祭りの後(2)
「アシュトン嬢、寛いでいるところを邪魔してしまい、申し訳ない」
ホワイトブロンドのサラサラの前髪の下の、ブルートパーズのような瞳で私を見たアトラス王太子は、まずは入浴前の訪問をお詫びしてくれる。
「お気になさらないでください。入浴の準備はまだ途中でしたので。どうぞお座りください」
濃紺のセットアップを着たアトラス王太子は「ありがとうございます。では失礼する」と部屋に入り、ソファへと腰を下ろす。すぐにメイドがコーヒーを出すと、その香りに彼が目を細める。
「ちょうど、コーヒーを飲みたいと思っていた」
「皆様との談笑中にコーヒーを頼まなかったのですか?」
「……皆、お酒好きだった。わたしもブランデーを飲んでいた」
これには「ああ」と思う。
父親もお祖父様もお酒が強かった。牢屋に入れられていた父親は、お酒を飲むのは久々。食事中も嬉しそうにワインを飲んでいた。程よく酔いも回ったところで食事の後に、男性陣で嗜好品でもあるブランデーを楽しむことになったのだろう。
「……殿下も食事中、ワインを召し上がっていましたよね。そしてブランデーを飲んだとなると……ほろ酔いですか?」
「水も一緒に飲むようにしていたからな。酔っている感覚はない。しかもミントキャンディも口にしているから、アルコール臭いこともないかと」
これを聞いた私は思わず微笑んでしまう。
「……もしや私を訪ねることにしたので、気を遣っていただいたのでしょうか?」
「それは当然だ。酔った勢いで話していると思われたくなかった。それにアルコール臭い姿で君を訪ねるなんて、できるわけがない」
アトラス王太子の律儀さは大変微笑ましい。
(でもそこまでして私の部屋に、何を話しに来たのかしら?)
そんな疑問が浮かぶ。ここはもう純粋に尋ねることになる。
「なるほど。そこまでするということは、何か重要なお話があるのですね」
「そこまでのことをしている……そんなふうには思っていない。わたしにとってアシュトン嬢は、とても大切な存在だ。まだ酒を飲む年齢ではない君に、酒臭いと思われたくない。わたしとしては当然のことをしたまでだ」
そう答えたアトラス王太子の瞳には、真摯さと一緒に何やら情熱の炎が燃えている。
そこで今さら思い出す。
(アトラス王太子は私にプロポーズしたいと思っていたのだわ!)
あまりにもいろいろなことがあり、色恋沙汰にときめいている余裕がなかった。
「最優先で話したいことはあるが、まずはお詫びをさせて欲しい」
そこでアトラス王太子が深々と頭を下げるので、ビックリしてしまう。
「ど、どうしましたか!?」
アトラス王太子は一分近く頭を下げ、私は何度も顔を上げるようお願いし、ようやく彼の瞳と目が合うことになった。
「皇宮へマチルダン男爵の私兵が押しかけることができるよう、わざと警備を手薄にしていた」
「!? そうなのですか!?」
アトラス王太子は頷き、話を続ける。
「諜報部から、マチルダン男爵が金に糸目をつけない形で人を集めていると、報告が上がって来ていた」
「そうだったのですね」
「そして皇宮の使用人の中には、マチルダン男爵の息がかかっている者がいた。マチルダン男爵令嬢は、その者を使い、まんまと父親と連絡をとっていたようだ。あれだけ念入りに動いたのに……」
(それは間違いなく、ヒロインのラッキー設定のせいね。ピンチの時にいろいろなことが、ヒロイン有利に働くから……)
「どのみち、我々は演説の方で多くの人員を割く必要があり、皇宮に多くを割り当てることはできなかった。そこでマチルダン男爵が皇宮へ娘と第二皇子を奪いにくることに目をつむり、逃亡の手助けという罪を増やしたところで捕らえる算段を立てた」
「なるほど。その計画があったので、マチルダン男爵の皇宮襲撃を聞いても、落ち着いていたのですね」
「そういうことだ。襲撃をしたマチルダン男爵がどんな逃亡計画を立てているのか、諜報部ではずっと監視を続けた」
その結果、まずマチルダン男爵が国境へ向かったと報告され、アトラス王太子はそちらへ向かうことになった。ベネディクトとマチルダン男爵令嬢が、逃亡より私への復讐を優先するとは、さすがに想像していない。そんな無謀なこと、普通はしないからだ。
「まさかアシュトン公爵一家を襲撃するとは……逃亡よりも復讐を重視するとは……そこはわたしの想像を超えていた。ゆえにアシュトン公爵令嬢を含め、君の兄君や父君が危険になる状況が起きてしまった。そのことを本当に申し訳なく思う」
そこで再びアトラス王太子が頭を下げるので、それを宥め、私は伝えることになる。
「ベネディクト第二皇子のあの粘着さは、想定不可能だと思います。通常は逃亡を最優先にすると思うので……。よってそこは気にしないでください。終わり良ければ総て良しと私は考えるので」
「アシュトン公爵令嬢……」
「もうこの件は恨みっこなしでお終いにしましょう」
アトラス王太子がブルートパーズのような瞳に情熱を込めてこちらを見るので、何だか頬が熱くて仕方ない。
「……アシュトン嬢の父君と話した」
「お父様と?」
「ああ。君にプロポーズを正式にしたいと思っていると、打ち明けた」
これには「!」と驚き、アトラス王太子は落ち着いた様子で話を続ける。
「本来の予定とは順番がかなり違っている。まさか秘密の通路で想いを伝えることになるなんて。予定外だ。その一方で、わたしとしては君と過ごす時間を持てば持つほど、気持ちが抑えられなくなっている」
サラリと口にしたアトラス王太子の言葉に、全身が一気に熱くなる。
「既に本人に気持ちは伝えているし、どのみち帰国してレイラ姫との婚約を解消したら、求婚状を送るつもりでいた。そして今回、アシュトン嬢の両親にもせっかく会えたんだ。よって君の父君に、わたしの気持ちと求婚状を送りたいと伝えたんだ」
「……お、お父様は何と言いましたか……?」
「とても驚いていた。だがすぐに冷静になり、自身に爵位がないため『王太子の婚約者に相応しい身分ではありません。それに既にしている婚約を殿下が解消してまで、娘と婚約するのは……。そんな横取りするようなやり方、娘は喜ばないと思います』と言われた」
アトラス王太子から聞かされた父親の言葉には「お父様、分かっていらっしゃる!」と叫びそうになる。まさに父親の言う通りで、私はレイラ姫とアトラス王太子の婚約を解消させるつもりなどなかった。
レイラ姫とアトラス王太子、お互いに別の想い人がいる。でも王族という立場では、その相手と結ばれることが難しい。だが王族である限り、結婚から逃げることは出来ないだろう。
幸いなことに、レイラ姫とアトラス王太子は、白い結婚になることに双方が同意している。そんなことを許してくれる相手、そうはいないはずだ。
婚約解消になったら、レイラ姫が困る。彼女を困らせるようなことはしたくなかった。
「爵位の件など些末なこと。それに君の父君は無実だった。そして帝国は消え、帝国民はすべてセントリア王国の国民になる。現状の貴族の身分は基本的には維持させるつもりだ。君の父君もアシュトン公爵に戻る」
(お父様は再び公爵になれるのね……!)
父親の名誉の回復は、大変喜ばしいことだったので、頬が喜びで緩む。
「とはいえ法律や税制が異なるんだ。調整は必要であろうし、この機会に不正をしている貴族がいないかは、調べることになる。皇家派の貴族もいるだろうし、マチルダン男爵と強いつながりを持つ貴族もいるかもしれない。そういった貴族に処分をするいい機会になるだろう」
「それがいいと思います。帝国の諸悪をセントリア王国に持ち込む必要はないと思います」
そう答えるとアトラス王太子はクスリと笑う。
「アシュトン嬢も、すぐにアシュトン公爵令嬢に戻る。そこに王太子の婚約者という肩書も加えたいのだが」
「アトラス王太子殿下。父親が公爵に戻れるのはとても嬉しいです。ですがそれはそれ。王太子の婚約者の肩書を、ほいほい受けるわけにいきません」
するとアトラス王太子は、その整った顔に驚きの表情を浮かべ、こんなことを言い出す。
「アシュトン嬢は、レイラ姫に幸せになって欲しくないのか?」と!
お読みいただき、ありがとうございます~
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続きは増量スペシャル更新
夜更かし23時頃更新でお届けいたしますー!
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また明日のお昼更新でお会いしましょう!





















































