帝国祭(8)
「貴様……」
皇帝陛下は私を睨み、そこで気がつく。
「まさかアシュトンの娘か!? 賊に襲われ死んだのでは……そうか。お前か! お前が皇宮にセントリア王国の虫けらども引き込んだのだな! この裏切り者め!」
私に掴み掛かろうとした皇帝陛下を、パシッと平手打ちしたのは、アトラス王太子だった。
「この若造!」
「彼女を侮辱する言葉は許さない。罪を増やしたくなければ口をつぐめ! 彼女こそ、あなたのせいで辛酸を舐めることになった、正真正銘、アシュトン元公爵の娘だ!」
アトラス王太子が明言することで、広場にいる帝国民からざわめきが起きる。だがそれは当然のこと。亡くなったと思われた元公爵令嬢が生きていたのだ。驚いて当然だった。しかもこの場に姿を現したのだ。辺境伯の登場同様で驚いたことだろう。
一方のアトラス王太子からは、皇帝陛下への厳しい言葉が続いている。
「彼女はあなたの圧政から帝国民を救い、自身の家族を助けるため、たった一人の侍女を連れ、セントリア王国へやって来た。彼女がいなければ、帝国は早晩滅んでいた。あなたの私利私欲のせいで、だ!」
アトラス王太子の気迫に皇帝陛下は何も言えない。
「あなたは皇帝を退いた。この帝国はその名を今日限りで捨て、セントリア王国が治めるデセダリア州として、併合する」
低い声だがドスが効いており、とても凄みがあった。両の頬を腫らした皇帝陛下は、力なく、その場に座り込んだ。
結局、皇帝は自身の言葉で幕引きする機会を失い、アトラス王太子が帝国の終焉を宣告した。
この事態を受け、帝国民の顔には不安しかない。
だがすぐにアトラス王太子は言葉を紡ぐ。
「デセダリア州として併合されるが、帝国民の住む場所や職を奪うつもりはない。セントリア王国の法が適用されるが、緩やかな移行期間を設ける。ただ、足りない食料は供給しよう。インフラを整備し、街の整備に努める。治安に力を入れ、街灯を設け、夜道の不安をなくし、野良犬による病の蔓延を食い止めよう。奴隷制を廃止し、非道な殺し合いに終止符を打つ。セントリア王国の国民が謳歌しているような、好きな時に酒を飲め、笑顔で過ごせるデセダリア州にすると誓おう」
これを聞いた帝国民はまだ半信半疑。本当なのかという顔をしているし、心配なのだろう。
「いち早く、皇帝の悪事を知り、セントリア王国による統治を必要なものと理解した四人の辺境伯。彼らはデセダリア州となっても、このままその地位を維持する。デセダリア州を守る盾として、この地にあり続けるのだ。望めば彼らの治める地に移住するがいい。君たちに移動の制限はしないつもりだ。ただし、その猶予は一年。あとは定着し、そこで生活の基盤を作るんだ。安定した生活を得ることはとても重要なこと」
辺境伯の領地に移っていいと言われると、帝国民の顔に希望の光が灯る。
「セントリア王国の首都への移住も認められるのか?」
勇気ある帝国民が声を上げた。
アトラス王太子はその問いに即答する。
「もちろん、同じく猶予は一年で、移住を認める。仕事も紹介するから、働くことが前提だ。でもそれは生きていくために必要なこと。わたしとて、働く身だ。セントリア王国では王太子も職業のひとつのようなものだ。ゆえにわたしは帝都まで出張でやって来た」
この言葉には帝国民からどっと笑いが起きる。
「こんなところまで遠征する仕事なんて、大変だ!」
帝国民のおじさんが笑いながら言うと、アトラス王太子も朗らかな笑みで応じる。
「そうだな。だがそのおかげで皆に会えた。王太子も悪くない仕事だ」
アトラス王太子のこの臨機応変な対応に、帝国民は喜び、次々と質問する者が現れる。
「セントリア王国の首都はどんな感じなのか?」
「儲かる仕事があるのか?」
「嫁は見つかるのか?」
嫁について問われたアトラス王太子は「首都では秋の収穫祭で沢山の愛の花が咲くと聞いている。そこに間に合うように、移住を希望する者は来るといい」と答え、帝国民からは拍手が起きた。それはもう、実に和気あいあいとしている。
その様子を皇帝陛下はバルコニーでへたり込んだまま聞いている。
皇帝陛下は平民とこんなふうに話したことなどないはずだ。他国の王太子と打ち解ける帝国民を見て、今、皇帝陛下はどんな気持ちなのか。
「日和見な平民共め」と思っているのか。羨ましいと感じているのか。その心中は分からない。しかしその横顔を見るに、取り返しのつかないことが起きていると、理解しているようだった。
その間にも帝国民とアトラス王太子との対話は活発に続き、遂には──。
「平民の子どもでも学校に通えますか?」
子どもまで質問をした。
「いい質問だ。セントリア王国では今まさに、平民のための学校の建設を、首都から順次始めている。優秀な人材は宮殿の管理官に採用し、アカデミーの進学のサポートも行う。ただし、それは真面目に学ぶことが条件だ。君も興味があるなら、ぜひ首都に来るといい。デセダリア州にも学校を作ると約束するが、それにはまだ時間がかかる。よってデセダリア州では、学びたい子どもが相談できる窓口を設けよう」
アトラス王太子の言葉に、平民の子どもは顔を輝かせる。
帝国民の強い反発、私を悪女とみなし罵詈雑言をぶつけられることも想像していた。だがいざ蓋を開けてみたら、大変好意的な状況。私なんて皇帝陛下を平手打ちしたが、そのことが問題視されている雰囲気はゼロだった。
何よりも聡明で美貌のアトラス王太子の淀みない受け答えに、帝国民はすっかり魅了されていた。
こうして帝国民とアトラス王太子との対話は二時間ほど続き、ひと段落を迎える。まさに大成功でブレイク・デーを終えることになった。
アトラス王太子はすぐにこの成果を母国へ報告させ、皇帝陛下ほか皇家の一族は、連行されていく。そして帝国祭はそのまま、最終日のお祭りムードに突入した。
一方の兄と私は、まずは父親のいる鉄の監獄へ向かうことにしたが……。
「アトラス王太子殿下、大変です!」
本物の専属皇宮騎士が皇宮からやって来た。既に味方の彼らは、顔面蒼白でアトラス王太子に報告する。
「皆様が演説に向かった後、マチルダン男爵が私兵を率いて、皇宮を襲撃しました。応戦したのですが、想像以上の人数。多勢に無勢で、多くが捕らえられ、第二皇子の代わりで、地下牢に入れられてしまいました」
これには「えええっ!」だった。
だがアトラス王太子は落ち着いた様子で確認する。
「つまり第二皇子、マチルダン男爵令嬢は、マチルダン男爵と共に逃亡したと?」
「面目ありません」
専属皇宮騎士が深々と頭を下げた。
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