帝国祭(11)
馬車の左右の扉を蹴破ろうとしているバンッ、バンッという音が響く。さらに窓も全て割られてしまう。その割れた窓から手を伸ばし、扉の鍵を開けようとする者がいることに気付いた父親が、慌てて剣を振り下ろす。
「ぎゃあ」という悲鳴が聞こえ、血を跳び散らしながら、手が引っ込む。
「どうやら多勢に無勢のようだね、マリナ」
そう言って父親が額の汗を拭う。
「ここがまだ帝都の中心部だったら、帝都警備隊もいる。だが我々は今、帝都のはずれを馬車で走っていた。帝都警備隊もいない、墓地や川があるような何もないに等しい場所。襲撃するにはもってこ……」
まさにその時、窓があった場所から何かが飛んできた。
「マリナ、危ない!」
父親が咄嗟に庇ってくれたが、それは馬車の床に落ちると、ガシャーンと割れ、炎がぼわっと広がる。
「まさかオイルランプを投げ入れるとは!」
火を使い、馬車から私と父親を炙り出そうとしていることが伝わってくる。
「こんなひどいやり方をするなんて、まともじゃないぞ。マチルダン男爵が雇った私兵は、寄せ集めの兵というより、ならず者なのかもしれない」
「お父様、煙が……」
窓はすべて割られている。よって煙が蔓延する馬車に閉じ込められているわけではない。ただ、窓があった場所に向け、煙がどんどん流れていく。
同時に。
馬車の床はパチパチと燃えている。このまま馬車の中にいるわけにはいかなかった。
「仕方ない。父さんが先に出るから、マリナは後に続きなさい」
「でも外に出たら敵が待ち構えているかもしれないですわ、お父様」
「だがここで焼死するわけにはいかない。父さんは母さんに、なんとしてでも会いたい」
父親の言葉にハッとする。
少し前まで父親は疲れ切った表情をしていた。だが母親に……妻に会いに行くと決意することで、気力を取り戻してくれたのだ。そして今は妻に会うため、生きたいと強く願っている。そんな父親の様子を見たら、私だって思ってしまう。
(私もアトラス王太子に会いたい。まだ彼とは話が終わっていないのだから。こんなところで死ぬわけには行かないわ……!)
「お父様、馬車の外に出ましょう」
「ああ。マリナのことは父さんが必ず守る」
こうして父親と二人、慎重に馬車から降り、現状を理解することになる。
(予想はしていたけれど、こんなに敵がいるなんて……!)
ローグ卿も兄も、他の騎士も、まさに一騎当千で戦っているが、私たちは完全に取り囲まれている。もはやいきなり戦場のど真ん中にやってきてしまったかのようだ。
(マチルダン男爵は、娘とベネディクト第二皇子を救い出すため、金に糸目を付けなかったのね。これだけの私兵を集めるなんて……)
皇宮を脱出できたことにも納得せざるを得ない人数だった。
「いたぞ、お前たちだな、アシュトン元公爵とその娘」
敵はすぐに父親と私に気付き、こちらへと向かって来た。父親は私を馬車と自身の背に庇うようにして、剣を構える。
母親に……妻に会いたいと願うことで、気力は回復した父親だった。しかし肉体の疲れはまだ残っている。その状態で剣を構えているのだけど……。
自身の慣れた剣ではない。さらに体力も落ちている。もし平時であれば、父親が軽々と持てただろう剣。しかしは今は両手でグリップをしっかり握り、少し腕を震わせて構えている状況だった。
敵はならず者であっても剣の扱いには慣れ、体力はまだ残っている。なんにしろ数が多いのだ。
(これではお父様に勝ち目はないわ……)
「お父様、少しお待ちください!」
そっと父親の肩に手を触れ、私は一歩前に出る。
「ベネディクト第二皇子。私たちはこれだけの人数しかいないのに。大勢に隠れ、様子見なのかしら? やっぱりあなた、チキンね」
私はアトラス王太子や兄のように演説慣れしていないし、大声を上げることが得意と言うわけではない。それでも秘密の通路で必要となる、難曲を歌える技巧は持ち合わせている。それをうまく生かし、この状況下で、少しでも通るような声で呼びかけることにしたのだ。
ベネディクトのプライドを刺激するようなこの言葉で彼が動く。何よりも名誉を重んじる皇家の一人。彼が前に出てきたら……。
兄かローグ卿がベネディクトに一矢報いることができれば、この状況は打破できると思う。
ベネディクトは敵の総大将というわけではないが、彼が討たれれば動揺が起きる。こんなところでもたついているわけにはいかないと、寄せ集めの私兵が勝手な行動を始める可能性もあった。
(すぐに叩けると思ったけれど、ローグ卿も兄も強い。なかなか倒せず、敵だって焦り始めているはずよ。その状況で依頼人の一人が命を落とすことがあれば……混乱する)
心臓がバクバクと鼓動している。
挑発に乗らない可能性もあるのだ。もしくはこの場にベネディクトがいない懸念もあった。
だが……。
「裏切り者の悪女のくせに、この期に及んで人のことを蔑むようなことを口にして……。貴様、死にたいのか!?」
ダークブラウンの髪に翡翠色の瞳、スモークブルーのゆったりした商人のようなチュニックを着たベネディクトが、大勢の兵の間から姿を現わした。しかも殺すつもりで襲撃しているのに、今更なセリフを吐きながら。
(お兄様、ローグ卿、今がチャンスです。ベネディクト第二皇子を討ち取ってください……!)
お読みいただきありがとうございます!
絶対に続きが気になるやつですよね!
分かっています、読者様!
今日は特別にもう1話更新します!
次話は20時頃公開予定です。
お楽しみにお待ちくださいませ〜
応援もぜひよろしくお願いします☆彡





















































