帝国祭(10)
母親のいる修道院までは数時間かかる。
それだけあれば、兄と私はたっぷり、父親と再会するまでの出来事を話すことが出来た。さらには今日の演説で、皇帝陛下がどんな末路を迎えたか。それも話すことが出来たのだ。
「……そうか。帝国が無くなるのか」
しみじみと呟く父親に、申し訳ない気持ちになる。
私にとってここは、乙女ゲームの世界。帝国に強い想い入れがあるかと言うと……正直、なかった。どこか客観視してしまう。
しかし父親は違うのだ。兄や私より、この帝国で生きた時間が長く、公爵として国との関わりも深かった。こんな仕打ちを受けてもなお、アイデンティティの部分で、祖国の滅亡を悲しく感じてしまうのではないか。そんなふうに思っていると……。
「帝国は既に限界だった。今回、セントリア王国が帝国へ引導を渡してくれたが……。そうされなくとも遅かれ早かれ、帝国は滅ぶしかなかっただろう。セントリア王国の介入がなく、終焉を迎えたら、それはもう悲惨な末路を帝国民は辿ることになったはず。ゆえにそうなる前に皇帝が退位し、セントリア王国の一つの州になれるのは……むしろ幸運なことだと思う」
父親の言葉に、どうやら私の心配は杞憂で終わったことを悟る。しかも父親はこんなことも言い出した。
「国庫がすっからかんであることは、既に父さんは知っていた。その件を皇帝陛下に指摘できるのは公爵である父さんぐらいしかいない。よって何度か皇帝陛下に進言をしようとしたが……。とても煙たがられたんだ。そこからだろうね。皇帝陛下から父さんは疎まれるようになった。でもまさかこんなふうに爵位を奪われ、投獄までするとは……」
「父上、それはマチルダン男爵とその娘のせいでもあります。あの浅ましい親子の魂胆と、皇帝陛下の思惑が一致してしまったのです。悪に悪が掛け合わさり、最悪な結果を招いたのだと思います」
まさに兄の言う通りだと思った。さらに言えばそこに乙女ゲームのシナリオの進行も合致したわけで……。
(こうなることは逃れようのない運命だったのよね)
そんなことをしみじみと話すことになった時。
「マリナ、あれだろ、あの遠くに見える建物が母上のいる修道院」
兄の言葉に窓から見える景色がすっかり変わっていたことに気がつく。話に夢中になり、外の様子を全く気にしていなかった。でも兄は違う。罷免されたがそれでも元騎士団の副団長。要人警護では馬車に同乗し、周囲に気を配る。
(お兄様は父親と会話しながらも、ちゃんと外の様子を気にしていたのね)
兄の優秀さにまさに感動していると──。
「父上、伏せてください!」
叫んだ兄は私を抱きしめたまま座席に伏せた。
同時に馬のいななく声が聞こえ、馬車が大きく揺れる。しかも扉にトン、トンと音が聞こえる。
(多分これは矢が命中している音では!?)
心臓がバクバクするし、外からは怒号も聞こえる。
馬車に並走するように、ローグ卿らが護衛についてくれていた。この声は多分、ローグ卿だ。
(何が、何が起きているの︎!? まさかの敵襲!? えっ、敵って!?)
馬車は激しくガタガタ揺れ、会話など出来る状態ではない。
「!」
兄が抱きしめてくれていなかったから、座席から転げ落ちる所だった。
唐突に馬車が停まったのだ。
「殺れ、アシュトン親子を殺せ」
明確な殺意を指示する叫び声が聞こえた。
◇
「父上とマリナはこのまま馬車の中にいてください。外には絶対に出ないように」
兄はそう言うと素早く馬車から降り、父親は扉を閉ざし、鍵を掛けた。そして座席の下の方を探り、父親が手に取ったのは……剣だ。
「大丈夫だ、マリナ。父さんだって剣術は習っている。必ずマリナのことは守る」
「お父様……でも一体何者が……」
「第二皇子とマチルダン男爵親子は、私兵と共に逃げたのだろう? そして第二皇子は、マリナがアトラス王太子殿下たちを皇宮に導いたと知っているんだ。やられたらやり返すつもりでいたのでは?」
(つまり私が鉄の監獄や修道院に行くと予想を立て、見張っていたということ……? 自分たちが逃げるより、私を害することを優先したの?)
予想が外れれば、無駄足になる。それでも見張っていたこと、それは何を意味するのか?
この世界は名誉を何より重んじる。名誉を汚されたら、その回復のため、決闘を厭わない世界観なのだ。
(逃亡より、私への復讐を優先しても……おかしなことではないということね)
それに私はアトラス王太子とは別行動をしている。ローグ卿がいるが、その立場はあくまで近衛騎士隊長。王族ではないのだ。よって今、私を襲えば……セントリア王国を攻撃したことにはならない可能性が限りなく高い。しかも兄や父親のことも葬り去ることが出来たら……ベネディクト第二皇子からしたら、大万歳だろう。マチルダン男爵とヒロインもスッキリした気持ちになるはず。
そんなことを思っていると、外では罵声や叫び声が聞こえ、戦闘が行われていると分かる。
今回、ローグ卿が連れている騎士は、十名程度。護衛として本来十分なはずだが、戦闘が長引いていると言うことは、敵の数が相当多いのだろう。
その時だった。
バンッと突然大きな音がして、さらに「ぎゃあ」と悲鳴まで聞こえ、驚きで大声を出しそうになる。
御者が襲われ、馬車の扉を開けようとしている者がいると分かった。
「マリナ、こっちに!」
父親に言われ、バンッバンッ音を立てている扉から離れたその時。
バリンと音がして、馬車の窓が破壊された。そして私と父親の間を目掛けるように、石が飛んでくる。慌てて身を引き、飛んできた石を避けると……。
今度は反対側の扉からも大きな音がして、「きゃあ」と遂に悲鳴をあげてしまう。
お読みいただきありがとうございます!
続きが気になる展開ですよね!
今日は特別に早めの更新!
次話は18時頃公開予定です~
ブックマーク登録でお見逃しなく!





















































