【感謝の番外編】猛勉強をしたわけでは……ありませんよ?
「セントリア王国のこと、本当に帝国の方は何も知らないのですね」
王太子妃教育で王国史を担当するのは、帝国だったら考えられない女性の教師。
奴隷制が残るぐらい保守的だった帝国では、教職に女性が就くなどあり得ないこと。だが、セントリア王国は違う。
有能な人材は、男女問わず積極採用をしている。だからこそ王太子妃教育の教師にも、当たり前のように女性がいた。そんな有能な彼女に、帝国の元第二皇子の婚約者でありながら、セントリア王国の歴史を全く知らないことについて、驚かれてしまった。
(……これはもう呆れられていると思うわ。私も本当に恥ずかしい!)
というわけでここは素直に実情を激白するしかなかった。
「先生、そこは元帝国の貴族の一人として、申し訳なく、そして恥ずかしく思います。しかも皇族の婚約者でもあったのに……。帝国では『野蛮な新興国の歴史から学ぶことなど何もない!』ということで、本当にセントリア王国については、ここ十年ほどの歴史しか学んでいないんです」
「それが国の方針であるならば、一貴族がどうこうできることではありません。歴史以外のマナー、礼儀作法、ダンス、社交・外交などは完璧なのですから、セントリア王国史だけ、頑張りましょう!」
先生は有能であり、優しい。私も頑張ろうと決意し、晩餐会の後、自室へ戻ると、分厚い歴史の教科書を開いた。
今日は隣国の大使を招いての晩餐会だった。晩餐会が終わると、隣室で男性陣はお酒を片手に政治の話、夫人はお茶菓子とコーヒーで気軽なおしゃべりタイムになるが……。
実は大使の奥方は妊娠が判明している。まだ妊娠六か月ということであり、かつ大国であるセントリア王国への訪問なので、同行しているが、無理はさせたくない。ということで男性陣の談笑は続くが、女性陣は三十分ほどで解散となった。
そこで私は部屋に戻ると、一念発起で王国史の予習・復習を始めたのだ。
入浴をしてしまえば、体はリラックスして寛ぎモード。勉強どころではなくなる。特に王国史なんて、とにかく覚える必要があるのだ。つまりは暗記科目。眠い時に覚えるのは無理な話だと思う。
ということで頭にねじり鉢巻きをする勢いで、猛烈に勉強する私を見て、レニーは「お嬢様、頑張ってください!」とコーヒーを差し入れてくれる。これには「ありがとう!」で頑張るが……。
「ちょっと、晩餐会で食べ過ぎたかもしれないわ……」
広大な穀倉地帯に加え、南部には沢山の果樹園も要するセントリア王国。夏の終わりが近づいた今の季節、ぶどう、梨、りんごなどの収穫シーズンを迎えつつあった。そしてその実りは、晩餐会に反映され、副菜として、さらには美味なるデザートとなって登場。ついつい食べ過ぎてしまうのは……。
(仕方ないと思います!)
ということでレニーも入浴の準備がある程度終わっているので、控え室で待機している。コーヒーも出してもらっているし、部屋を訪ねてくる人はいないだろう。
(それならばたまにはいいわよね~♪)
前世ではソファで横になり、スマホをいじるのが食後の寛ぎタイムだった。しかしここにスマホはなく、見るのは王国の年表だが、とにかくひじ掛けにクッションを置き、仰向けで寝そべり、巻物を眺める。
(帝国より歴史が浅い……というけれど、その差は百年しかない。覚えることは帝国とほとんど変わらないと思う。というかむしろ新しい施策をいくつも実行しているセントリア王国の方が、覚えることが山ほどある気がする……!)
そんなことを思い、年表を眺めていると。姿勢も姿勢だし、気持ちも体も完全リラックス。気がつくと……。
慈しむように頭を撫でられると、なんとも心地がいい。そのまま肩や腕も撫でてくれるので、気持ちは猫となり、この素敵な手の持ち主に甘えたくなる。猫のように肩を撫でる手を掴み、そのままその甲にキスをして、満足してさらに深い眠りに入ろうとして気づく。
(……ちょっと待ってください。私、人間であり、猫ではない。今、誰が膝枕をして、撫でているの……!?)
そこで眠気は吹き飛び、目を開け、息が止まりそうになる。
こちらを覗き込むアクア色の瞳。俯き加減の顔には陰影ができ、鼻の高さとシャープな顎のラインが際立つ。ホワイトブロンドの髪がサラサラと揺れ、とろけそうな表情で微笑んでいるのは……。
(ア、アトラス王太子……!)
居眠りから目覚めた瞬間、こんな顔面偏差値が高い顔を拝めるなんて、本来眼福のはず。だがしかし。彼は私の無防備すぎる寝顔見ていたはずなのだ。
(これは猛烈に恥ずかしい事態よ!)
「殿下、ダメです! 寝顔は見ないでください!」
両手で顔を隠そうとするが、アトラス王太子はいとも簡単にその動きを封じ、こんなことを言う。
「マリナ、そんなに暴れる必要はない。君の寝顔は世界一可愛いと思う」
「……! その世界一って何ですか!? 私以外の寝顔、そんなに見たことがあるのですか!?」
「そうだな。リリー、マドレーヌ、イゾルデ。みんな可愛いが、わたしの中ではマリナが一番だ」
アトラス王太子がしれっと三人もの令嬢の名をあげ、可愛いと言った挙句、でも私が一番可愛いと言うのだけど……。
(全然嬉しくないわ! しかも三人もの令嬢の寝顔を見たことがあるなんて……!)
十歳の時に私に会い、その後、一途に片想いをしていたと思ったら。三人もの令嬢と浮気をして、しかも寝顔を見ていたなんて……。ここは盛大に頬を膨らませ、ぷいっと彼から顔を逸らす。
「……マリナ?」
問われても知らんぷりだ。
すると。
アトラス王太子は軽々と私の上半身を抱き上げ……。
「……!」
彼がソファに座った状態で、私をお姫さま抱っこしている姿勢になってしまう。整ったアトラス王太子の顔が近すぎて……。
(い、意識が飛びそうです……!)
「そんなにわたしに寝顔を見られるのが嫌なのか? わたしは将来、君の夫になるんだ。夫婦として同じベッドで休み、目覚めることになるのに」
「!」
アトラス王太子と同じベッドで休む!?
ともに目覚めることになる!?
(そんな……毎朝この美貌の顔を見て目覚めるなんて、心臓に悪い……悪いことはない。朝から目覚めが爽快になりそうだわ。というか私の寝顔を見られるリスクはあるが、アトラス王太子の寝顔を見ることも……できるのだ)
そこで想像してしまう。
彼のサラサラのホワイトブロンドの前髪。その下のキリッとした眉と、閉じられた瞼から伸びる長い睫毛を。少し緩んだ唇からもれる寝息……。
(端正な顔で眠るアトラス王太子の寝顔、それは極上に違いないわ! というか見たい。一日中眺めていたいと思う……!)
「!」
「マリナ。わたしの話、聞いているのか?」
アトラス王太子が自身の額を私の額にコツンと軽くぶつけ、拗ねたような甘え声を出す。これには完全にノックアウトさせられそうになり、歯を食いしばる。
(意識を保つためには、べ、別の話を……)
「殿下は嘘つきです! ずっと私のことが好きだったと言いながら、リリー、マドレーヌ、イゾルデという三人の令嬢と、寝顔を見る関係だったなんて。幼少期の話、みんなで昼寝をした、全員幼子だったとしても、私は嫌です! 嫉妬しています!」
私の言葉を聞いたアトラス王太子がクスッと笑う。そして「やはりそうか」とさらに笑っている!
「相変わらずマリナはこの手の話に疎いな」
「!」
「その抜けているところがまた、たまらなく愛しく感じるのだが……。わたしが飼っている三匹の美猫に嫉妬するマリナは……とても可愛い」
(なんですって! 猫ですって!)
自分の勘違いに猛烈に恥ずかしくなる。
「それにさっき、わたしの寝顔を想像したのでは? マリナが見せた表情の変化、わたしは見逃していないぞ」
「……!」
(勘違いを指摘された上に、彼の寝顔を想像し、一日中眺めたいと思っていたこともバレている……!)
「わたしの寝顔など、いくらでもマリナに見せよう。でも寝顔を見られるのはマリナだけだ。逆もしかり。マリナの寝顔はわたしだけのもの……」
甘々な声で耳元でささやかれ……。
しかも。
「お互いの寝顔を見るには、これを早く終わらせないといけない。マリナ、王国史はわたしの得意科目だ。年号も面白い語呂合わせがある。それを伝授しよう」
そんなことをアトラス王太子は言い出し、いつの間にか甘々から一転。
二人で王国史を勉強しているではないですか!
(アトラス王太子、恐るべし。自身の魅力で私に猛烈に勉強をさせてしまうのだから……!)
かくして後日、私は王国史のミニテストでは満点をとり、あの女性教師を大いに驚かすことになった。
決してアトラス王太子の寝顔を見たさに、猛勉強をしたわけでは……ありませんよ?
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