祭りの後(5)
「マリナが……アシュトン嬢は襲撃を受けた後、消息が不明であると聞いた時は……もう絶望しかない。わたしとしては、第二皇子と婚約破棄になったと知り、かつ公爵令嬢ではなくなった君を、セントリア王国に迎らえれないかとまさに考えていたのに。次の嫁入り先が決まり、しかも襲撃され、行方知らずになるなんて……あんまりだ。主に怒りの言葉をぶつけそうだった」
目の前で声を震わせる美貌のアトラス王太子を見て、私は「信じられない」とずっと脳内でリピートしていた。
お祖父様の領地へ行き、そこで子供の頃に会った少年のことなど、今、言われるまですっかり忘れていた。思い出せば、平民とは思えない表情と、美少年だったと思う。だが敵国の領地に、セントリア王国の王太子がいるなんてまず考えない。まさかあれがアトラス王太子だったなんて……と驚きしかなかった。
それ以上の衝撃はそのたった一度の出会いで、アトラス王太子が私を好きになってしまったことだ。しかも実らない初恋として終わらず、そこから十年経った今も片想いを続けていたなんて……。
(なんて一途なのだろう。彼の周りには美しい令嬢が有り余るほど寄って来たはず。それらに一切なびかなかったのだ。ただの一度の出会いと親切にされただけで、想い続けるなんて……)
それだけではない。その想いを貫くため、白い結婚を望み、レイラ姫と婚約したのだ。
「アシュトン嬢と再会出来た時は、もう夢のようだった。だが近衛騎士や警備兵もいる前で、本当の気持ちを明かすなんてできない。クールに振る舞うことになったが、理性を維持するのがどれだけ難しかったか……」
そこで視線を伏せ、頬をうっすらとローズ色に染めるアトラス王太子を見て、鼓動が激しくなってしまう。
彼が言わんとすることはよく分かる。
十年想い続けた相手が目の前に現れたのだ。しかも亡くなったと思っていたのに、生きていた。ただ、その姿は前世ベリーダンサーのような装い。胸当てに腰布という際どい服装なのだ。その姿を前に冷静に振る舞うのは……。
(アトラス王太子は強靭な精神力の持ち主ね……)
そんなふうにしみじみ感動してしまいますが。
そこではない!
アトラス王太子の想い人は、他でもない、私だった。しかも吊り橋効果を私は持ち出したが、全く関係なかったのだ。彼は幼い頃に私に一目惚れして、その想いは十年もの。昨日今日の気持ちなどではなかった。
「……ここまで話せば、わたしの気持ちが浮ついたものではないと分かってくれたのでは?」
「それは……はい。よく分かりました」
そう答えながらも、いろいろと考えてしまう。
「でも……私と婚約しても、セントリア王国の国益になるのでしょうか?」
「国益になるか? もはやそこは関係ないのでは? 王太子であるわたしの心が安定する。執務にはこれまで以上に集中できるだろう」
(そ、それは確かにそうね……。片想いで悶々とする時間は無駄……とは言わないけれど、ないに越したことないはず)
「それにアシュトン嬢が来てくれたからこそ、歴史が動くことになった。帝国は終焉を迎え、デセダリア州として、セントリア王国の一部になったのだ。国民が増え、領土も増えた。大いなる可能性が広がったのは、アシュトン嬢のおかげだ。既に国益となっている。だからこそ父上も、レイラ姫との婚約を解消し、アシュトン嬢と婚約することを認めてくれた」
(す、既に国王陛下もアトラス王太子の気持ちを知っているのね……! しかも認めてくれている……)
でも、と思ってしまい、口を開く。
「国王陛下は納得したしても、国民は……」
「反対するとは思えない。君のおかげで長きに渡る帝国との争いに終止符を打てるんだ。反対する理由が思い当たらない」
そこで言葉を切ったアトラス王太子はブルートパーズのような瞳で私をじっと見た。吸い込まれそうな瞳に、焦れるような彼の気持ちが見え隠れしている。
「余計なことは考えないでいい。国益になるのか、国民がどうなのか。それを今、君が考える必要はないと思う。それよりも一番大切なことは、君の素直な気持ちだ。わたしの想いを聞き、君はどう思っているのか。君の心を教えて欲しい」
それはまさにアトラス王太子の切なる願いだと分かった。
私が彼を好きかどうか。答えは決まっている。でもそれを伝えるのは……恥ずかしいし、それに……。
鼓動が激しく、なんだか呼吸が上手くできない。
「私は……アトラス王太子殿下のことが……好きです。でも無理ですよ……」
「……好き……なのに、無理……とは?」
アトラス王太子は喜んでいいのか、悲しむべきなのか、どうしていいか分からないという表情を、その端正な顔に浮かべている。
(とっても申し訳ないことをしている……でもこれが素直な気持ち……)
「アトラス王太子が素敵過ぎるので、好きなんですけど、無理なんです。じっと見つめられたら、息ができなくなりそう。耳元で愛の言葉を囁かれたら、失神すると思います」
言っているそばから心臓はバクバク、顔も耳も全身が熱くなっている。
(もうアトラス王太子を直視できないわ……!)
「……そんなにもわたしを好きだということなのか?」
「そ、そうです……!」
もう目を閉じ、膝の上の両手を握りしめ、叫ぶように答えると……。目を閉じていても、何だか瞼越しに届く光が弱まったように感じた。
「失神はしても構わない。でも息はちゃんとして欲しい。そして……人間、何事も慣れだ」
アトラス王太子の声が近いと思ったら、隣に座った彼にふわりと優しく抱きしめられていた。
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