳴き声と共に、何とも気になる会話が聞こえてくる。
「うちは母ちゃんが猫アレルギーだから無理だよ」
「うちは犬派だからな」
「俺は独身で宿舎暮らしだ。飼えるわけがない!」
「そうだよな。みんな事情がある。……おれだって飼えても一匹だ。残りの三匹は……」
そこでわたしはローグ卿を見る。
「まさか殿下……」
「ここは王宮の敷地内だ。敷地の中にあるものは、王族のもの――そう、王太子教育で習ったのだが?」
ローグ卿は「殿下は暴君ですな。敷地にあるものはすべて王族のものだと言い出すとは」と肩をすくめる。
「ああ、わたしは暴君だからな。あの警備兵が確保した子猫。三匹はわたしのものだ」
「御意」
こうしてローグ卿は警備兵の元へ向かう。
突然、王太子付きの騎士に声をかけられ、警備兵はビックリしている。だがすぐに笑顔になり……。
とまどいながらもローグ卿が、おっかなびっくりという表情でわたしのところへ戻ってくる。その腕の中には――。
「殿下、猫は……猫はっ、おい、こら、暴れるな!」
ローグ卿の腕の中で元気よく暴れているのは、真っ白、茶トラ、そして三毛の子猫だ。三匹ともメス猫だった。
ローグ卿の腕の中から子猫を一匹ずつ受け取りながら、名前を考える。
「この白い子猫は百合のようだから、リリーにしよう。その茶トラは美味しそうな焼き菓子みたいな色だから、マドレーヌだ。三毛は一番元気で気も強そうだから、イゾルデにしよう。よし、お前たち。今日からわたしが主だ」
「殿下、名前よりもまずは湯浴びをさせましょう。さっきから黒い粒がぴょんぴょん跳ねています!」
「そうか。分かった。メイドに頼もう」
保護した子猫三匹はその後、メイドにより完璧にケアされ、蚤は排除されて毛はふわふわになった。
「殿下、報告します」
「うん、どうだった?」
警備兵が話していた朝の事故の件。ローグ卿に確認してもらっていたのだ。
「やはり母猫だったのでしょうね。真っ白な猫だったそうです。遺体は焼却炉に運ばれたそうですが、清掃員の老人が不憫に感じ、埋葬したそうです。北門のオークの木の根元に埋めたとのことでした」
「そうか……。可哀そうに」
そこで毛糸でじゃれているリリー、マドレーヌ、イゾルデに声をかける。
「お前たち、母猫のこと、恋しいだろう? いきなりの別れになって、悲しいに違いない。最期のお別れをしに行こうか?」
尋ねても反応はないと思ったが。
「にゃー」「にゃー」「にゃー」
三匹は毛糸で遊ぶのをやめ、わたしの足元に集合する。
「……言葉が分かるのか?」
「殿下、しっかりなさってください。子猫は餌でも貰えると思い、集まって来たに過ぎないのでは!?」
ローグ卿の冷静な指摘に「そうか」と応じることになる。
とにかく子猫たちを抱き上げ、北門のオークの木を目指す。
冬が近づく秋の日。日没は早い。まだ十六時を過ぎた時間だが、陽は陰り始めている。同時に気温も落ちて行くが……。子猫を三匹も抱っこしていると、とても温かい。
(ローグ卿に抱っこされていた時は、イゾルデを中心に大暴れだった。でも今はみんなおとなしいな)
湯浴びで大騒ぎした疲れが出ているのかもしれない。三匹は大人しくわたしに抱かれ、北門へと向かう。
北門のエリアは宮殿の敷地内では一番寂しい感じだ。ゴミを処理するための焼却炉がメインのようなエリアだからか。そしてこの時間、焼却炉は動いていない。
わたしとローグ卿ら護衛をする騎士たちの、カサカサと落ち葉を踏み締める音だけが聞こえていたが……。
「みゃあ」「みゃおん!」「みゃー!」
突然、三匹の猫が暴れ出し、押さえが効かない。
「どうしたんだ!?」
「殿下、カラスがあの辺りにいるので、反応したのかもしれません。子猫たちの体にはあちこちにかさぶたがありました。もしかすると過去にカラスに襲われて出来た怪我かもしれないです」
ローグ卿の説明は納得出来るものではあるが、それだけではないように思える。
「あっ!」
イゾルデを筆頭に、わたしの腕からジャンプすると、マドレーヌ、リリーと続いて地面に向け跳躍する。そして着地したと思ったら、ものすごい勢いで走って行く。
「おい、止まれ! ローグ卿、北門は閉門しているか!?」
子猫たちまで母猫のような悲劇に遭わせたくない。
「ええ、この時間は正門しか開門していません」
そこは一安心だが、これから夜を迎えるのだ。ここで見失うと、日が昇るまで見つけられないかもしれない。
(まだ冬ではないが、夜は冷え込む。母猫の体温なしで子猫たちだけでは……)
そこで慌ててわたしとローグ卿たちは走り出すが……。
三匹の子猫たちは、この辺りで一際大きな木を目掛け、一目散に走って行く。
「まさか……」
「殿下、見えますか? 木の枝で十字が作られています。そこに花輪が飾られているのですが」
「つまり母猫の墓、ということだな」
「そうです」
いつの間にかわたしもローグ卿も、走るのを止めていた。
子猫たちは母猫の墓の前で止まり、そこで悲しそうに鳴いているのだ。
(分かるのだろうか? そこに母猫が眠っていると)
母猫の眠る地面の匂い嗅ぎ、手で土を掘ろうとするのを見ると、胸にぐっと迫るものがある。
「嗅覚の鋭さは犬がダントツですが、猫の嗅覚も人間に比べればうんと鋭いと言われています。母猫の香りを……感じたのでしょう」
そうわたしに告げるローグ卿の声がくぐもって聞こえる。いつも冷静なローグ卿の鼻が詰まっているように感じるのは……。
(そういえば子猫を湯浴びさせた時、ローグ卿も手伝っていたとメイドが言っていたな。猫に興味なんてないという素振りだが、本当は……)
「リリー、マドレーヌ、イゾルデ」
三匹の子猫の名を呼ぶ。
すると不思議と三匹は鳴くのをやめ、そのつぶらな瞳をわたしに向ける。
「残念だが、お前たちの母猫は事故で亡くなってしまった。まさにそこに埋まっている。とても残念だ。母猫もお前たちを残して逝くことになり……胸が張り裂けそうなぐらい辛かったと思う」
猫が人間の言葉を分かるわけがない……とは思うものの。子猫たちの小さな耳はピンとして、わたしの言葉を聞き逃さないようにしているように思える。
「起きたことは変えられない。悲しいが受け止めるしかないんだ」
それは……子猫たちに向けている言葉であり、私自身に送る言葉でもあった。
(マリナは……帝国の第二皇子と婚約してしまった。もうわたしの手が届かない女性になってしまったのだ。諦めるしかない……)
目頭が熱くなるが、奥歯に力を入れ、込み上げる想いを呑み込む。
「リリー、マドレーヌ、イゾルデ。お前たちにはわたしがいる。わたしが守ると誓う。だから安心していい……おいで」
呼びかけると子猫たちは「みゃー」「みゃーん」「みゃぁ」とわたしのところへと集まる。小さな手と足で、懸命にこちらへと駆けて来た。
「みゃおん」
黒の子猫が姿を現わし、三匹に合流する。
警備兵が飼うことになった三匹の兄弟で、唯一のオス猫だった。墓参りをすることを知らせたので、仕事を終えた警備兵も追って来たようだ。
「よし。全員揃った。母猫の冥福を祈ろう」
リリーとマドレーヌをわたしが抱き上げ、イゾルデはローグ卿が、黒猫のロシェは警備兵が抱っこをして、母猫の冥福を祈る。
(子猫たちは母猫を失い、命の危機に瀕した。だが不幸はここまでだ。子猫たちはわたしが立派に育てよう)
暮れ始めた秋の空。
そこに輝くのは宵の明星の金星だ。
その明るい光は……まるで天に上った母猫が、子猫たちにここにいると示すかのように、一際強い煌めきを放っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
番外編はクウとレイラ姫の話で終わりにするつもりだったのですが、目覚めた瞬間、この物語がふと浮かび、「書かなきゃ」と自然に手が動きました。
お盆だからでしょうか。夢に、昔飼っていた猫が出てきてくれて――それも、この話を書こうと思った大きな理由です。
というわけで、アトラス王太子と、美姫ならぬ三匹の“美猫”との出会いのお話でした。
秋を舞台にすると、夏とはまた違った作風になります。紅葉の季節は、実りによる力強さがある反面、冬へ向かう終わりの気配も同時に感じられます。ゆえに少しだけしんみり。でも、新たな出会いと優しさに包まれる物語が生まれました~
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