祭りの後(4)
「……わたしの想いは……実ることがない、のだろうか」
端正な顔に悲し気な表情を浮かべ、アトラス王太子が私を見た。ブルートパーズのような瞳には、不安が浮かんでいる。その姿を見て私は「しまった!」と思う。
私はレイラ姫と彼の婚約解消に反対していたが、それはレイラ姫が不幸になるのを阻止したいと思ったからだ。私のせいで不幸せにはなって欲しくないと。アトラス王太子に興味がないから、婚約解消を思いとどまるように言ったわけではなかった。
「アトラス王太子殿下、あ、あの私……」
無言で彼は私をじっと見た。
その瞳から伝わる熱い想いに心臓がトクトクと高鳴ってしまう。鼓動の高まりと共に、改めてアトラス王太子の姿を見る。
サラサラのホワイトブロンドの前髪の下の、整った眉と見事なアーモンドアイ。瞳の色はアクア色で、まるで宝石のブルートパーズのように煌めいている。通った鼻筋に形のいい唇、シャープな顎のラインに、身長は高く、脚は長く。どんな衣装でも似合ってしまう、見事な細マッチョなのだ。
容姿は完璧、そしてその性格は――。
有言実行で、行動力もあり、決断力もある。大国の王太子なのだ。首都でふんぞり返り、顎で部下を動かすこともできるが、彼は自ら動くことができた。しかも気遣いができ、優しく、思いやりもある。レイラ姫の幸せを願い、水面下で動く。そんなことを王太子でありながら、当たり前にできるのはすごいことだ思う。頭の回転も速く、聡明で、賢い。状況から事態を把握できるし、記憶力も良かった。
(今更だけどアトラス王太子は、乙女ゲームのどの攻略対象より、完璧かもしれない。こんな逸材がモブとして存在しているなんて、どうかしているわ)
そして気が付くことになる。彼は鑑賞用であると。
両親と兄を助けたい一心で、アトラス王太子に協力してもらっていた。皇家とマチルダン男爵親子への盛大なざまぁ=帝国の幕引きは、私一人ではできないことで、アトラス王太子の協力は不可欠だった。当たり前のように彼と共に行動してきたが……。
その関係は戦友みたいなもの。そこに色恋沙汰の要素はない。それでも彼の言動に胸がときめくことがあったが、それは可愛らしいもの。
ではアトラス王太子と恋愛関係になる自分を想像できるかというと……。
(む、無理だわ。恋人同士や夫婦がするあれやこれやをアトラス王太子とする自分が想像できないわ。それに重要な点を見逃している)
「アトラス王太子殿下が私に対して今感じているその気持ち。それは幻かもしれません」
「……幻?」
「私と殿下は帝国の幕引きを行うため、ここまでやってきました。その道中はハラハラドキドキもあり、手に汗を握るような瞬間が、何度もあったと思います。まさに吊り橋効果みたいなものかと」
アトラス王太子はその美貌の顔に怪訝そうな表情を浮かべるが、地頭がいいのですぐに私が言わんとすることを理解してくれた。
「吊り橋でグラグラ揺れることにドキドキしているのを、一緒にいる相手への恋心と勘違いしている……ということか?」
「まさにその通りです」
するとアトラス王太子は眉をきゅっと寄せ、ゆっくり目をつむり、そして大きく息を吐く。
「……どうしてそんなことを言い出すのか理解できない」
「そんな……! レイラ姫にクウという想い人がいたように。アトラス王太子殿下にも想い人がいるんですよね!? それなのに私にプロポーズする理由は二つ。その想い人とは身分の問題でどうしても結ばれることが叶わない。次に今回の騒動で、吊り橋効果が発揮され、殿下は勘違いされている。そう思ったからです」
私の話を聞いたアトラス王太子は、形のいい自身のおでこを手で押さえるようにして唸る。
「適当に言っているのではない。アシュトン嬢なりの理論に基づいた考え、というわけか。変に説得力があり、困ってしまうな……」
そこでアトラス王太子は深々と息を吐きながら、上目遣いで私を見る。
その眼差しが実に色気があるというのか。時折、彼の仕草には妙に艶があり、男のくせにズルい!と思ってしまう……そうではなく!
「わたしは昨日今日で君を好きになったわけではない。吊り橋効果なんてものも、関係ないと思う」
「確かに昨日今日ではないかもしれませんが、去年の今頃、私と殿下は見知らぬ二人です」
私の指摘に、アトラス王太子の口元に笑みが浮かぶ。このフッと口元が笑う瞬間も、実に艶っぽい。
「アシュトン嬢、君が想うよりずっと深く、わたしは君のことが好きなのだが」
「!?」
「君が想像するより、わたしの片想いは長いということだ」
そう言うとアトラス王太子はコーヒーを飲みながら、驚きの話を始めた。
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次話は20時頃公開予定です~