始まり(5)
「えっ、お嬢様が絨毯に包まれ、王宮へ乗り込む!?」
一日がかりで移動し、私たちはようやく王都に到着した。
到着したその日の夜、泊まった宿の部屋で、王族と会うための私の作戦を伝えると、レニーは案の定仰天した。そして――。
「そ、そんな方法でうまく行くとは思えません」
「そんなことないわ。ヴィレミナ絨毯はセントリア王国でも人気よ。王族でさえ、その虜になっている。収集したヴィレミナ絨毯は、宮殿の敷地の一画にある王立美術館で展示しているの。直送の極上の逸品が届いたとなれば、王族の誰かが確かめにくるはず」
「で、ですが、そもそも王家への献上品は、厳格な受け取りのルールがあるはずです。帝国でもそうですよね?」
それはまさにレニーが言う通り。他国からの献上品は、各国の使節団や大使を経由して、宮殿にいる専門スタッフが、手順に則り受け取ることになる。
「ヴィレミナ絨毯の作り手として有名な“盲目の乙女”のことは知っている?」
「! 知っていますよ! 目が見えない代わりのように、他の職人では到底作れないようなヴィレミナ絨毯を生み出す女性のことですよね! 彼女の作るヴィレミナ絨毯はほぼ皇家が買い占め、市場には滅多に出回りません。世界中のヴィレミナ絨毯ファンの垂涎ものです」
「その通りよ。でもね、その彼女が作ったヴィレミナ絨毯が、公爵邸の屋敷にたった一つだけあったの」
これにはレニーが「!」となる。
「あの時持ち出した絨毯ですね!? まさか“盲目の乙女”の作品だったなんて……! 換金できるからと、お持ちになったと思っていました」
レニーが作品と言っているが、“盲目の乙女”が産み出すヴィレミナ絨毯は、もはや芸術作品と同等だった。
「そうね。持ち出した時は換金できると思っていたのよ。でもよくよく確認したら、“盲目の乙女”のサインが刺繍されていたの。独特のサインがね。それで彼女のものと分かったわ」
さすが公爵家でも、特大サイズの“盲目の乙女”の作品は手に入らなかったようだ。それは大きさにして一畳分ほどしかないが、これを手に入れるには、国家予算の数か月分に相当するお金が必要となる。
「まずは公爵邸にあった“盲目の乙女”の作品を宮廷管理官に見せるわ。本物だったらすごいことだから、宮廷管理官も、公式書類が云々より前に、すぐに鑑定を行うと思うの。鑑定結果は当然本物だから、宮廷管理官は即刻、宮廷執事に報告するはず。後は王宮付きの宮廷長官の耳にこの件が入れば、献上できることになるわ」
ルールがあっても大目に見られるケースもある。それが国宝級の美術品。“盲目の乙女”の作品はまさにそれであるため、各国の使節団や大使経由ではなくても、受け入れてもらえるのだ。それに商人としての身分証はちゃんとあるし、他にもヴィレミナ絨毯を多数持参している。ゆえに……。
「宮廷長官の受け取り許可が出たら、残りのヴィレミナ絨毯を含め、王族への献上品として受け取ってもらうの。今回手に入れたヴィレミナ絨毯は、どれも一級品よ。公爵令嬢である私が目利きしたから間違いないわ。大枚をはたくことになったけれど、これも必要経費よ」
これにはレニーが「なるほど!」と頷く。さらにこの絨毯に包まれて王族の前に登場するという作戦。私は成功すると確信していた。というのもこの方法であのクレオパトラもカエサルことユリウス・カエサルに会うことができたと言われている。それが史実かどうかは分からないが、私はそれが事実に思え、きっと成功すると思えていたのだ。
「王族の目の前で私が包まれた絨毯を広げることになるけれど……それはレニーにお願いすることになるわ。一世一代の大勝負となる。でもレニーはこれまで公爵家に仕え、様々な人物と会って来たわ。皇帝陛下に謁見する際、同席していたこともあるでしょう。だからできるはずよ」
大役をレニーに任せることに不安はある。だがもう彼女しかいないのだ。レニーが心を決めてくれないと、この作戦は上手く行かない。
「そうですね。お嬢様が絨毯に包まれるなら、それを広げる役目は私にしかできないでしょう。大商人アルベルトとしてそこは……頑張ってみます!」
アルベルトとは、レニーが男装して扮する大商人の名前だった。
「ありがとう! レニーからこの言葉を聞けて、私、とても嬉しいわ!」
心からの感謝の気持ちを込めて伝えると、レニーはこんなふうに打ち明けてくれる。
「お嬢様のここまでの行動に、迷いは一切ありませんでした。それはきっとこの作戦に自信があるからだと思います。私はお嬢様を信じ、ついて行くだけだと思いました。ですが私が果たすべき役割があるなら、やるべきです。お嬢様に頼りっぱなしではいけないですから。私も行動します!」
こんなに頼もしい言葉はないと思う。この心意気には感動し「ありがとう! 絶対に成功させましょう」と、私自身も改めて心に誓うことになる。
方針は決まり、あとは動くだけ。
翌日から早速、行動開始だった。
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